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第16話 彼シャツならぬ

「――あのっ、自分は団長と同年代です。必要な物があればお貸しいたします」 


 騎士団長が補佐官に話を振ったことで、側仕えの人間にも発言が許される状態になったと判断したのか、ノアが挙手した。


「おやぁ。ルキウス君にしては珍しい行動だねぇ」


 普段聞き役に徹することが多い部下の唐突な提案。

 魔術師長の顔が、面白がるものに変わった。

 公爵家の一員である彼の所持品はもれなく最高級品だ。貸した物が無事に返ってくるとは限らない。

 婚約者の兄とはいえ、易々とできることではない。


 しかもレオナルドは、この場に居る人間に相談したのではない。

 自分自身で何とかするつもりで、世間話しただけだ。


「我が家は男児が多いので、団長に相応しい品をご用意できます。急いで買いそろえる必要はないかと思います」

「ルキウス公爵家の所蔵品なら品揃えは充分だろうが、一国の騎士団長が借り物で凌ぐというのはいかがなものか」

「戦後の復興時だからこそ立場ある人間は、贅沢品を購入して経済を回すべきでは?」


 レオナルドに無駄な出費をさせたい近衛隊長とその補佐官が水を差すが、魔術師長がノアを庇う様子はない。

 それどころか珍しい部下の姿を嬉々として観察するモードに入っている。

 間延びしたしゃべり方をするので、魔術師長をおっとりした人物だと誤解する人間が多いが、実際はかなりイイ性格をしているのである。


「情けない話だが助かる。それでは、お言葉に甘えさせてもらおう」

「団長!?」

「エリヤ。もし近いうちにお前が正装を求められたら、一人前になった祝いとして出してやるから安心しろ」


 お下がりをやると約束されたのに、あっさり反故にされたからか、愕然とするエリヤをエレオノーラはフォローした。


(あれ? 新品を買ってあげると言ったのに、あまり嬉しそうじゃないわね)


 二人は同世代だが、地位が全然違う。

 騎士団長として購入した物をやるよりも、補佐官に相応しい品を買い与える方が財布に優しい。

 精悍なレオナルドと、繊細な面立ちのエリヤでは系統が違う。レオナルドに合わせたデザインだと、エリヤにとっては無骨になる可能性が高い。

 物としての格は落ちるが、似合わない物よりも、似合う物をもらった方が良いと思うのだが違うのだろうか。


 ぎこちない笑みで礼を述べるエリヤに、内心首を傾げたが悩んだのは一瞬だった。


(それよりもノアの物を貸してもらえるなんて、これなんて御褒美!?)


 過去にノアが身につけていた装飾品は、全て脳に焼き付けている。

 ペアルックとはまた違う。好きな人が実際に使っていた物を使うというのは、こんなにも心躍るものなのか。


(こんなチャンス滅多にないわ!)


 表情が崩れないように必死に押し殺したが、内心は狂喜乱舞だ。

 近衛騎士隊の連中が、あれこれ言っているがどうでもいい。ほっとけば、いずれ力尽きて黙るだろう。

 それに控えめな性格のノアが、騎士団の重鎮達が揃う場で、レオナルドのために行動してくれたというのも嬉しい。


「一昔前は借金をしてでも他人に頼らなかったものですがね。見栄を第一に考えていた人間が多かったのですが、もうそういう時代ではないのでしょう」


 補給隊の隊長が、冗談めかして庇った。


「強く見せねばならぬ時もあるでしょう。ただ今回については、私の懐事情もありますし、ノアの好意に甘えさせてもらおうと思います」


 エレオノーラは実利優先の教育を施されている。

 無理をすべき場面と、そうじゃない時がある。

 そして今回はそうでないパターンだ。


 レオナルドは独身の実家暮らしだ。

この場にいるメンバーは、レオナルドの生きるための出費は必要最低限。年俸は丸々自由に使える金だと思っているようだが、実際は借金の返済にあてたので自由になる金は平民よりも少ないかもしれない。

 ノアの申し出がなければ、伯爵家の予算からひねり出すところだった。


「それでよろしいかと。威厳は大切ですが、若いのに立派過ぎると気後れするものです」


 どうやら補給隊の隊長は息子ほど年の離れた上司が、年齢不相応に卒がない――それこそエレオノーラのようなタイプであるよりも、素直に助力を請うレオナルドの方が好ましいようだ。

 中身は同一人物なのに、置かれた状況が違えば評価も変わる。

 エレオノーラは複雑な気持ちになった。


「常に強くあり続けるのも一つの生き方です。貴族はなめられたら終わりと聞きます。生憎私は育ちが立派ではないので、まだまだ足りない部分がありお恥ずかしい」

「騎士団の代表としての自覚がないのですか。足りない部分があってはいけないのですよ」

「完璧な人間など存在しませんよぉ。近衛騎士の皆さんは、幼い頃から厳しく教育されているので目につくのでしょうが、私には団長の振る舞いにそこまで問題があるとは思いませんねぇ」


 人間観察モードに入っていた魔術師長が、ようやく会話に復帰した。


「貴族としての立ち居振る舞いというか、教養面で不安があるのは確かだな。もし間違いがあれば助けてくれ。騎士団には、近衛騎士である諸君以上に知識が豊富な者はいないだろう」


 正確には『貴族男性として』だ。

 近衛騎士の連中が、いちゃもんをつけてきているだけだが、完全に叩き潰してしまうと後々厄介なことになるかもしれない。

 相手の顔を立てつつ、逆にアシストしなければ騎士団の落ち度になるように仕向けた。


「……仕方ない。これも騎士団の為だ」


 不承不承という感じだが、言質は取った。

 これだけの人数の前で了承したのだから、嘘を教えたりして足を引っぱることはないと信じたい。


「ノアは知っているだろうがヴァレリー伯爵家は女系だ。亡くなった先代くらいしか夜会に出席する身分の男性がいなかったので、使用人も今時のコーディネートに自信がない。手持ちの衣装を見せるので、そこから見繕ってもらえないだろうか?」

「っはい!」


 なあなあで話を終わらせて、せっかくのチャンスを逃したくない。

欲望を悟らせないようにしつつ、エレオノーラは手早く話をまとめた。

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