みかるのことを相談しても
昼休みの教室は誰もが昼食をとりながらそれぞれのおしゃべりに夢中で、まさか俺たちがこんな話をしているなんて誰一人として想像しないだろう。
「まぁ、陸人のことだからいつかやるだろうなとは思ってたよ」
「今の話の感想がそれかよ。冷たいなぁ、お前しか相談出来る奴いないから話したのに」
「悪ィ悪ィ」
ちっとも悪いなんて思ってなさそうな、軽い口調が返ってくる。隼悟は不思議な奴だ。見た目はブリーチを繰り返してあちこち傷んだ金髪でピアスもはめていていかにも派手で不良っぽいのに、大勢でつるんでいると中心になってしゃべるタイプではなく、他の奴に合わせて笑ったり相槌を打つだけで、進んで話題を提供しようとはしない。
だからといって暗い性格というわけではなく、こうやって二人でいるとなかなか話が弾むし冗談も言うし、時たま女の子のように細かい気遣いを見せたりする。今俺もこんな、にっちもさっちもいかない悩みをこいつに相談してるわけだし、それは友だちの中で一番信頼しているからで、この関係は親友といってもいいんだろう。
「それにしても陸人はやりすぎだよ、高二のくせに。ったく何人ヤッたら気が済むんだか」
「そんなにヤッてねぇよ、ヤッたのはみかるが二人目。コクってきた女と全員ヤッてんだろとか言ってるやついるらしいけど、それただのウワサだから」
「あ、そのウワサ流したの俺」
「お前かよ」
嘘だよ、と隼悟が八重歯を見せて笑った。
みかるは小六の時から数えて五人目の彼女で、二人目のセックスの相手だ。一年の夏休みに始まったからもうすぐ一年近く付き合ってることになるし、今のところカレカノとして一番長く続いている。
コクられるまで一度も話したことはなかったのだが、二年生では西嶋志乃、大舘葵に続いて可愛い子ランキンクベスト3に入ってるし、小さくて小動物みたいでくるくるよく動く目が可愛いので、即OKした。
将来は獣医になりたいってほどの動物好きで優しいところもあるし、ベタベタ甘えてくるところもまぁ結構可愛いし、それにセックスに誘えばまず拒むことはないから、高校二年生の男の旺盛な性欲を発散させるにはうってつけの相手だ。いや、身体目当てってわけじゃないけど。俺はいい奴ではないが、そこまで悪い男でもない。
「陸人さ、ちゃんと避妊してんの?」
「いつもゴム使ってるわけじゃない、ない時は生でしちゃうし。昨日もそうだった」
「駄目じゃんそれ」
「でも失敗したことはねぇんだよ。俺、きちんとコントロールできるからさ、そのへん」
言いながら近くで輪になってダベっているクラスの女子の存在が気になって、声を小さくする。まったく、昨日まで望まれない妊娠なんてのはドラマや映画の中だけの話で、まさか自分にそんなことが起こるなんて思ってなかった。きっと世の中の多くのデキ婚した人間も、こんなふうに思ってたんだろう。
コロッケパンを食べ終わった隼悟がパンを包んでいたビニール袋を几帳面に折りたたみながら言う。薄いビニールはあっという間に親指の先ぐらいのサイズになる。
「俺は百パーゴム使うよ、怖いじゃん」
「お前がゴム使ってたって篠崎はそのうち妊娠するだろ」
E組の
「麻央のこと悪く言うなよ」
「ごめんごめん、今のは俺が悪かった。話戻すけど、相談に乗ってくれ。俺はこれからどうすればいいと思う?」
「とりあえず、病院だろ。それか妊娠検査薬っていうの? 薬局で売ってるやつ。それ使うとか」
そういうものがこの世の中に存在していることは俺も知っている。薬局にコンドームを買いに行った時、カラフルなパッケージが並ぶ棚の端っこにひっそりと置かれている、体温計みたいな形の器具。まさか自分が若干十七歳にして、そんなものと縁が出来るとは思っていなかったが。
「あーあ、なんで隼悟とこんな話しなきゃいけねぇんだろ。なんか平穏な日常が音を立てて崩壊してく感じがすんだけど。ガラガラドッシャーンって」
教室の中では誰もが悩みなんて何ひとつなさそうな能天気な笑顔を広げていて、平穏無事な昼休みの時間はなめらかに過ぎていく。いかにも楽しそうにしているクラスメイトたちが急に憎らしくなる。もしみかるが妊娠していたら、俺は永遠にこの学校からおさらばしないといけないかもしれない。隼悟がサラッと言う。
「それ、自業自得じゃねぇ?」
「言い返せないな」
「とにかく、さっさと病院行けって黒井に言っとけよ」
「今ラインしとく」
いそいそとスマホを取り出しながら、隼悟ってやっぱいい奴だなぁ、とちらっと思った。態度こそ軽いがなんだかんだで結構心配してくれてるんだと思うし、今大袈裟な反応をされたら俺はもっと慌ててしまうだろうから。緊急事態の時には目の前の人間にはこれくらい軽く、落ち着いてもらっていたほうがいい。
そう、緊急事態。今、対岸の火事でなくまさにこの自分が、大変過ぎてヤバいことのど真ん中に放り込まれようとしていた。