慎平も同じように感じているようでおかしいぞというふうに舞美に目配せした。
舞美はコクコクと頷き、葵人に尋ねる。
「高見澤さんと実咲は、幼なじみなんですよね?」
「えっ、ああ、そうです。舞美さん、すみません。今日はここで失礼させていただきます」
「えっ? でも、まだ……」
まだ連絡先を交換していない。
あんなにも交換できることを喜んでいたのに、いいのだろうか?
葵人は立って、舞美に紙袋を差し出した。
「これはお姉さんと食べてください。あと、こちらはこの前お借りしたタオルの代わりです。新しいものを用意しました。すみません! あの、日を改めて……いや、あの、出直してきます」
「出直すって、どうして……いつ?」
葵人の狼狽する理由がわからなく、舞美は困惑するしかなかった。
本当にどうしたのだろうか?
葵人はチラッと実咲に視線を送った。
「実咲、あとで話そう。舞美さん、すみません。確実にやらなければいけないことを思い出しました」
「はあ……」
葵人の言葉には、説明が足りない。なにをやらなければならないのか、舞美はわからなかった。
葵人はまた「すみません」と謝る。
「舞美さんの前に堂々と立てるようになって、戻ってまいります。勝手なお願いですが、それまで待っていてください。時間はかからないつもりですので、どうか」
「はあ、お待ちします。あの……なにをしなければいけないのかはわかりませんが、がんばってください」
がんばってと応援するのが正しいのかわからないが、思わず口から出てしまった。
舞美は言葉を間違えたかなと口もとを押えるが、葵人の表情は明るくなっていた。
「ありがとうございます! 舞美さんのおかげで力が湧きました。私たちの未来のためにがんばります!」
「ええっ! それは、あ……」
舞美は私たちの未来のためにとは、どういう意味なのかと尋ねようとした。
しかし、葵人はまたもや言うだけ言って、素早く帰ってしまったのだ。
毎回、去り際の動きが早い人だ……。
舞美と慎平は唖然とオフィスから出て行く葵人を目で追ったあと、実咲に顔を向けた。
実咲は平然と葵人がいた場所に座って、葵人が舞美に渡した紙袋を指差した。
「ここのクッキー、美味しいよ」
「そうなんだ……じゃなくて、高見澤さんと実咲、なにかあった?」
実咲が現れたことによって、葵人の様子が変わったのは明らかだった。
慎平が探るように実咲の顔を覗き込む。
「ほんとに二人は、幼なじみだけの関係か?」
実咲は肩をすくめて、頷いた。
「幼なじみだというのは、本当よ。葵人くんがなにをやろうとしているのかもわかる。だけど、それがなにかと私からは言えない。舞美、ごめんね。でも、きっと葵人くんが成し遂げると思うから、待っていたらいいと思う。もし、待ちきれなかったとしても舞美は悪くないから、絶対に待ってねとは言わないけど」
葵人がやろうとしているなにかがわからないから、舞美には待つことが正しいのかわからなかった。
なにを成し遂げるというのだろうか?
さっぱりわからない。
がんばってと言ってしまったから、待ったほうがいいのだろうとは思うが、実咲は待たなくてもいいとも言っている。
待つ?
待たない?
待つとしたら、どのくらい?
「待つことには問題はないけれど、どういう状況が理解できないとなんとも……」
「そうだよな。こんな状況じゃ氷室は困るだけだよなー」
慎平が腕組みをして、舞美の心中を察した。
「とりあえず、今日は俺たちも帰ろうか」
慎平が立つのに合わせて、舞美と実咲も立ち上がった。
実咲が舞美の腕に手を回す。
「舞美、一緒に駅まで行こう」
「いいけど、実咲は地下鉄でしょ?」
「今日はおじいちゃんちに行くから」
「そうなんだ」
実咲がこれから行く祖父の家とは、緋衣ハウジングの会長宅で横浜にある。週末に会長宅に行くことは今までもあったが、週初めだと珍しい。
実家暮らしの実咲の通勤手段は地下鉄だ。慎平も地下鉄で、舞美はJRだった。
オフィスを出て歩く舞美と実咲の後ろを慎平がついて行く。
途中までの道のりは同じだった。
舞美は実咲に尋ねる。
「今夜は会長宅にお泊まり?」
「そうなの。フルーツをたくさんもらったらしくて、食べにおいでと言われてね。明日、お弁当に持ってくるから舞美も食べて」
「うん。食べる、食べる」
以前に会長の妻がお手伝いさんと一緒に作ったお弁当を実咲からもらったことがあった。とても栄養バランスがよく、美味しいおかずばかりで舞美は感動した。
あのお弁当がまた味わえるのは、ラッキーだ。今から想像するだけでお腹が鳴りそうになる。
「桑名くんも一緒にどう?」
実咲が後ろに顔を向ける。
「俺もいいの?」
「うん。三人分、作ってもらうね」
「やった! 豪華な弁当、ゲットだ。おじいさんとおばあさんにありがとうございます、大事に食べますと伝えて」
まだもらっていないのに早々とお礼を伝えるのが慎平らしくて、舞美と実咲は顔を見合わせて笑った。
慎平はどうして笑われているのかわからなく、キョトンとする。
「桑名くんも嫌いな物、なかったよね?」
「おう、なんでもいただくよ」
実咲の問いに慎平は食べる気満々でお腹を叩いた。慎平は体が大きいから食べる量も多い。
実咲はたくさん作ってもらうと言って、慎平と別れた。
舞美と実咲は改札口を通ってから、別れる。舞美は実咲に「また明日」と手を振った。