「こちらでイオン様がお待ちです」
男の使用人に案内され、俺は立派な扉の前に立った。
ゴールディング公爵邸は外も中も立派で広い。
体力がフルな状態で家から出たのにイオンの部屋に辿り着くまでに半分近く減った気がする。
こんな広大な家なんて毎日暮すだけでちょっとした運動になるだろう。
それなのにあんな玉のような体型を維持しているイオンはある意味凄いと思った。
ゲーム内でも屋敷のバイト中とディエ関連以外では姿を見ないので引きこもっていたのかもしれない。
その上で好き放題食べていたらあんな風にもなるか。
俺は注文された大量のケーキを手にそんなことを思った。
使用人に商品を渡してそのまま回れ右で帰るのが一番良かったが、そう都合良い展開にはならなかった。
ケーキの配達という名目で俺をここまで来させるのが目的だったのだろう。
父が作った菓子は街で評判なので、食べてみたいという欲望もあったのかもしれないが。
「くれぐれも態度には気を付けるようお願い致します」
「……努力します」
店に来たの執事とは別人の、しかし執事みたいな厳格な雰囲気の男性に注意される。
大貴族とかの家には執事が何人もいるらしいから彼もそうなのかもしれない。
若い執事は俺の返事に頷くと扉を几帳面な仕草で叩いた。
何となくそれで前世で受けた面接を思い出す。何回叩くのが正解だったっけ。
「イオン様、洋菓子店の者が参りました」
「入れ」
執事に呼びかけに即返事が聞こえる。もしかして中でずっと待ってたんだろうか。
単純にケーキの到着をワクワク待っていたなら可愛らしいがそんなことはないんだろうな。
目の前で執事が扉をゆっくりと開く。正面には一度見たら忘れられない丸々とした体が鎮座していた。イオン・ゴールディングだ。
豪奢なソファーにどっかりと座っている。椅子じゃその巨体を受け止めきれないからかもしれない。
「お前は良い、そいつだけ入れ」
「畏まりました」
イオンは挨拶すらせず、俺たちを指さしそう言った。執事の青年は即返事をして立ち去る。俺は内心焦った。
こちらを見るイオンの青い瞳は敵意を隠しもしない。飢えた豚のようだ。
あの体型だ。俊敏に襲い掛かってくることは無いだろうが二人きりにはなりたくない。
貴族の屋敷でただの平民である俺の希望なんて優先される筈がないのだ。
俺は背後で扉が静かに閉まる音を聞いて静かに絶望し、そして覚悟をした。
多分イオンはディエと俺との関係を疑っている。もしくは俺がチンピラを追い払い自分の作戦を妨害したことを怒っている。
いや両方の可能性が一番高いか。
とりあえず罵声については聞き流して、謝罪は臨機応変に行い、そしてディエとの関係については潔白を誓う作戦で行きたい。
俺は作戦を決めるとイオンの目を見返した。綺麗な濃い青色の瞳だ。これだけ太っているのに目鼻立ちははっきりしている。
イオンの痩せた姿など想像できないが、痩せたらそれなりに美形になるんじゃないだろうか。
チンピラ雇って変な作戦するより、健康体重になった方がディエの愛情はゲット出来る気がした。
あと多分このままだと成人病とか絶対なる。
確かゲーム設定だと十六歳ぐらいか。俺よりも二歳下だ。まだ若いからこの体型でも元気なのだろう。
「おい、何をじろじろ見ている!」
突然怒鳴られ、俺は慌ててイオンに謝罪する。予想より長時間彼を見つめていたらしい。
「も、申し訳ございません!」
「ふん、貴様のような平民が本物の貴族である僕に見惚れるのも仕方ないか」
なにいってんだこいつ。
俺は喉から出そうになった台詞を頑張って飲み下した。