ちょっと借りていくと女子たちの輪からみかるを引きずりだし、階段を上った。
こないだ話したのと同じ、屋上のドアに続く階段の上。足の下の遥か遠くから誰かの話し声が立ち上ってくる。すりガラスのドアを背にして下を向いているみかると向かい合った。しおらしい態度に神経を逆撫でされる。
「なんであんなウソついたんだよ」
「ごめん、だってあたし、不安で。陸人の気持ち確かめずにいられなくて」
「不安ってなんだよ、意味わかんねぇよ。どんな理由があるにしたって、やっていいことと悪いことってのがあるだろ」
みかるは早くも鼻をすすっている。ズズっという音がする。今日はいじらしい泣き顔も俺の怒りを鎮めるどころか、ますますうんざりさせられた。
くだらないことをやらかしたみかるにも、それにすっかり踊らされていた自分にも。よくよく考えたら、最初の最初からおかしかったじゃないか。生理が来ないの、なんて笑いながら言えないだろう、普通。
「陸人が本当にあたしのこと好きなのか、不安だったの。陸人すごいモテるし、あたしの知らないところでいろんな人に告白されてるって聞くし」
「……」
「何年何組の誰々が陸人のこと好きとか、そういうウワサ聞く度、不安になるの。この前だって陸人、市原さんと仲良くしてたし」
「市原? だからあいつは中学が一緒だっただけで」
「市原さんは陸人のことが好きなんだよ」
その瞬間、怒る側と怒られる側の立場が逆転した。みかるは涙の溜まった瞳で俺を責める。赤く腫れた痛々しい目も信じられない言葉も、俺の声を掠れさせる。
「……そうなのか?」
「わかるよ、女の子同士だもん。陸人って結構頭はいいのに、肝心な時は鈍いよね」
拗ねたように言いながらまた鼻をすする。中尾と別れたと報告し、頬を赤らめていた市原の姿を思い出す。ずっと友だちだっただけに、これからどう接していけばいいんだろう。すっかり参ってしまった俺の前で、みかるはいよいよ肩を震わせ、激しく泣き出す。声は時々ひっくり返ったり、途切れそうになったりする。
「怖いよ……陸人のこと、いつか、誰かにとられちゃいそう、で……」
「……心配するなよ」
「心配、だよ……陸人は、あたしが、陸人のこと、好きなほど……あたしを、好きじゃない、もん……!!」
核心を突く一言だった。みかるは明るく無邪気な振りをしているだけで、本当はすべて気づいていたのだ。俺のいい加減さに、俺の真意に、俺という人間の本当の姿に。
しかし俺はこんな時でも目の前の状況をとりあえず切り抜けることだけ考えて、みかるを本当に思いやろうとはしない。それもみかるの言うとおり、俺の気持ちがみかるの気持ちを超えていないからだろう。
「そんなことないよ。俺はみかるが……大好きだよ」
いつも自分のことばっかり考えていて、ウソをつかれればあっさり騙されてしまうのに、どうしてこんなことは上手なんだろう?
そっと抱き寄せるとみかるは俺の胸に顔を埋め、しばらくすすり泣いた。おかげでワイシャツの胸がみかるの汗と鼻水と落ちたマスカラでぐちゃぐちゃになった。すりガラスを通して入ってくる尖った日の光が、みかるの背中に回した腕をじりじり焼いた。
やっと顔を上げたみかるが、化粧のだいぶ落ちてしまった顔を猫のようにこすった。
「行かなきゃ。ずっと戻らないと希たちが心配する」
「あぁ、ちゃんと顔、洗ってからにしろよ」
「そうする。あれ、陸人は戻らないの?」
みかるが不安そうに小首を傾げた。こんな形で解決してしまったことを、みかるも納得していないのだと思った。何か言いたそうなみかるの唇に軽いキスを落とす。涙の塩辛い味がする。
「しばらくここにいる。タバコ吸ってくわ」
みかるの足音が完全に消えてから、タバコに火をつけた。
制服のポケットにはいつもマルボロとライター、更に携帯灰皿が入っている。未成年のくせに、中途半端にマナーだけは守ろうとする俺。そう、俺はいつだって中途半端にいい奴なのだ。
本当の優しさが何なのかわからないわけじゃないのに、みかるも可愛くて自分も可愛くて、結局はみかるを追い詰めている。
この一年間、面倒ごとを避けてその場を丸く治めることばっかり考えてやってきたけど、それももう限界だった。煙を吐く度、暖かいものが少しずつ紫煙と一緒に体の中から出て行く気がした。
タバコを一本吸い終わる頃、俺の中からみかるへの気持ちは完全に消えていた。