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第13話

 そして俺はどうやら賭けに負けたらしい。

 目の前のイオンの顔が怒りで紅潮してきたからだ。


「なん、だと……貴様!」


 そういえばディエってしっかり自己紹介してきたな。今更思い出す。

 こちらが聞いても居ないのに学校名とか学年まで話していた。危機感が無なさ過ぎでびっくりする。


 なのに俺がディエって誰ですかという態度だったからディエ大好きなイオンは怒っているのか。

 明確に選択を間違えてしまった。


 トマトみたいな顔のイオンを前に俺は謝罪の言葉を必死に考える。

 美しい婚約者様の名前と顔をを失念して申し訳ございませんとかで良いだろうか。


 いやそもそも今の俺はディエがイオンの婚約者だと知っていたら不味いんだっけ。

 そんな風に慌てていた俺は彼の次の言葉で固まった。


「ディエをしつこく口説いておいて、名前すら聞いていないと言うのか!」

「……は?」


 そんな事実は無い。俺からはろくに話しかけてすらいない。

 ディエの方から凄い勢いでこちらの素性を特定して来たのは覚えている。正直怖いぐらいだった。 

 将来は店を継ぐのかと熱のこもった目で見て来た。


 前世で数回行った婚活パーティーでもあそこまでがっついた女性はいなかった気がする。

 いや、一人だけ居たな。前世で婚約していた彼女だ。

 熱意に負けて付き合って同棲もして結婚もするつもりだったけれど最終的に通帳を盗んで消えた。

 慰謝料として貰っていくと謎のメッセージを残して。何の慰謝料だよ。


 話しかけてくるディエに必要以上に素っ気なく接したのは、俺を捨てた婚約者の面影を見たからかもしれない。

 俺が前世の事を思い出していると、イオンは乱暴に机を叩いた。


「ディエはお前に話しかけられて怖かったと言っていたんだぞ!」

「俺からは話しかけていません」

「貴様、嘘を吐くな!」


 何だか予想以上に雲行きが怪しい。

 ディエは僕の婚約者だ、平民如きが二度と話しかけると言い渡されるぐらいだと思っていたのに。


「嘘ではありません。ディエさんを口説いたという事実は本当に無いのです」

「やっぱり貴様はディエを知っているじゃないか!」


 茹蛸になったイオンに指摘されて内心焦る。しかしまだ巻き返せる。

 これでも二回社会人をやっているのだ。俺は頭の中で言い訳を必死に考えながら言い返した。


「俺は生まれてから一度も女性を口説いたことはありません。だからディエさんという方にもそのようなことをしていないと誓えます」


 これは事実だ。前世を思い出すまでは店を継ぐことばかり考えて手伝いをしていたし、思い出してからは恋愛なんてしてる余裕は無かった。

 しかし何でここまで拗れた誤解をイオンはしているのだろう。ゲームでだってここまで愚かでは無かった筈だ。


 寧ろ彼はとても騙されやすかった。だからディエはイオンと婚約しながら主人公の傭兵とデートを繰り返し関係を深められたのだ。

 彼とはそんな関係ではありませんと言いながら最終的に駆け落ちもした。


 そこまで考えて俺は嫌な予感がした。


「ならお前はディエが僕に嘘を吐いたとでも言うのか!」


 最早全身真っ赤にしてイオンが怒鳴る。

 その通りだよお前騙されてるんだよ。言ってしまえたらどれだけ楽だろう。


 でも言ったらもっと怒るだけなんだろうな。だからと言って違うと言ったら俺が口説いたことになってしまう。

 何かこの状況魔女裁判みたいだ。どちらを選んでも死ぬしかない最悪な奴。


 俺は頑張って考えて、そして一言返した。


「……それは、分かりかねます」

「ふざけるな!」


 イオンが立ち上がり腕を振り上げる。まあ怒るだろうなとは思っていたよ。

 握られた拳を見て、両腕で目だけ庇った。まあ甘やかされた貴族だし殴られてもそこまで痛くは無いだろう。そう信じたい。


 しかしその拳の犠牲になったのは俺の顔では無かった。



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