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第22話 察しの良い二人

 詰め所では、五名の魔術師が待機していた。

 長時間待機しなければいけないので、部屋の隅には仮眠もできる大きさのソファが置かれている。

 当番となった人間がストレスを感じないよう応接室のような雰囲気の内装だが、長机の上には通信機や計測器といった物々しい魔導具が並んでいた。


「これはこれは、第二王子殿下ではございませんか。こんな所にいらっしゃるだなんて、どういったご用件でしょうか」


 突然現れたノアとカルロに、ヘンリーは一瞬顔を歪めたものの笑顔で出迎えた。

 二人が従兄弟であることは周知の事実だ。

 連れ立って現れた彼らに軽く眉をあげたものの、ヘンリーは何故ノアと一緒なのかとは聞かなかった。


「ヘンリー・アルドリッチ。勤務中に悪いが、貴殿に話したいことがある」


 ヘンリーを見下ろし、カルロはハッキリと用件を告げた。

 何ごとかと様子を伺っていた他の隊員たちは、自分には関係がないとわかると素知らぬ顔で業務を再開した。

 呼び出してしまえば、相手に準備する時間を与えることになる。

 不意を突いてやろうと勤務時間を狙って訪問したのだが、ヘンリーはあっさりと「今は落ち着いていますし、私が少々席を外したところで問題は無いでしょう」と移動を提案してきた。


 あまりにスマートすぎる対応。

 いきなり王子が同僚を伴って訪ねてきたら、普通なら何の用だと不安になりその場で用件を確認するものではないのか。

 ヘンリーの態度に妙な胸騒ぎを感じたノアは、すぐさま探索魔法を展開した。


「どうしたんだノア?」

「……幻術が」


 カルロに訝しげに問われ、ノアの口から反射的に言葉がこぼれ落ちた。


「仕事を中断させてまで急ぐ用件なのですよね。早く終わらせましょう」


 ヘンリーが苛立ちも露わに二人の会話を遮って移動を促した。


「――そこだ」


 通信機と、位置情報を知らせる受信機。

 非常に緻密で超小規な幻術。ピンポイントで仕掛けられていたために、この部屋で過ごす誰も――術を掛けた本人しか知り得ない筈のそれを、ノアは易々と見破った。


(嫌な予感がする)


 どちらも緊急時にしか作動しない魔導具だ。

 憎々しげに睨みつけてくるヘンリーを無視して、力づくで術を解除すると、案の定ランプが点滅し、戦闘中とおぼしき音が流れ込んできた。



 いち早く現場に到着したノアの視界に飛び込んできたのは、乗り捨てられた馬車と踏み荒らされた大地だった。

 広範囲に探索魔法を展開すると、二つの集団を探知した。

 ひとつは町へ向かう街道を進んでいる。

 もうひとつは、森で交戦している。

 遅れて到着した他の隊員に、街道を移動する集団のもとへ向かうよう命じると、ノアは森に入った。

 探索時は多数の生命反応が活発に動いていたはずだが、森の中は諍いの気配は一切なく静かだった。

 全方位への防御を展開しつつ足を進めると、襲撃者とおぼしき男が倒れているのを見つけた。

 伏した男が死んでいるのを確認したノアは周囲を見渡したが、他に人影はない。

 更に踏み込むと、先ほどと同じように襲撃者の遺体を発見した。今度は三人。

 どうやら分断した敵を殲滅しているらしい。


(騎士らしくない戦法だが、あの人らしいな)


「――ッ!?」


 危険な場所だというのに、レオナルドのことを考えて緊張感が緩んでいたらしい。

 防御魔法により攻撃は当たらなかったが、衝撃に尻餅をついた。

 木の上から攻撃してきた人物と目が合い、お互いに目を見開いた。


「ノア……?」

「エレオノーラ。どうして君が……」


 ノアを見て狼狽えているエレオノーラは、サイズの合わない白いドレスを着ていた。

 邪魔なスカートを裂いて、足に巻き付けるようにして結んでいる。

 袖もちぎり取り、剣を取り落とさないよう手と柄を固定していた。

 いつも丁寧に編み込んでいる髪の毛は今は、首の後ろでザックリ結んでいるだけだ――まるで兄のレオナルドがいつもしているように。


「そういうことだったのか……」


 ノアの目の前にいるのは、本物のエレオノーラだ。

 長年の婚約者を見間違うはずがない。


 レオナルドがいるはずの場所にエレオノーラがいる。

 頭をガツンと殴られたような衝撃だが、同時に嗚呼と合点がいった。

 どうしてだとか、どうやってだとか。そんなことはわからないけれど、愛した人の正体が何であったかだけは、これ以上ないほど明白であった。



「ごめん。待った?」

「五分前なんだから気にしないで。私もちょうど来たところよ」


 噴水広場で待ち合わせたノアとエレオノーラはは、デートの定番のような会話を交わした。

 あの後、全ての事情を話して「男として生きても、女として生きても構わない。ノアと共に生きたい」と告白したエレオノーラに対して、ノアは「考える時間が欲しい」と返した。


 エレオノーラはノアを騙していたことを謝罪したが、ノアもまた自分が原因で伯爵家が苦労したことを謝った。

 この件に関しては、お互いに罪はないということで合意に至ったが、婚約を継続するかどうかは別問題だ。


 後から外見にもときめくようになったが、ノアは最初にレオナルドの内面に惹かれた。

 ならばレオナルドの正体が、婚約者のエレオノーラだったことで晴れて両想い――大団円かと言われれば、それには首を振らざるをえない。


 エレオノーラはノアが好き。

 つまりレオナルドはノアが好き。


 後者は嬉しいが、前者はなんとも言い難いというのがノアの本音である。


 どうも幼い頃から婚約者という立場だったことが仇になっているのか、ノアはエレオノーラに恋愛感情を持てない。

 というか冷静になって考えたら、他の女性にも恋愛あるいは性的な魅力を感じたことがなかった。

 そしてレオナルドに対してはどちらもバリバリにある。


 ではレオナルドとして生きることに抵抗がないエレオノーラに、男に徹してもらえれば幸せかと言えば、それも違う気がする。


 レオナルド=エレオノーラ。

頭では理解しているが、心が追いつかない。

 今の状態で結論を出すことはできないので、ノアは婚約解消を一旦保留にし、実はレオナルドだったエレオノーラと今一度向き合うことにした。


「ヘンリー・アルドリッチの処分が決まった」


 伯爵家を嵌めたことに関しては結局お咎めなしとなったが、悪質な任務の妨害行為により懲戒処分。

 更に隣国の王女を危険に晒したことで、実刑判決が下った。


 輿入れ前のセレスティアは隣国の王族であり賓客だ。

 ヘンリーのしたことは漸く終戦した二国間の関係を悪化させかねない危険な行為として、ベリタスへ示しを見せるために異例のスピードで判決が出た。


「我が家を貶めたはずなのに全く揺らがないどころか、急に現れた庶子が騎士団長となり、義弟となるノアの立場はますます盤石に……それで重要な任務を失敗させて、レオナルドを失脚させようとしたとか、呆れてものが言えないわ」


 エレオノーラはヘンリーの末路を聞き、ため息をついた。


 ヘンリーのあずかり知らぬ所ではあるが、そもそも彼がヴァレリー伯爵家を嵌めなければ英雄レオナルドは誕生しなかったのだ。


「エレオノーラ。こっちへ」


 話しながら歩いていたので、エレオノーラが通行人とぶつからないよう、ノアは彼女の身体を引き寄せた。

 ノアに触れられて、エレオノーラは頬を染めて俯いた。

 ちょっとした気遣い、ささいな接触ですら胸がいっぱいになるくらい嬉しい。

 だが彼女のふわふわとした気持ちは、すぐ側を駆け抜けた子供が水たまりに勢い良く足を突っ込んだことで霧散した。

 跳ね上がった泥水でスカートが汚れてしまった。

 淡い色をした生地なので、とても目立つ。

 せっかくノアが素敵なレストランを予約してくれたのに、これでは店に入れない。


「ちょっと待ってて」

「エレオノーラ?」


 借金は完済したが、女性用のドレスを衝動買いするのは気がひける。

 そこまで格式高い店でもないので、清潔で最低限のドレスコードが守れていれば問題ないだろう。

 エレオノーラは近くにあった紳士服の店に駆け込み、一番安い一式を買った。予定外の出費だが、ドレスに比べれば安いものだ。


「待たせたな。ノア?」 


 安物なのに素材がいいからか、中々様になっている。これなら入店時に眉をひそめられることはないだろう。

 いつ呼び出されるかわからないから、常に魔道具を持ち歩いていたのが功を奏した。


「いっ、いつも隊服だから、そういうラフな格好は初めて見ました。その……よくお似合いです」


 レオナルドモードになったエレオノーラにつられて、ノアも敬語になった。

 真っ赤になったノアがもじもじしながら、休日仕様のレオナルドを褒める。可愛いかよ。

 ちなみに彼は待ち合わせの時に、エレオノーラの格好についてノーコメントだった。


(相変わらず差が激しい!)


 抱きたいのか。抱かれたいのか。


 早めに確認しておかなければ、とエレオノーラは決意を新たにした。

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