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第28話 誕生会

 2人で飾り付けをした要の誕生日ケーキは、いびつなデコレーションが目立つものになってしまった。壮太も要もケーキなんて作り慣れていないので仕方がないのかもしれない。

 でも、クリームがデコボコに塗られたケーキは、なんだか味があって逆に可愛らしく見える。そこに要はイチゴを乗せ、壮太はロウソクを刺していくのだ。

「ねえ、本当にするの?」

「そうじゃなきゃ、誕生日パーティーになりませんから」

 恥ずかしそうな要に、壮太はにっと微笑む。そんな壮太を見て、要は苦笑していた。

 壮太はライターをつけて、ケーキに刺したロウソクに火をつけていく。

「明り、消してください」

「わかってるよ」

 壮太の言葉に、要は電気を消していた。瞬間、ダイニングが暗闇に包まれてロウソクの明りだけが、灯る。橙色のその明りを見つめながら、壮太と要は顔を見合わせた。

「えっと、吹き消せばいいのかな?」

「はい」

 照れ臭そうに告げる要に壮太が告げる。

 要は微笑んで、ふっとロウソクの火を消す。でも、全部は消せずにまたふっと息を吹きかける。その瞬間、部屋が暗闇に包まれた。

「ハッピーバースデー! 要さん……」

 暗い部屋の中で、壮太の優しい声が聞こえる。要はその声を聞いて、微笑んでいた。それと同時に、部屋の明かりがつく。

 明るくなった部屋の中には、微笑んでいる壮太がいる。その幸せそうな顔見て要は泣きそうになっていた。

 そしてほろりと涙を流してしまう。

「え、ちょっと! どうして要さんが泣くんですか⁉」

「ごめん。ちょっと、色々と嬉しくて……。君が嬉しそうに笑ってくれて幸せというか……。よかったなって思って」

「要さん……」

 壮太の笑みがたちまちに苦笑になる。

「そりゃ、要さんが色々としてくれましたから……」

「いや、君のお陰で助かってるのはむしろ俺の方かもしれない。本当にありがとう……」

 そういって、要は壮太に頭を下げる。

 いくら頑張っても教師になれなかった頃、要はかなり荒れていたことがあった。そんな自分を傍で見守り、慰めてくれた小林のことを思い出す。

 あの頃、小林に恋愛に近い感情も抱いたことがあったが、今ではいい親友だ。そして今、要は壮太という青年を小林のように手助けしている。

 これもきっと何かの縁なのかもしれない。でも、壮太と出会って要は自分の今の立ち位置に自信を持てるようになった。

「なんで、塾講師なんてやってるんだろうって思ったこともある。でも、塾の先生をやってなかったら壮太君には会えなかった。君が傍にいてくれて、この仕事についてる自分にも自信が持てたんだ」

 そっと壮太の手を握り、要は微笑みながら告げる。

「要さん…‥」

「壮太君。これからも、俺の傍にいてくれるかな?」

「えっと、それって……。その……」

 要の言葉が恥ずかしいのか、壮太は恥ずかしそうに頬を赤らめて要から顔を逸らす。そんな壮太に要は微笑みながら言った。

「なんだったら、これからも朝食とか夕食作ってくれると嬉しい。俺も大分、それで助かったから。それに……」

 ぎゅっと壮太の手を握りしめて、要は続ける。

「今日は誕生日パーティーを祝ってくれてありがとう。とっても、嬉しかった……」

「要さん……」

 その言葉を聞いて、壮太は微笑み要の手を握り返す。

「壮太君……」

「俺、絶対に医者になりますから。要さんも夢を諦めないでください」

 力強く微笑む壮太を見て、要は大きく目を見開く。

「俺の夢……」

 要は考える。目の前の青年は、自分の夢を諦めず何があっても前を向こうとしている。でも、自分はどうだっただろう。

 今は教育関係の仕事についてるとはいえ、夢である教師にはなっていない。だからこそ余計に、医者を目指す壮太や夢を持って頑張っている塾生たちを応援したくなるのだ。

「ああ、俺は君たちに自分の夢を託してたのかもな……」

 そのことに気がついて要は苦笑していた。そんな要の言葉を聞いて、壮太が目を見開く。

「要さん。それって……」

「俺は、君たちに自分を重ねてたんだ。それに今、気がついたよ」

 自分は叶えられない願望を、壮太たちに託していたのだ。それで、満足できない自分の願望を満たそうとしていた。

「でも、それじゃダメだよな。ちゃんと自分の夢と向き合わなきゃ」

「大丈夫。要さんならできますって!」

 要が微笑むと、壮太が笑ってくれる。その明るい微笑につられ、要もまた笑っていた。

 「なんだか、壮太君にそう言われると何でもできそう」

「ええ、要さんだったらなんだってできますよ。だって、俺のことだってこんなによくしてくれる。だから、自分のことだって、乗り越えられるはずです」

「壮太君……。ありがとう」

 壮太の言葉に、要は微笑む。要はその言葉を何にも代えがたい誕生日プレゼントだと思った。



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