「それで追いつけるかと思ってすぐ貴族の屋敷ある方行ったんだけど無理だったな」
「俺の後追いかけて来たのかよ、何でそこまでして……」
「そりゃ一人より二人の方が気が楽だろ。まあ俺がその場に居たら公爵家のバカ息子をぶん殴っていたと思うけど」
「居なくて良かったよ!」
心からそう吐き出す。そうしたら今頃こうやってポプラの家で寛いでなんていられない。
下手したら牢屋行きだ。その場で切り捨てられるかもしれない。
俺は店にやって来た全身鎧の騎士を思い出した。イオンによって解雇されたらしいが二度と関わりたくない。
「それで仕方なく帰って来たんだが、お前をこうやって捕まえられて良かったよ」
「人を逃亡犯みたく言うな」
「どっちかというと逃げた猫みたいなもんだ」
「何のフォローにもなってないけど」
言い返しながらポプラの拳を見る。大きくがっしりとしている。
これで本気で殴ったらイオンの丸々とした体は吹っ飛んでしまいそうだ。そして俺たちの平穏な生活も吹っ飛びそうだ。
「しかしまあ、馬鹿ボンボンが馬鹿なのはわかってたけど……やっぱり裏に女がいたんだなあ」
「女って」
ディエの名前は流石に言っていないのでそう呼ぶしかないのはわかっている。
けれどポプラの乱暴な物言いの理由はそれだけじゃない気がした。
「ゴールディング家の坊主の婚約者はディエって娘だろ」
「……知ってたのかよ」
「そりゃ有名人だからな。貧民街の歌姫が次期公爵に見初められたって」
ポプラに当たり前のように言われて、俺は先程までの苦労が無駄だったことを知った。
よく考えたら、それはそうだ。
ディエが貧民街の歌姫と言われていたのは初耳だが彼女の外見はとても目立つ。
そして家が貧しいのも知っている。この時点でちょっとした有名人にはなるだろう。
更に普通は有り得ない平民と高位貴族の婚約だ。
娯楽が少なくプライバシーという概念も希薄な平民たちはさぞかし興味深いニュースだっただろう。
貴族間でも似たことになっているかもしれないが。
だったら顔が広くて耳の早いポプラがディエについてあれこれ知っていてもおかしくはないのだ。
「それに俺も彼女にちょっかいかけられたことがあるしか」
「んん?」
なんかとんでもない事を言われた気がする。
「前さ、貧民街に用があって行ったことがあるんだよ。お前には話して無いけど」
「う、うん」
「そしたら道端の飲み屋で若い娘相手に怒鳴ってる酔っ払いがいたわけよ」
「それは酷いな」
「だろ、だから俺が止めたんだけど何とそいつら親子だったわけ。それで父親は娘の稼いだ金で飲んでたらしくてさ」
「最低過ぎる……」
ゲーム内でもディエの父親は飲んだくれの無職だったが、生々しい屑さがパワーアップしている。
俺はその光景を想像してうんざりと言った。
「で、俺は情けない真似するなって親父に怒鳴って飲み代を払ってやったわけ」
「善人過ぎるだろ」
「だって怒鳴っただけだとそいつの娘さんが後で八つ当たりされるだろ」
「そこまで考えてたのか……」
こういう奴だから女性にもてるんだろうな。俺は今まで何十回も実感したことを再度感じた。
多分これからも同じことを定期的に思うのだろう。
「まあ、結果ディエという娘には恨まれちまったみたいだけどな」
「えっ」
「当時は気づかなかったけど、うちの花屋に無理な注文させるよう婚約者にけしかけたのも彼女だろうさ」
ディエが父親に怒鳴られてたところに割って入って助けた。その上で飲み代まで奢ってフォローもした。
そこまでした彼がディエに逆恨みされる意味がわからない。
俺が首を傾げているとポプラが自分の分のコーヒーを一口飲んで溜息を吐いた。
「告白されたのを断ったんだよ、俺が」
「ああ……」
凄く分かりやすい理由だった。だとしても理不尽な事には違いないけれど。
イオンという巨大爆弾を好き放題投げつける爆弾魔みたいな美少女だ。俺は改めてディエという娘を恐れた。
まあゲーム内でも嫌われると結構酷い事してきたもんな。知り合いに主人公の悪評振りまいて評判下げるとか。
ゲームと現実は違うのは重々承知だが、どちらかというとゲームより報復が過激になっていて笑えない。
イオンとディエって、このまま結婚させて良いのだろうか。
下手したら平民や使用人に酷い事をしまくる悪の公爵や公爵夫人を生み出すことになりそうだ。
ゲームには存在しない未来がこの世界で起こる可能性を意識してずっしりと重い気持ちになった。