「ごめんなさいアリオ、私が真っ先に名前を聞いてなかったから……」
「仕方ないよ姉さん、まさかゴールディング公爵家が依頼してくるなんて俺も予想してなかったし」
俺よりも余程悲壮な表情でパルは言う。配達注文を受けたのは彼女だったのだ。
でも慰めでなく本当に仕方ないと思う。
ゴールディング家の使用人は店番をしていた彼女に配達日時と商品を告げて「大丈夫」と言質を取った後で家名を伝えたのだ。
その時点でやっぱりお断りしますなんて出来る筈がない。相手が貴族なら尚更だ。
下手すればその時点で面子を潰したと因縁をつけられる。だから依頼は受けるしかない。
「やっぱり急に材料が足りなくなったとか断れないかしら……」
「断るにしても結局ゴールディング家に行く必要があるだろ、だったら素直に配達した方が良い」
このやり取りを何回しただろう。店が強盗に入られたことにしようとか言い出した時は吃驚したが回答は変わらない。
注文を後から断ったとしても、その謝罪をしにイオンの家に行く必要はあるのだ。
「それに依頼されたケーキはもう出来てる、無駄に出来る筈がない」
俺は梱包済みのケーキを指差した。
苺のショートケーキと季節のフルーツタルトとベイクドチーズケーキだ。それと焼き菓子詰め合わせ。
お茶会でも開くのだろうか。貴族がそういった小さな催しにうちの店の菓子を使うのは珍しくない。
特に女子会みたいな時には果物たっぷりだったりチーズケーキなどのカロリー低めのものがよく依頼される。
沢山食べても罪悪感が少ないかららしい。どの世界でもそういった考えは変わらないようだ。
「……アリオ」
俺たちのやり取りを腕組みしてみていた父親が俺の名を呼んだ。
その熊みたいな体つきと丸太のように太い腕に強面はケーキ職人らしくないと良く言われる。
製菓作業は力仕事が多いから別に俺はおかしくないと思うけれど。
「何、父さん」
「……俺が、行く」
「父さんは喋るの苦手だし、貴族のお屋敷に相応しい服持ってないだろ」
これも何度目かのやりとりだ。ブルーム菓子店の配達を始めた頃に豪商や貴族から注文が来るようになった。
その時に軽く服装について届け先から注意を受けた。簡単に言うと屋敷に出入りするならもっと小綺麗な恰好をして欲しいというものだ。
別に不潔な恰好をしていた訳では無いが、安っぽい服装がお気に召さなかったらしい。
なのでそういったプライドが高そうな家へ配達する時は普段より上等な布地の洒落た服を着ることにしたのだ。
そして父はそういう服を持ち合わせていない。
「大丈夫だよ、何かするつもりならわざわざ家に筆頭執事が来て謝罪なんてしないだろうから」
父と姉を安心させる為、そして自分を鼓舞する為にそう言い聞かせて俺は荷物を持ち店を出た。
そのまま商店街通りを過ぎ、高級住宅街へ向かう。
手前が新しめの豪邸、奥へ行くほど高位貴族の屋敷が立ち並ぶ。
初めて来た時は歩いているだけで緊張したがここ数年は月に何度も訪れているのですっかり慣れた。
貴族の場合使用人が予約時間に店に来て持ち帰ることも多いが、配達もそれなりに需要があるようだ。
「でも公爵家は初めてだな……」
呟きつつ、辺りを見回す。散歩をしていたらしい貴婦人に笑顔を向けられ俺も深々とお辞儀を返した。
ドレスの女性は伯爵夫人でお得意様の一人だ。
「ごきげんよう、菓子店の坊や。今日も可愛らしい顔をしているわね」
可愛いと言われてもあまり嬉しくは無いが、笑顔を浮かべ礼を言う。
「有難うございます、奥様はいつ見ても大変素敵な装いをされていますね」
「あら、上手なこと。今週末にお茶会を開くからその時はお願いするわね」
「はい、いつもありがとうございます」
配達業は接客業も兼ねている。だから強面で寡黙な父には向いていない。
そうやって顔見知りに何回かペコペコしつつ俺は住宅街の奥まで辿り着いた。
「ここがゴールディング公爵邸か……リアルだと初めて見るな」
周囲をぐるりと高い塀に囲まれた白亜の超豪邸を見ながら俺は呟く。
この足で訪れるのは初めてだが「恋と騎士と冒険と」のゲーム内では何度も中に入ったことがある。
主人公は武器を買ったりデートやプレゼント費用の為に金を稼ぐ必要がある。
その方法はバトルパートで強敵に勝ったり、日常パートてアルバイトをするというものだ。
割のいいアルバイトの筆頭がイオンの家での掃除夫なのだ。