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第五話 恋愛ジャンキー(3)

通学路は住宅街の間を縫うようにして指定されている。


同じ制服がアスファルトの端にずらりと列を作る午後三時台、太陽は既に西に傾きかけてるのにその光は相変わらず凶暴で、Eカップのおっぱいの谷間を汗が滑っていく。例年より一週間以上早く梅雨明け宣言が出された今年は、夏が長そうだ。



「麻央たち変わってるよね。同じ学校なんだから、校門とかで待ち合わせりゃあいいのに」

隼悟じゅんごと歩いてるとこ、学校の人に見られたくないんだもん」



 たくさんの人といっぺんに付き合うのは初めてじゃないけど、その中に同じ学校の人がいるのは初めてだ。一般的な思春期人間に比べたらそれほど他人の目を意識しないあたしでも、常識的な考えぐらいある。ビッチが常識、って口にするのも変かな。


 京子がへー、と目をいたずらっぽい三角形にする。



「要は三番目の隼悟くんは彼氏と認められてないのか。麻央ってほんと悪い女だよね」

「やめてよ。他に男がいてもいいから付き合ってって言ってきたのは隼悟のほうだし」



 ちょうど一ヶ月前になる。京子たちと一緒に一年の時同じクラスだった男女数人で遊んだ日の夜、あの無口で無愛想な隼悟から電話がかかってきて何の用だと思ったら、付き合ってほしいとか言い出すのでものすごいテンパった。


あたし他に彼氏いるよそれも二人もって返したら、それでもいいって。あぁどうせまたこいつも遼や弘喜と同じ、Eカップを触りたいだけなんだろうなと思いつつOKしたのに、そんなことはまったくなく今に至る。



「隼悟くん、よっぽど麻央のこと好きなんじゃん。ちゃんと大切にしてくれて。あんまり振り回したら可哀想だよ」


「そんな、あたしなんか本気で好きになるわけないって。今はいいけど、どうせ夏休みが始まったら即家に呼ばれて押し倒されるよ。その程度の女だよあたしなんか」



 そう、あたしは男に本気で好きになってもらえる女じゃない。コクってくる男はみんなあたしのおっぱい目当てで、誘われれば特に断る理由もないからすぐえっちしちゃう。


ヤレばそれなりに気持ちいいけど行為自体にはそれほど興味はないし、まだ性欲とかイクって感覚なんかも正直よくわからない。


けど、フィニッシュの時にあたしの身体をぐいと抱え込んで、目を細めながらエクスタシーを味わう男を見ているのは好きだ。


この気持ち良さを与えてるのがあたしだって、あたしなんかでも今目の前の人をこんなに気持ち良くさせることができるんだって、そう思えた時だけあたしは自分が生きていることを実感出来る。


ふーん、と京子が少し口を曲げながら首を振る。



「麻央って、どうしてそんなに自分に自信、ないかねぇ」

駿しゅんのせいだと思う」

「駿って、中学の時の彼氏だっけ?」

「そ」

「忘れちゃいなよ、そんなひどい男」



 京子は親友だから、駿のことを話してある。駿。その名前を密かに呟くだけで、未だに胸の一部が反応する。痛いようなあったかいような、とっくに終わった恋に向けてのなんともいえない気持ち。さんざんひどいことをされてひどいことをして、あたしはまだなんだかんだ、駿を好きでいる。



 京子と別れ、カラオケ屋のドアを押し開ける。高校の最寄り駅にくっつくようにして建っているカラオケ屋、そのエントランスが今日のあたしと隼悟の待ち合わせ場所。


クーラーが効いた店内は、ラブホみたいに豪華でガーリーで、だけど偽物くさいチープさを隠し切れていない内装だ。隼悟は広いエントランスの端っこのソファーに座っていて、あたしを見つけて腰を上げる。


受付で二時間と利用時間を告げ、伝票をもらって部屋へ行く。カラオケっていうのは友だちと行けばダベる場所で、男と二人で行けばいちゃいちゃする場所だって思ってたけど、隼悟は全然そんなことはしてこない。


普通に代わりばんこでマイクを手に取る。五曲目にあたしがしっとりめのバラードを下手くそながらなんとか歌い上げた後、画面は近々リリースされるアイドル曲の宣伝になってしまう。隼悟は次の曲を入れてなかったらしい。



「俺、高校辞めるかもしれない」



 独り言に近い言い方だった。鋭いだけで凄味のない三白眼が床をさ迷っている。



「はっ、何それ!?」

「うちさ、小さいながら一応、会社やってるじゃん」

「うん、中古車の販売でしょ?」



 そのせいで別に偉くもお金持ちでもないのに、隼悟は時々社長息子ってからかわれる。そんな時はチャームポイントの八重歯をちらっと出して、少し困った顔で笑うんだけど。



「その会社がここ数年上手くいってなくてさ。それが原因で親の仲もどんどん悪くなってて、顔合わせりゃ喧嘩ばっかで。そのうちオフクロはオヤジの顔見たくないのか結婚した姉貴のとこばっか行って、あんま家に帰ってこなくなって。オヤジもそんなオフクロに干渉しねぇの」


「……」


「で、こないだついにオヤジから言われたんだよ。もうすぐ会社つぶれるかもしれない、そうなったらオフクロとも終わりだって」



 隼悟の口調に悲しそうな響きはない。学校で逸見くんとかと話す時みたいに、淡々と唇を動かす。それがかえって、見ているほうには苦しい。薄暗い部屋を照らし出すテレビ画面ではほとんど水着みたいな格好で歌ってるアイドルが、お面のような笑顔をこっちに向けている。



「学校やめるのは、会社がつぶれるから……?」


「うん、親が大変なときに俺だけのうのうとしてられねぇしな」



 隼悟やそのお父さんやお母さんの大変さ、苦しさなんてちっともわかってないくせに、機械的に頷いていた。うちは両親は仲いいしパパは普通のサラリーマンだし、暗い出来事とはまったく無縁な家庭だから、隼悟の話はドラマや映画の中のことみたいに聞こえた。いや、あたしにとってはドラマみたいでも、隼悟にとってはそれが現実なんだ。



「ごめん、隼悟。ずっと悩んでたのに気づいてあげれなくて」

「いや、俺が言わなかっただけだし。だからさ、もし高校辞めても、それでもまたこうやって会えないか?」


「それは大丈夫。てか隼悟、どうすんの?高校辞めて」

「働くよそりゃ。どうせ俺、高校卒業したらすぐ就職するつもりだったし、勉強嫌いだから。それがちょっと早くなっただけだ」


「もったいなくない? せっかくうちの高校入ったのに」



 あたしたちが通う高校は一応、進学校だ。進学校といっても卒業生の進学先に目をみはるような有名大学がズラリ、てことはないけれど、大半の生徒は二流か三流の四年制大学に進学する。家の事情や進路の関係で短大や専門学校に行く人もいるにはいるけど少数派だし、ましてや就職なんて毎年数名程度だ。



卒業まで、あと一年八ヶ月しかない。たった一年八ヶ月後、就職して社会人になって大人になるなんて、あたしにはとても想像つかない。だから逃げるように進学を選ぶわけだけど、隼悟は違うんだ。自分で望んだわけじゃないにしろみんなより一足先に学校を飛び出し、その運命を受け入れている。少し黄ばんだ八重歯が覗いて、照れたように笑う。



「別にもったいねぇとは思わねぇよ、一流大学に入って一流企業へ、安定した生活。俺はそういうの、まぁいいなぁとは思うけど、何がなんでも手に入れたいほどじゃないから」


「価値観は人それぞれだもんね」

「そゆこと。とりあえず、歌うか」



 隼悟が男女の人気アーティストがコラボしたデュエット曲を入れ、二人でハモった。サビのところでちらっと目が合ってなんだか笑えてしまって、一時歌声が中断した。隼悟といるとキスするよりえっちするより、ずっと深く繋がってる気になれることがある。いつも誰かと付き合うとすぐそういう展開になっちゃうもんだから、逆に新鮮だ。



 隼悟が学校から消えて就職して、あたしとは違うエリアの人間になってしまうことを想像してみた。たしかにちょっと、寂しいかもしれない。


遼や弘喜とは離れてしまっても平気なはずなのに、隼悟とはもっとずっとこんな関係を続けていたいと思う。それが好きってことと同じ意味なのかは、まだわからない。自分のことは、わからないことだらけだ。


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