香乃に撮影した写真を見せてもらった葵人は破顔して、スマホを持ち上げてくるりと回った
「最高だ! 永久保存だ! 舞美さん、素敵です」
「えっ、あの、私が、ですか?」
舞美はスマホの写真を嬉しそうに見せてきた葵人に、困惑した。
「よく撮れていますよ。舞美さんの笑顔が最高に素敵です」
「あー、それはどうも……」
舞美は冷静に返事をした。最高と言われるほどではなく、ごく普通の笑顔だ。
葵人の目はどうなっているのだろうか?
実咲と香乃が食べる手を止めて、呆然と葵人を見ていた。
「いつものお兄ちゃんじゃない……」
「あんな葵人くん、初めて見た……」
慎平が首を傾げる。
「俺が知っている高見澤さん、こんなんだけど? いつも氷室をウキウキした顔で褒めている」
「ウキウキするお兄ちゃん、想像できない。でも、今も浮かれているよね?」
香乃に実咲が「うん」と頷く。
「あれは、浮かれているね」
京太が「ふむ」と会話に参加した。
「葵人は前から人の悪口は言わず、いいところをちゃんと褒めるよね。でも、感情を表に出しているのはあまり見たことがないな。うん、珍しい」
京太は焼けた肉と野菜を紙皿に盛って、舞美に向けた。
「舞美さん、どうぞ」
「ありがとうございます」
舞美は葵人からそそくさと離れて、京太の近くに移動した。
葵人が不機嫌になる。
「京太、どうして舞美さんと話しているのに邪魔する?」
「邪魔はしていない。舞美さんが困っているようだったから助けただけだよ」
「困っている? 舞美さん、そうなんですか?」
そんなことを聞かれて、舞美はますます困った。
「そうですね、困っています」
「そんなぁ……」
葵人はがっくりと項垂れる。
舞美の目には、落ち込む葵人が気の毒に映った。特に嫌がらせを受けているわけではない。少々鬱陶しいだけだ。
だが、ここで葵人に元気付けるような言葉を掛けると、また困る行動をされてしまう恐れがある。
舞美は慎平に小声で話しかけた。
「あの人にもお肉をあげて」
「了解……高見澤さんも食べてください。はい!」
慎平は肉を紙皿に取り。葵人に渡した。
「ありがとうございます。えっと……」
慎平から受け取った葵人は割り箸を探す。舞美は近くにあった割り箸を取って、葵人に向けた。
「高見澤さん、お箸……」
「舞美さん! ありがとうございます! やっぱり優しいですね」
葵人は嬉しそうに箸を受け取り、しれっと舞美の隣に移ってくる。
せっかく離れたというのに……。
肉を口に入れた葵人が「美味しい」と呟いた。
「焼き方がうまいね」
京太が苦笑する。
「褒めてくれるのはありがたいけど、美味しいのは肉がいいからだよ」
「たしかにこの肉、美味しいですね」
慎平が同意する。
京太が新たな肉とプレートにのせた。
「高見澤家が最高級の牛肉を用意したからね」
肉はクーラーボックスに入っていて、京太の車で運ばれてきた。葵人の車に乗っていたクーラーボックスには飲み物が入っていた。
京太は高見澤家で香乃と実咲と食材を乗せてきた。実咲は昨日、香乃の部屋に泊まったという。
舞美は、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「高見澤さんもご実家に住んでいるのですか?」
「いえ、私は別のところに一人で住んでいます。よかったら、ご招待しますよ。ぜひ来てください」
些細なことでも興味を示したのがいけなかったのか……葵人から期待に満ちたまなざしを向けられて、舞美は狼狽した。
「えっ、ご、ご招待はしていただかなくて結構です」
「そうですか……でも、気が変わったら、いつでも言ってください。いつでも待っていますので」
ハッキリと断っても、諦めるようとはしない。気長に待つようだ。
舞美はどう返したらいいのかと迷った。葵人が一人で暮らすところにホイホイと行けないような……。
京太が笑いながら葵人の紙皿に焼けたピーマンとニンジンをのせた。
「葵人がこんなにも誰かに迫るなんて、初めてのことじゃないか?」
「初めて? んー、そうだな」
葵人は冷静に相づちを打ち、ピーマンを口に入れた。京太は葵人にどんどん焼けた肉をのせた。
それを黙々と食べる葵人から離れようと、舞美はそっと後ろに下がっていく。
気付かれないように動いたつもりだが、気付かれてしまった。
「舞美さん、どちらに行こうと?」
「ちょっと実咲のところに……」
舞美は答えながら実咲に目を向ける。実咲は慎平からもらった肉を美味しそうに食べていたが、自分の名前が聞こえて舞美に微笑んだ。
「舞美もビール、飲みたくなった? こっちにあるよ」
「もらおうかな」
バーベキューを始めたときにビールを勧められたが、運転してきた二人が飲めないのを申し訳なく思い、舞美は断ってウーロン茶を飲んでいた。
実咲のもとに行く口実で飲もうかなと答えたが、足が動かなくなる。
本当に飲んでいいのかな……。
慎平もウーロン茶を飲んでいて、ビールを飲んでいるのは実咲と香乃だけだ。香乃はビールの味があまり好みではないからと、一杯飲んだだけで炭酸飲料に変えていた。
そのため、ほとんどのビールを持ち帰ることになりそうだった。
せっかく持ってきたのだから飲んだほうがいいとは思うが、やはり運転してきた人に遠慮してしまう。
舞美は葵人に顔を向けた。
「ビール、いただいてもいいですか?」
「どうぞ。私たちのことは気にしないで、ぜひお飲みください。どんどん飲んでください。桑名さんも遠慮せず、どうぞ」
「そうそう、飲んで」
京太にも勧められて、舞美と慎平は顔を見合わせる。
「いただこうか?」
「そうだね」
「ありがとうございます。いただきます」
実咲が近くのクーラーボックスから二本の缶ビールを取り出して、一本を慎平に渡した。それから舞美の分をコップに注ぐ。
舞美はそれを受け取り、実咲と乾杯をした。
「んー、美味しいー」
「ふふっ、美味しいでしょ?」
「うん! お肉も美味しいし、最高のバーベキューだね」
「お天気もいいしねー」
実咲と笑い合うことで心が和んだ舞美に、香乃が話しかける、
「私、舞美さんにお会いしたかったです」
「私に?」
「実咲ちゃんから聞いていたんです。かわいくて、優しくて、よく食べて、よく飲む同期がいるのって。それで、どんな人かなー、会ってみたいなーと思っていました。聞いていたとおりの方で、嬉しいです。私とも仲良くしてください」
「はい、仲良くしましょう。なんか会いたかったと言われると、照れちゃう」
舞美は香乃に言ったあと、実咲に顔を向けた。
「舞美のそういう反応、ほんとかわいい。はい、飲んでー」
ビールが残り少なくなっていた舞美のコップに実咲が注ぎたす。ビールの泡が溢れでそうになり、舞美は急いで口をつけた。
「ん、美味しい!」
ビールのおかげで緊張が完全にほぐれた舞美は、実咲や香乃とおしゃべりを楽しんだ。ときどき慎平も会話に参加したが、葵人と京太は黙々と焼いて、食べるだけだった。
舞美のお腹は静かな二人を気にしつつも膨らんでいく。用意した食材は多くて食べきれるだろうかと心配していたが、みんなの胃袋におさまった。