朝食の鮭を焼きながら壮太はじっと考え事をしていた。
この前の学校のテストの点数はまあまあ上がった方だと思う。でも、点数的にまだまだ志望の大学に行くには実力が足りないのが現状だ。
「どうすりゃいいんだろうな。勉強も要さんばっかに教えてもらう訳にはいかないし……」
IHコンロからフライパンを外して、鮭を皿に盛りつける。そこに卵焼きと、ピーマンの炒め物を乗せ今日のおかずは完成だ。
あとは味噌汁と白米を用意すれば事足りる。
「うーん。料理はできるのに、勉強はできない。なんでだ……」
壮太の場合、冷蔵庫を見ると何を作ればいいのかピンと閃く。この前、そのことを要に話すと、「俺はそんなことできないよ」とかなり驚かれた。
「特技が違うってことかなぁ……。要さんはパパっと教えられるのに、料理はできないし……」
皿をトレイに乗せて壮太はダイニングへと向かう。そこでは、タブレッドで新聞の記事を読んでいる要がダイニングテーブルに座っていた。
「あ、ごめん。すぐにご飯とお味噌汁よそってくる」
壮太を見るなり、要は驚いた様子でタブレットをテーブルに置いた。その要の前に壮太は皿を置く。
「いいですよ。俺が行った方が早いですから」
「そう……」
残念そうに要は苦笑して、またタブレットを手に取った。要が塾の子供たちのために、きちんと世の中の情報を取り込んでいることを壮太は知っている。だからこそ、要の邪魔はなるべくしたくない。
部屋が参考書や書籍で散らかっていたのも一緒に住んでいて、要がつねに新しい情報を取り入れているせいだと壮太はわかっている。だからこそ、要が何かを閲覧しているときはあえて口を出さない。
要はじっとスマホのタブレットに目を通す。そうやって短い時間の間にも、彼は自分の仕事のための情報収集や勉強を欠かさない。
「やっぱり、要さんみたいにマメじゃないとダメだよな……」
感心した様子で壮太は呟く。
「うん。なにかいった?」
「いえ、なんでもないです!」
我に返った壮太は、慌ててキッチンへと戻っていった。
そしてその日の学校帰り、壮太の姿は守の家にあった。
「その、要さん最近忙しくてさ、勉強教えてくれない?」
「え、まあ、いいけど……」
自分に必死になって頭を下げる壮太を見て、要は半ば呆れた様子でそう告げる。壮太はガバっと顔を上げて、満面の笑みを要に向けた。
「マジで! ありがとう! 今度マック奢るから!」
「いや、マックはいいよ……。あんまり食べないし……」
「ああ、そうだよな。守は買い食いとかジャンクフード食べないもんな」
守の話を聞いて、壮太は残念そうに苦笑する。そんな壮太を見て、守は苦笑した。
「まあ、お前が俺を頼ってくれるのは嬉しいしさ。勉強ぐらいみてやるよ。その代わり、日曜日付き合え。観たい映画があるんだ」
「わかった! それで手を打つ」
守の言葉に壮太は笑顔で頷く。
「じゃ、今日の数学の宿題から一緒にしちまうか」
そう言って守は椅子から立ち上がる。
「おう! わかんないとこばっかりだから、よろしく頼む!」
壮太は微笑んで守に勉強を教えてもらうことを頼んでいた。
「いやいや、医者になるんだから分かれ!」
そんな壮太に、守は苦笑する。
それから数時間後。
「あれ、もうこんな時間……! ヤバい、夕飯作りに帰らなきゃ!」
守に勉強を教えてもらっていた壮太は、壁掛け時計に目をやって驚きの声を上げていた。
時刻はなんと19時30分。いつもだったら家に帰って、要のために夕食を作っている時間だ。
「え、別にこのくらいの時間だったらもうちょっといても平気だろう? 要さんだって適当に何か作って食べてるでしょう……」
「いや、そうもいかないよ。あの人本当に、家事が出来なくて……」
「ええ……」
壮太の言葉に、守は呆れた様子で声を上げる。
「帰らないと!」
「いや、電話入れて、今日は遅くなるって言っとけよ。別に俺んちにいるんだからいいだろう」
立ち上がろうとした壮太に、守は声をかけていた。
「でも……」
そんな守に壮太は困惑した眼差しを送る。
「お前、ちょっと要さんの面倒見すぎ。あの人だって大人なんだから、飯ぐらい何とかするよ」
「でも……」
守の言葉に壮太が困惑していると、壮太のスマホが鳴った。画面を見ると要から通話が入って来ていた。
「ちょっといい……」
「ああ……」
壮太はスマホの通話に出る。
「壮太君。いつもより遅いけど、どこにいるの?」
心配そうな要の声が、スマホからする。
「すみません。守の家にいるんです。それで時間が経つの忘れちゃって」
「そうなの。そんなに楽しかったの」
「え?」
要の言葉が少し棘を持っているのは気のせいだろうか。壮太は言葉を返そうとしたが、その前に要が返事をしてきた。
「迎えに行くから、少し待ってて」
真剣な声で要が告げる。
「いや、もう帰りますからちょっと待って!」
「ダメ、そこで待ってて!」
壮太が断っても、強い口調で要はそう言ってくる。壮太は困り切って、守に視線を向けていた。
「どうしよう……。迎えに来るって」
「ふーん。じゃあ、俺にちょっと変わって」
「え、でも……」
「いいから」
「うん……」
なんだか嫌な予感がしながらも、壮太は守にスマホを渡す。
「どうも、いつも壮太にお世話になっております。守です」
「え、守君⁉」
スマホの向こう側から、要の驚いた声がする。
「壮太だったら俺が家まで送っていきますよ。あなたが来なくても大丈夫です」
「嫌いいよ。俺が迎え位に行くから! じゃあ、壮太君のことよろしくね!」
妙ににこやかな守の声が聞こえる。
そこで通話が切れて、要は壮太にスマホを返して来た。要は明らかに不機嫌そうな顔をしている。
「何なのあの人……。なんか、失礼なんだけど……」
「そんなこと、ないと思うけど……」
不機嫌そうな守の言葉に、壮太は苦笑するしかなかった。