「俺がディエという女の子をチンピラから助けたのはチンピラが店の常連だったからです。絡まれた相手が誰でも同じことをします」
「おや、どうして急にそのようなことを……?」
しらばっくれた台詞を言っているが執事の視線がこちらを探っているのは明らかだった。
確かに港の時はイオンが俺とディエの前に姿を見せることは一切無かった。
チンピラを雇ってディエに絡ませたのを知っているのは俺が前世で「恋と騎士と冒険と」をプレイしたことがあるからだ。
そんなことを言える筈が無いので言葉を選びながら説明する。
「港でコンテナに隠れたつもりになっているイオン様を見たからです。彼はディエさんを熱い目で見ていた。だから俺が彼女と話したことが原因ではと邪推しました」
イオンとディエが婚約関係だと知っていると伝えるのが一番手っ取り早いが俺がそれを知ってるのも不自然なので黙って置いた。
「成程……凄い観察力だ。まだお若いのにブルーム菓子店を国内有数の人気店にした手腕にも納得致します」
「はあ、どうも……」
別に俺はケーキのアイディアと宣伝について少し口を出しただけだ。
売り上げが良いのは父の作る商品が美味しいからだろう。そうでなければ一度食べたらもういいやとなるのだから。
「そちらの店の菓子は女性を美しくすると貴族会でも評判です」
「有難うございます。お陰様で貴族の方からも御贔屓にして頂いております」
評判になっていたのは初耳だが確かに貴族の家からもしょっちゅう注文は来る。
カロリー低めで肌に良いという宣伝をした商品ばかりなので、そういう需要を満たしているのは知っていた。
しかし急に何でそんな話をしてきたのだろう。
俺が内心首を傾げていると執事はモノクルを指で押し上げる。そして丁寧な口調で言った。
「先程の御要望ですが私の一存では判断が出来かねます。恐れ入りますが持ち帰り、日を改めてゴールディング家から回答させて頂けませんでしょうか?」
話が戻り俺はほっとする。彼の言い分にもおかしい所はない。
確かにゴールディング家の後継であるイオンの行動を執事が制限するのは難しいだろう。
「大丈夫です」
「寛大なお答え、感謝致します。それでは本日は失礼致します」
俺の答えに執事は深々と頭を下げ、帰って行った。
俺は彼の姿が見えなくなるまで立ち尽くし、完全に見えなくなると脱力する。
「はああ……喋ってるだけで疲れた」
別に言葉や態度で脅されたり不快なことをされたわけでは無いが、非情に緊張した。
ある意味イオン相手よりもだ。
「回答、手紙とかで届けてくれないかなあ……」
いっそそのまま二度と店や俺に近づかないのが答えでも良い。
しかし俺の淡い願いは叶わなかった。
数日後ゴールディング家のしかもイオンの名義で大量の菓子の配達依頼が来たからである。
これは本当に完全犯罪されてしまうのだろうか。
依頼を断ることも考えたが、それはそれで無礼だと手打ちにされる可能性もある。
姉や父に配達に行って貰うのも駄目だ。人質にされる可能性がある。
父は巨漢だが多勢に無勢で負けるだろう。寡黙な父よりは、多少口が回る俺が行くのが一番マシだ。
そういえば「恋と騎士と冒険と」って選択肢で主人公死んだりヒロインが失踪したりするんだよなと嫌な事を思い出す。
「……これが本当にゲームなら、バッドエンド対策でセーブできるのに」
俺はストレスと緊張で痛む胃を抑えながら呟いた。