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第14話 好きでも嫌いでもなく?

「お腹いっぱい」と、実咲と香乃が椅子に座ってひと息つく横で、舞美はゴミをビニール袋に集めはじめる。

 実咲が舞美に声を掛けた。


「舞美―、そんなすぐにやらなくていいよ。もう少し休もう」

「でも私、食べていただけで疲れていないから」


 舞美は焼く側に加わったものの、実のところはほとんど焼かずに食べていた。なにもしていなかったから、せめて片付けくらいはしようと思ったのだ。

 舞美と同じように慎平も片付けていた。


「舞美さんも慎平くんも片付けはみんなでやればいいよ。動きたいのなら、バドミントンしない?」


 京太がどこからかラケットを取り出す。慎平が動きを止めた。


「バドミントン、ですか?」

「そうそう、やろうよ。ラケット、四つあるからさ」

「私、やりたい!」


 一番若い香乃が元気よく手をあげる。

 スポーツ好きの慎平も手をあげた。


「俺もやる! 実咲もやらない?」


 実咲は腹部を押えて、首を横に振った。


「私はまだお腹いっぱいで動けない。舞美、やったら?」

「あー、じゃあ、やろうかな」


 舞美は京太からラケットを受け取り、慎平とペアになる。香乃は京太とペアになり、葵人と実咲は見学した。


 始めようとしたとき、京太が「ちょっと待って」とトイレに向った。

 待つ間、舞美は慎平にこっそりと話す。


「実咲と組めなくて、残念だね」


 慎平は実咲をチラッと見て、苦笑した。


「いや、別に。楽しいから、なんでもいい」

「そっか」

「氷室も楽しんでいるだろ?」

「まあ、楽しいけど」


 実咲と香乃のところにいた間は葵人と接することがなく、気軽に楽しめた。だが、葵人の視線が何度も気になってはいる。

 なにかと見られていたような……。


「高見澤さんは寂しそうな感じだったな」

「そう?」


 舞美もなんとなくそんな感じがしていた。慎平に言われて、避けていた自分が悪いのかと思ってしまう。


「でも、我慢しているわけではなさそうだけど」

「そう?」

「一緒にいられるだけで嬉しんじゃないかな? 俺もそうだから」


 実咲とそんなに親しくできなくても、同じ時間を過ごせるだけで満足だと慎平は言う。

 だから、葵人も同じように感じているのではないかと。

 好きな人とは同じ空間にいるだけで楽しい……舞美はなるほどと納得できた。


「ごめん、お待たせ」

「始めましょう!」


 京太が戻ってきて、四人でラケットを振った。

 舞美以外の三人は軽やかに動いていた。香乃が打ったシャトルを空振りした舞美の額には汗が滲んだ。


「私、もう無理……。実咲、交代してー」

「いいよー」


 舞美が向けたラケットを実咲は受け取り、立ち上がった。


「葵人、俺も交代」

「オーケー」


 京太にラケットを渡されて、葵人は平然と受け取る。

 舞美は葵人と見学になるかなと緊張しそうになっていたが、思いがけず京太との見学になって安堵した。

 そんな舞美の心を京太は見透かしたように笑みを浮かべる。


「葵人があっちに行って、ホッとした?」

「まあ……そうですね」

「あんまりグイグイいくと嫌われるぞと言ったんだけど」

「あー、そうなんですね」


 葵人が妙におとなしくなったのは、京太にアドバイスされたからのようだ。普段の葵人は他人に興味を持つことなく、表情の変化が乏しいという。

 舞美には、信じられないことだった。


「実咲ちゃんと婚約していたことは、聞いたんだよね?」


 二人の婚約のことを言われるとは、予想外だった。舞美は困惑しつつも「はい」と頷いた。


「葵人、結婚なんて誰としても同じだと言っていたから、実咲ちゃんと結婚するんだろうなと思っていたんだ。あの二人は仲睦まじいわけではないけれど、仲が悪いわけでもないからね」

「今日も仲が悪そうでも気まずい感じでもないですね」

「でしょ? 葵人は実咲ちゃんを親戚のような子だと言っていたから、特別な感情を抱いたことはないみたいなんだよね」

「なるほど。親戚のような、ですか」


 そんな距離感だと言われたら、そんなふうに見えた。舞美は納得しながら、ラケットを構える葵人に目を向ける。


 高見澤兄妹を相手に、慎平と実咲がペアを組んでいた。

 慎平の強めに打ったシャトルを難なく打ち返す葵人は爽やかだ。実咲が打ちやすい場所に返す気配りもあり、スマートな優しさが感じられる。


 きっと子どもの頃から、ああいう感じだったのだろう。実咲は葵人のことを淡々としていたと話していたが、単純に落ち着きのある子だったのかもしれない。


 実咲の打ったシャトルを香乃が返そうとしたが、ラケットのフレームに当たって地面に落ちた。慎平が「やった!」と実咲にハイタッチをする。

 ガックリする香乃の背中を葵人がポンポンと優しく叩いて「ドンマイ」と言った。


「高見澤さん、優しいですね」


 舞美は率直に感じたことを口にした。


「基本、優しいよ。優しさがわかりにくいところはあるけど、友だちとして葵人の恋を応援したくなるんだよね」

「恋……ですか?」


 舞美はふと考えた。自分に一目惚れして、恋に落ちたとたしかに言っていた。花を贈られて、気持ちを伝えられたこともある。

 だが、実咲と婚約していたと知って、嘘だったのではないかと疑った。婚約者がいながら、他の人に好意を抱くのは不誠実だと思った。


 京太が不思議そうな顔で舞美を見る。


「あれ? 葵人から気持ちを伝えられていない?」

「いえ、言われました。でも、婚約していたことを知らないときに言われたので、婚約していたことを知って、騙されていたんじゃないかなと思ってしまって」

「あー、そうか、そうだよね。婚約していることを隠して、言い寄らせても信じられないよね」

「そう、そうなんです」


 舞美は戸惑う気持ちを理解してもらえて、安心した。

 京太は腕を組んで、バドミントンをする四人を眺める。慎平が打ったシャトルが高くあがり、落ちてくるのを葵人が待ち構えていた。


「葵人が悪いな。ちゃんと婚約解消してから、舞美さんに告白すべきだったのに。あいつ、段取りがいいはずなのに、舞美さんのことが必死になりすぎて婚約していることを忘れたのかな」

「忘れていたと言っていました。自分の怠慢だと」


 京太が「ハハッ」と笑う。


「自分でもわかっていたんだ。でもね、忘れていましたと謝られても、納得できる内容ではないよね」

「そうです、そうなんです!」


 舞美は嬉しくなった。京太は舞美の気持ちを本当によく理解してくれる。

 葵人も理解してくれたらいいのに……。


「葵人には、俺から言っておくね。もっと舞美さんの気持ちの寄り添わないと、いつまで経っても受け入れてもらえないと」

「はい……あの、受け入れるようになるかはわからないんですけど」


 京太はまた笑う。


「舞美さんは正直だね。受け入れるかどうかなんて、現時点ではわからないのは当然だよね。もし葵人が振られたら、俺が慰めるから安心して振ってもいいよ」

「え、振るかどうかもまだ、なんとも……振ると決めていませんし」


 振ってもいいと言われて、舞美は焦った。

 絶対に振ろうと思ってはいない。絶対に受け入れようとも思っていないが。


 今の葵人に対する自分の気持ちは、明確ではない。好きかと聞かれたら、好きではない。だからと言って、嫌いかと聞かれても嫌いでもない。

 葵人にどんな感情を抱いているかと考えると、変な人だけど意外にも優しい……といった感じだ。


「あー、喉渇いたー」


 香乃が小走りでやって来たので、京太がクーラーボックスからイオン飲料のペットボトルを出す。舞美は四つのコップをテーブルに並べた。

 イオン飲料が入ったコップを持って、香乃がゴクゴクと飲む。舞美は実咲と慎平にコップを渡した。


「ありがとう。こんなに動いたのは久々だよ」


 慎平はタオルで汗を拭い、イオン飲料を飲んだ。実咲も慎平の隣で飲む。


「桑名くん、普段ジムで動いているんじゃないの?」

「室内で動くのと、外は違うよ。外だといい汗かいたなーというか」

「そうだね、わかる。外だと気持ちいいよね」

「ああ、うん、そうそう」


 実咲にかわいい笑顔を向けられて、慎平はぎこちない返事をした。舞美は慎平の頬が赤くなっているのを見逃さなかった。

 運動して上気しているのかもしれないが、たぶん実咲の笑顔にドキドキしているからだろう。

 早くどちらかが告白したらいいのにと、舞美は二人の様子を微笑ましく思った。


 心をほっこりさせる舞美に葵人が近寄る。


「舞美さん、よかったら二人でやりませんか?」

「はい? 私たち二人で?」

「舞美さんがバドミントンする姿は見ていて楽しかったのですけど、打ち合ったらもっと楽しいだろうなと思って。あ、疲れていますか?」

「ごめんなさい。普段運動していないので、疲れています」


 葵人と二人で打ち合うのが気まずくて断ったけれど、疲れているというのは嘘ではない。

 葵人は一瞬しょんぼりしたが、すぐに気を取り直していた。


「またの機会にします。いつか一種にバドミントンをしてくださいね」

「はい、いつか機会があれば……」


 その機会が訪れることがあるのか、ないのかはわからない。

 葵人はいつかが来るのを期待しているようだったが、舞美の気持ちは複雑だった。

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