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第33話

 二人でお茶をしていると父がやって来たので三人で居間に移動する。

 机の真ん中に売れ残りのクッキーを乗せた木皿を置き、俺と姉が並んで向かいに父が座った。


 十分程特に会話せず茶を飲みクッキーを齧ったりする。

 そろそろ良いかと言う頃合いで俺は二人にゴールディング邸で起こったことを説明した。


 俺が自分の婚約者を口説いたと誤解したイオンに呼び出され、制裁としてケーキを台無しにされたことを告げる。

 その際ディエが彼に嘘を吹き込んだ可能性が高いことは黙って置いた。

 本当に彼女が悪意だけでそうしたのかは不明だし、何より姉の怒りがそちらに向かうのを避けたいと思った。


 イオンはあれでも公爵令息だ。おいそれと突撃して文句を言う事はパルにも出来ない。

 でもディエはまだ俺たちと同じ平民だ。姉が会いに行こうと思えば出来てしまう。

 結果ディエがパルに対し悪意を抱いてイオンにあることない事吹き込んだら、考えるだけでゾッとした。


 だから俺は実際に自分がイオンにされた行動だけ二人に語った。

 父親は表情を硬くしたが沈黙を保ったままだ。しかし感情的な姉は予想通り怒りに顔を赤くした。


「信じられない、貴族だからってやっていいことと悪いことの区別もつかないの!」 

「姉さん、落ち着いて」

「私は落ち着いてるわよ、じゃなきゃ今すぐゴールディング公爵家に乗り込んで怒鳴り散らしてるわ!」

「それは絶対に止めてくれ」


 心からの懇願を怒り心頭中の姉に告げる。


「わかってるわよ!」


 勢いよく言葉を吐き出すとパルは茶を一気飲みした。火傷しないかハラハラする。

 しかし冷めていたのか特に悲鳴も上げず彼女は空のティーカップをテーブルに戻した。


「しかし腹立つわね、向こうが貴族で何もできないから余計腹立つわ」

「気持ちは本当にわかる」


 俺は頷きながら姉のカップにティーポッドに残っていた茶を注いだ。


「ありがと、しかし安い買い物でもないのに嫌がらせの為によくやるわ」

「ケーキは庶民には贅沢品だけど貴族にとっては、ね」

「あの馬鹿ボンボン、一回ぐらい飢え死にそうな目に遭わないかしら」

「流石にその発言は不味いって!」


 この場には親子三人しかいないとわかっていても焦ってしまう。


「別に私がそうしてやるって言うんじゃないわよ、ただの願望よ」

「だとしても口に出しちゃ駄目な類の願いだろ……」

「大丈夫よ、この場には私たちしかいないんだから」


 平然とパルは言いクッキーをバリバリと齧った。もしかして俺たち家族の中で一番豪胆なのは彼女かもしれない。

 だからこそディエに関して黙っていて良かったと思う。この調子だと事実を知ったら絶対ディエの家に殴りこみに行く。

 この家で一番の武闘派は紛れもなく姉だ。


 俺はパルを宥めながら沈黙を保ち続けている父親に視線を移した。

 本来なら一番激怒すべきは彼だろう。

 時間をかけて作った商品が一瞥もされずゴミにされてしまったのだから。


「父さんも……ゴールディング公爵家に抗議したいとか思う?」

「いいや」


 短い言葉で否定して父は再び黙った。

 つられて俺も沈黙し姉も何も言わず部屋が静まり返る。


 気まずい時間が暫く続いた。

 それに耐えきれず俺は口開く。


「父さん、その……ごめん」

「お前は何も悪くない」


 即座にそう言い切られ俺は一瞬泣きたくなった。



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