「やっぱあの馬鹿貴族に泣かされたのか」
居間に移動して洗いざらい白状させられ、言われた台詞に俺はがっくりとうなだれた。
「分かってたのにしつこく聞いてきたのかよ!」
「予想できててもちゃんと確認しないと駄目だろ、冤罪で相手恨んだら良くないし」
非の打ちどころの無い正論に俺は奥歯を噛みしめるしかない。それは本当にそうなのだ。
話し続けて喉が渇いた。それを察したのか目の前にカップに入ったカフェオレが差し出される。
熱過ぎない温度で、一気に飲めた。
こういう気遣いがポプラが女性に人気な秘訣だろう。
俺が一息ついたのを待って彼が話しかける。
「ゴールディング家の子豚は甘やかされ切ってるからそういうことやるだろうな」
「ポプラも知ってるのか」
「愛しの婚約者の為にって季節じゃない花で花束用意しろって無理難題を、昔な」
遠い目をして言われ俺はポプラの苦労を察した。イオンなら言いそうな我儘でもある。
「そりゃ大変だったな……でも貴族って、花にしても注文する店って決まってるんじゃないか?」
「そいつらにも断られたんだろ。普通はそこで諦めるんだけどな。あいつは駄目だよ」
ポプラに珍しく切り捨てるような口調に、俺は少しだけ怯える。
それに気づいたのか彼は表情を人好きのする笑顔に変えて俺の頭を撫でた。
「子ども扱いするなって」
「してないって」
くしゃりと笑いながらポプラが言うが納得できない。
しかし先程の険しい表情は消えたので俺は話をイオンに戻した。
「金は幾らでも出すから絶対用意しろって凄い剣幕でな、俺が色んな知り合いに頭下げて金も使って頼んで何とか用意したんだよ」
「凄いな、用意できたのか」
貴族お抱えの花屋さえ匙を投げたのに。俺は感心して言う。
ポプラは本当に知り合いが多い。外国や地方から来た商人たちとも懇意だから出来たのだろう。
「そうだよ、大変だったけどその分達成感は凄かったね。その後が本当に最悪だったけど」
「……最悪って、もしかして」
嫌な予感がして俺は恐る恐る質問した。深く重い息を吐き切った後にポプラが口を開く。
「これは欲しいのと全然違う花だ、やっぱり平民は駄目だなって目の前で床に捨てられたよ」
「うわ……」
「しかも子豚貴族が直々に店に来て俺を呼びつけて叩きつけてくれたからな……殴りかからなかったと今は思うよ」
「いや本当偉いよお前」
そう言って労わるようにポプラの頭を撫でる。俺にしょっちゅうしてきて自分が嫌だということも無いだろう。
彼は特に文句も言わず大きな犬のように俺に撫でられてた。
「まあそれ言うならアリオも凄いよ。親父さんのケーキ台無しにされてよく殴らなかったな」
「殴るのは我慢したけど泣いたから普通に情けないけどな」
「いや泣くぐらいしていいよ、お前はあんだけケーキ作りに一生懸命だったんだから」
そう慰めるように言われて胸の一部分が痛んだ。
前世を思い出す前まで俺は父の跡を継いで菓子職人なるのだと必死だった。その未来しか見えていなかった。
けれど記憶を取り戻して、自分の死因や直前の過重労働も思い出した結果俺は製菓作業自体にトラウマを抱いてしまった。
でもケーキも菓子も好きだ。一時期は匂いだけでも駄目だったが今は食べる事や見る事は出来るようになった。
もし叶うなら再び調理台の前に立ちたいと願う。今はまだ難しいけれど。
「実は、今日お前の店にパン買いに行ったんだよ。そしたらパルが暗い顔しててさ」
「姉さんが……」
「いつも元気過ぎる人なのに、そりゃ変に思うだろ。だから何があったって聞いたら教えてくれた」
「顧客情報をあっさり話したら駄目だろ」
「俺が誰にも言わないからってしつこく言ったんだよ、さっきみたく」
「ああ……」
その一言で俺は納得した。それに俺も今ポプラにイオンについて話したばかりだ。姉を責める資格は無い。