朔美のバッグの中にはいつも勉強道具とメイクポーチとお弁当の他にお菓子がひとつ入っていて、それは大体お昼ご飯の後のデザートになる。
その日もお弁当を食べ終わった後、きのこの山を開けてそれを二人で食べながら話していた。最近朔美との会話は、気づけばあたしの恋愛相談になっている。
「中尾くん、本当にあたしのこと好きなのかなぁ」
「好きなんでしょ、向こうからコクってきたんだから」
あたしはうーん、と首を
昼休みにいきなり中尾くんに呼び出され、校舎の裏で好きだって言われたのは二週間前。
ものすごいびっくりしたもののその場ではとりあえず考えさせてって言って、後で朔美に相談して、さんざん悩んだ末中尾くんのクラスまで行ってOKの返事を伝えて、そこでラインのIDを交換してまずはラインのやり取りから始めて。
男の子とラインすることって普段あんまりないから、最初はメッセージを送るだけでもいちいちドキドキして仕方なかった。今はもう慣れてしまって、あまり感じなくなったくすぐったい心臓の動き。ひょっとしたら、早くも倦怠期ってやつなのかもしれない。
「琴子さ、もしかして後悔してんの? 中尾くんと付き合い始めたの」
「後悔、まではいってないけど。でもあたし、思っちゃったんだよね。昨日逸見くんと話して、改めて逸見くんが好きなんだなって。仮に、仮にだよ? たとえ中尾くんとキスしたりエッチしたりしたからって、逸見くんのことは忘れられない気がする」
天地がひっくり返って空に真っ逆さまに落ちていきそうなほど驚いた生まれて初めての男の子からの告白、それを受け入れたのは、逸見くんを忘れるためだ。
これから逸見くんと両思いになれる日がくるとは思えないし、だったらどこかで気持ちを断ち切らなきゃいけない。それはなるべくなら早いほうが、きっといい。
そもそも、あたしみたいな全然可愛くない普通の女の子が逸見くんみたいな格好いい人と付き合えるなんて万が一にもないことなんだ。
だったら中尾くん、っていうのも随分中尾くんに失礼ではあるけれど、結局のところそれがホンネ。朔美がきのこの山のチョコの部分だけかじって、クッキーの軸をいつまでも指と指の間で
「だったらさぁ、逸見くんにコクっちゃえば?」
「えぇ!?」
「伝えたら、スッキリするかもしれないじゃん。なんせ、中一からなんでしょ? 四年分のずっしりした思い、吐き出しちゃいなよ」
「でも、フラれるよ」
「フラれるだろうね」
朔美はあっさり言う。きのこの軸を口に放り込んでそれをあっという間に飲み込んでから、真顔で続ける。
「けど琴子さ、このままじゃ中尾くんのことも他の誰のことも、絶対好きになれないんじゃないの? 逸見くんへの気持ちにケリをつけない限りは」
「それはそうだけど」
だけど、の後がすぐに出てこないけど、要は怖いんだ。フラれることが。逸見くんから「ごめん」の一言を聞くことが。切なく甘い片思いの時間が終わってしまうことが。
四年もの間、一度も伝えることを考えなかったわけじゃない。いくらオクテなあたしでも、バレンタインの頃に誰々が逸見くんにチョコをあげるなんて噂を聞いて、焦ったこともある。でも、やっぱりとても、自分には出来ないと思う。
受け入れてもらえる見込みのない告白なんて、飛び降りたら確実に死ぬってわかっているジャンプ台から、自ら身を投げるようなもの――その考えはどうしたって、覆らない。
「あっいいな、朔美たちきのこの山なんか食べてる。うちらにもちょーだい」
三人とも朔美と同様、同じクラスの普段よく話すメンバーで、ちょうどトイレから戻ってきたところらしい。
よくしゃべる元気な麗奈とテニス部に入っていてかりんとうみたいな腕をしている知佳、そして二年生で一番の美人と言われる西嶋さん。
可愛いだけじゃなくて性格もいいから、「可愛いからって調子に乗ってる」なんて女の子の間で陰口を叩かれることもなく、男の子からも女の子からも同じくらい人気のある子だ。
「いいなぁ朔美は彼氏いて」
「いいことばっかじゃないよ、学校違っていろいろ大変なんだから。向こうは部活忙しくてなかなか会えないし」
この年頃の女の子らしく、五人も揃えば当然のように恋バナが始まる。話の中心になるのはいつも明るい麗奈で、知佳は興味津々って顔をして、西嶋さんはにこにこしながらみんなのおしゃべりに聞き入っている。麗奈が贅沢な悩み! と朔美を一刀両断する。
「それでも彼氏いるだけいいじゃん。あたしも早く作んなきゃあ、もう高二だよ高二。そういえば志乃は? 小谷とどう?」
「あぁ、別れちゃった」
えー、と四人の声がきれいに重なった。大声に驚いて廊下でしゃべっていた隣のクラスの男の子二人組がびっくりした顔でこっちを向く。西嶋さんはきれいな顔に穏やかな苦笑いを浮かべている。麗奈が早口でまくし立てる。
「なんで、まだ一ヶ月ぐらいじゃん、早くない? 何があったのよう」
「でもそれでよかったんじゃない、ぜんっぜん似合ってなかったし。小谷くんからしたら、苦痛だったんだよ。志乃みたいなきれいな子と付き合うのが」
知佳がなかなかひどいことを言って、西嶋さんはちっとも怒った顔をしないでそれを聞いていた。細まったアーモンド型の目が、なんだか辛そうだった。
「そっか、似合ってなかったかぁ。でもね、あたしは好きだったの。小谷くんのこと」
「どこが? なんかサルみたいな顔してるじゃん。いやむしろ魚かな」
麗奈まで随分なことを言い出して、知佳と朔美がケラケラ笑った。西嶋さんは仕方なさそうに控えめに口元を笑いの形にしてから、小さな子どもに言い聞かせるように言う。
「どこが好きなのか、どう好きなのか、理由なんてないよ。好きはただの好きで、理屈とかなくていいんだと思う。わたし、小谷くんといて本当に楽しかった」
急にみんなしんとしてしまって、麗奈と知佳が申し訳なさそうに俯いた。西嶋さんの横顔はとてもきれいで、とても寂しそうだった。その後西嶋さんは元カレの杉下くんからヨリを戻したいと言われて断った話をして、麗奈たちになんでーもったいなーい、とぎゃあぎゃあ言われていた。
きっと、朔美の言う通りだ。美人なら恋愛がいつもうまくいくって、きっとそんな単純なものじゃない。