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第10話

 港で助けを求めるディエを無視した時にだけ選択できる半分裏技みたいな要素である。 

 給料は良いがイオン邸を訪れたディエと目が合い睨まれるというランダムイベントがある。

 そして何故か他のヒロインたちの好感度も下がる。

 多分ディエが悪評を言いふらしたのだろうというのが当時のプレイヤーの共通認識だった。恋愛ゲームでは珍しくないことだ。


 ただ俺は意図せずとはいえディエをチンピラから助けた形である。

 だからゲームのようにこの豪邸で働くことは無いだろう。働きたくも無いけれど。


 昔行った観光スポットを眺めるような形でゴールディング公爵邸を観察し終えると俺は再び歩き始めた。

 注文された品を納入する為に裏口を探さなければいけない。

 ここまでの規模の屋敷だと正門から入ると怒られる時がある。貴族相手の商売が面倒くさい理由の一つだ。


 軽い運動になりそうな距離を歩きやっと裏門らしき場所を見つける。

 そこで暇そうに立っている門番に近寄り頭を下げた。


「恐れ入ります、私はブルーム洋菓子店の者です。御依頼頂いた品をお持ちしたので取り次いでいただけませんでしょうか」

「ああ、話は聞いている。ちょっと待っていろ」


 挨拶をすると門番はそう言い、屋敷の方へと消えた。

 門から屋敷までも大分距離がある。そこを歩かなければいけないと思うと少しうんざりした。


 二十分ほどして門番が戻ってくる。待たせ過ぎだと思ったが表情に出すことはせず愛想笑いを浮かべた。

 しかし相手の言葉でそれは凍り付く。


「おい、イオン様が正門から入ってくるようにと仰せだ。さっさと行け」


 一秒後、丸々と太った憎たらしい顔に脳内でパンチを叩きこむ。

 確認しなくてもわかる。これがイオンの嫌がらせだと。


 ゲーム内でイオンの嫌いな事は歩くことと剣の鍛錬だった。あの体型ならそうだろうと納得する。

 つまり奴は自分の嫌な事を俺にさせようとしているのだ。


 今から来た道を戻って正面玄関まで行って更にそこから庭を通過して屋敷に入ることを考えるとうんざりした。 

 嫌がらせとしては正解だ。


 どうせ最初から正門で受け付けをしても裏門から入って品を届けろと言われたことだろう。

 ゲーム内でもディエルートを選ぶと主人公に嫌がらせと妨害を散々行ってくるキャラだ。これぐらいは予想すべきだった。


「かしこまりました、では失礼します」


 俺は門番に頭を下げ、それなりの重さの荷物を持ち来た道を戻る。

 カートに保冷魔法をかけて貰っていて良かった。でなければケーキのクリームが溶けて型崩れしたかもしれない。

 そうしたらそれを理由に文句を言われるのだろう。もしかしたら食べもせず目の前で捨てられるかもしれない。

 目の前で父が作ったケーキにそんなことをされたら、俺は何をするかわからない。


「……いや頑張って耐えなきゃだな、絶対家族巻き込むし」


 俺だけが処罰されるならまだいいけど、そんな慈悲など期待出来ないだろう。

 ただ、もし本当にそんなことをされたら俺はゲーム知識を悪用してイオンとディエを別れさせるだろう。


 実は主人公と駆け落ちしなくてもディエがイオンを捨てるイベントは発生するのだ。

 観光に来た他国の王子に見初められて略奪されるとか、宝くじを当てて大金持ちになるとか、他国に亡命してそこで女優として大成するとか。


「はは、寧ろ婚約破棄されてない方が少ないなあいつ……」


 ゲーム内で婚約者に捨てられて泣いていたイオンの顔を思い出すと、褒められたことではないがちょっとスッキリする。

 俺は歩き疲れた足を励まし正面門を目指した。


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