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第30話

 俺の感情が完全に落ち着いたと判断したのかポプラはその後コーヒーを一杯振舞うとあっさり解放してくれた。

 彼の家を出る前に鏡で自分の顔を確認したが、来た直後よりずっとマシになっていて安堵した。


 今度こそ自宅へと歩みを進めながら俺は色々と考え事をする。

 父と姉にはある程度事実を話した方が良いだろう。

 ケーキを台無しにされたことはなるべく隠したかったが、後から知った方が二人とも傷つくし怒るだろう。

 隠し事は基本気づかれることを覚悟した上でしなければいけない。


 前世と今で二回社会人をやっている俺の数少ない教訓だ。言うほど守れていないが。

 しかしケーキについては正直に話すことは決めた。

 問題はディエの存在についてだ。


 ディエが俺に強引に口説かれたとイオンは騙された結果怒った。

 つまり彼女が婚約者に対し嘘を吹き込まなければケーキも叩き潰されなかったのだ。

 怒りと戸惑いがじわじわと胸中にわいてくる。


 イオンに対してのストレートな怒りとは違う。

 俺は男だしディエの不幸な境遇も知っているから無意識に同情している部分がある。

 でも姉のパルはきっと激怒するだろう。


 彼女の性格だと抗議しに行きそうだがそれは絶対に止めたい。

 ディエの標的がパルになるだけだ。

 ゲーム内のイオンは自称気高い騎士だった。ディエに対しても束縛はしたが基本的に甘やかしていた。

 だから女性相手にそこまで無法なことはしないと思いたいが、それも希望的観測に過ぎない。


 ケーキを作った父親はきっと復讐も抗議も望まないだろう。

 彼が丸太のような腕を一振りすればイオンの巨体も吹っ飛びそうだが暴力をふるうような人ではない。


 気が強くて家族思いな姉が一番の懸念だ。俺は溜息を吐いた。


「俺よりもずっと知り合い多いし客商売慣れてるし大丈夫だろうけど……」


 己を落ち着かせるような姉への評価を口にした。

 菓子店の看板娘。ゲーム内では彼女の笑顔目当てで常連になる者も多いという設定だ。


 それはこの現実でも同じで、港でディエに絡んでいたチンピラたちもパルのファンだった。

 だからこそ俺が彼らからディエを助ける羽目になったのだが。


「どうしてもパルの怒りが収まらなければ、あのチンピラたちに生贄になってもらうか」


 金目当てにイオンに雇われて嘘とは言え少女に強引に絡んだ挙句うちの店の商品を無理やり食べさせようとした罪は重い。

 寧ろ常連のチンピラたちのやらかしを前面に押し出して姉の怒りをそちらに向かわせる方が得策かもしれない。


 個人的にはパルをディエに関わらせたくない。

 大した会話などしてないけれど、この世界のディエには強く闇を感じる。

 父親に苦労させられて、生活に困窮して白豚貴族と嫌々婚約して不幸な立場ではあるだろう。


「……でもだからといって他人を不幸にして良い訳じゃない」


 俺は呟いた。

 俺がディエのことを大切に思っていたり家族や親しい関係ならきっと説教していたに違いない。

 でもそんなことをするつもりはなかった。


 俺は彼女の人生の面倒を見るつもりなんて無いからだ。

 だから厄介な存在と認識して大切な家族を近づけさせたくないと思うだけだ。


 ポプラはもう関わってしまったようだが、彼もディエに深入りするつもりは無いようで安心している。

 そういえばと俺は気づいた。


「ゲーム内でも女好きだったのにディエの時は一切邪魔して来なかったな……」


 ポプラは「恋と騎士と冒険と」内でヒロインと主人公のデートを邪魔する厄介なイケメンだった。

 デート場所が商店街や街中だと偶に出現して来てヒロインの好感度が低いとそのままポプラに持ち帰られてしまう。


 隠しヒロインとか病弱で外出できないヒロインとか一部を除いてポプラはしょっちゅう出没して邪魔するのでプレイヤーから嫌われていた。

 でも何故かディエの時には邪魔して来なかったなと、今更俺は気づいた。


 ゲーム内の挙動と今いる世界に生きる人物を完全に同一視するつもりは無いが、ポプラとディエの間にそんな過去があったのなら納得だ。

 俺は奇妙なスッキリ感を覚えながら帰路に就いた。




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