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第31話

「ただいま」

「アリオ、あんた遅いわよ!」


 扉を開けた途端そう怒鳴られる。

 容赦ない勢いに文句を言いそうになったがこちらを見つめる姉の顔が必死過ぎてそんな気持ちは霧散した。


「ごめん、心配させて」

「……大丈夫、だったのか」


 素直に謝った俺に野太く低い声が投げかけられる。当然パルのものではない。


「父さん」


 店舗に続く内扉を開けて父がこちらに来る。

 俺は菓子店側に顔を出さず、裏口から住居部に直接帰った。


 そして姉は扉を開けた途端速攻で叱って来た。

 つまり彼女は俺の帰りをずっと待っていたという訳だ。


 店の方は商品が売り切れていなければ営業中の筈だ。


「もしかして姉さんの代わりに店番してたの?」

「……そこまで長くはやっていない」


 製菓技術は確かだが口下手で人付き合いが上手くない父が店番をやることは滅多にない。

 どうしても姉と俺の両方に外せない用事が出来るか、パルにしつこく言い寄る迷惑客が出た時ぐらいだ。

 俺の驚きを察したのか父親が何度か咳払いするともごもごと口を開いた。


「……泣きそうな顔で接客なんかさせたら、それこそ近所のカミさんたちに俺が怒鳴り込まれる」

「べ、別に泣きそうになって無いし!」


 顔を真っ赤にして姉が反論する。改めて心配させてしまったことに罪悪感を抱いた。

 ポプラの家に寄ったことも少し後悔したが、あそこで意識を切り替えなければ結果的にもっと不安がらせたとも思う。


「……二人とも、心配させてごめん」

「さっきも同じこと言ってたわよ」


 口が達者なパルが即座に突っ込んできた。

 確かにそうだが、もう一度謝りたくなったのだ。


「いや改めてそう思ったから」


 正直俺は男だしここまで心配させていたとは予想していなかったのだ。

 あのしっかり者の姉が店番も出来ないぐらい不安がっていたとは。


「別にもう謝らなくていいわよ。元々私があの家から配達注文受けたのが悪いんだから」

「いやそれは仕方ないよ」

「仕方なくないわよ、あの後私やっぱり後悔して……」

「気にしなくていいよ、そもそも元は俺が」


 このままだと互いに相手は悪くない、自分が悪いと言い合うパターンに入ってしまう。

 そんな俺たちを見かねたのか寡黙な父が割って入った。


「パルもアリオも済んだことはもう良い……済んだんだよな?」


 こちらに確認するように聞いてくる父に俺は少し考えて頷いた。


「とりあえず誤解で怒られたけど、その誤解は解いたから大丈夫だと思う」

「ちょっと、怒られたってどういうことよ!」


 俺の台詞に姉が反応して騒ぎ出す。その反応は正直予想出来ていた。


「パル、あまり大声で騒ぐな。アリオが怖がって泣く」


 父が姉を宥めるが台詞が俺を完全に子ども扱いしている。

 昔は兎も角今の俺は別に怒鳴られたぐらいで涙目になる子供ではない。

 十八歳だし年齢的には結婚してもおかしくはないのだ。する予定は全く無いが。


「泣かないよ、俺はもう子供じゃないし」

「……子ども扱いして悪かった」 

「いや父さんまで謝らなくていいから」


 不器用に謝罪をする父にそう返す。このままだと親子三人で謝罪大会になってしまう。


「それより店の方はいいの? 全員こっちにいるけど」

「……大丈夫だ、今日はもう店仕舞いする」


 俺が質問すると父親はそう答えた。確かにもう夕方だがいつもの閉店時間より大分早い。


「ということは商品は全部売れたってこと?」


 普段店番をしているパルがそう質問する。


「……殆どは捌けた。残りは俺たちで今日と明日食えばいい」

「そう、わかったわ。じゃあ閉店準備手伝う」


 つまり売れ残りは多少あるが早仕舞いをするということだ。

 姉は父の言葉に反対せず、エプロンを締め直すと店側に体を向けた。


「じゃあ俺も手伝う」

「あんたはお茶の用意してリビングで待機」


 俺も手伝いに志願したが姉によって即却下された。


「……辛いならそのまま休んでもいいぞ」

「いや大丈夫だよ、美味いお茶淹れて待ってる」


 微妙に腫れ物に触るような父の気遣いに苦笑しながら、俺は安心させるよう言った。



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