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第34話

 結局一番怒る資格のある父親が怒りを表明しなかった為、姉の怒りも尻すぼみになって行った。

 卑怯な事だが俺はそれに安堵した。イオンたちに対し怒りを持ち続けていてもただこちらが嫌な気持ちになるだけなのだ。


 ケーキの代金は過不足なく受け取り済みで、相手は貴族。

 どう足掻いても泣き寝入りするしかない状況だ。

 ゲームの主人公ならこういう時にちゃんと怒って身分差など考えずイオンに抗議して剣の腕とかで成敗したりするかもしれないが俺は無理だ。

 せいぜい感情的に怒鳴ったぐらいで。そして後からそんなことしなければ良かったと後悔している程度には小者である。


 俺がうっかりイオンに対し怒鳴ったことは父と姉に報告した。

 黒歴史なのでしたくないが後日俺の不在時にゴールディング家から抗議が来て行き違いがあったら困るからだ。


「良くやったわ、流石私の弟!」

「お前は悪くない」


 二人は俺に対し叱ることは無かった。姉などは寧ろ笑顔で褒めて来た。


「いや褒めちゃ駄目だろ」

「でもあんた正しいことしか言ってないじゃない」

「だとしても相手は貴族なんだから……」

「でも別に向こうはなにもしてこなかったんでしょ。アリオの言い分が正論だからよ」

「だったら良いけどね……」


 恐らく公爵令息として甘やかされて生きて来たイオンだ。

 今まで怒鳴られた経験が無いせいで反応が遅れた可能性も十分に考えられる。


「大丈夫よ、後から腹立っても普通は恥ずかしくて手出し出来ないわよ」


 貴族ってプライド高くて世間体が何より大事だから。

 どうやらバルは貴族に対し大分偏ったイメージを抱いているらしい。


 ただ出鱈目とも言い切れない。俺は貴族の常連客の顔を頭に浮かべながら思った。

 プライドが高いというか、恥をかくことを非常に嫌がる貴族は多いと思う。

 だから平民相手にも乱暴な対応は基本しない。自分の品格が下がるからだ。

 鷹揚だったり優雅であることで殿上人らしさをアピールしている。


 つまりイオンは一見貴族の悪い部分が出てるように見えるが、実際は余り貴族らしくは無いのだ。

 そもそも平民のディエに惚れて婚約している時点でかなりイレギュラーだろう。しかも公爵家という高位貴族なのに。


「もし後からグダグダ言って来たら私があの手この手でそいつのやらかしを国中に広めてやるわ」

「絶対止めてくれ」


 店の看板娘で、それ以外でも顔が広い姉が言うと冗談に聞こえない。


「それは相手次第よ、向こうが又あんたに何かしようとしたなら手段なんて選ばないわ」


 真剣な顔でパルが言う。父親が同意するように深く頷いた。


「いや気持ちは嬉しいけど、俺は皆で平和に暮らしたいんだよ」

「だから相手次第って言ってるじゃない。向こうが何もしないなら今回だけは泣き寝入りしてやるって言ってるのよ」


 カラカラに乾いた瞳で言う姉に色々突っ込みたくなった。

 強気を通り越して女王の風格さえある。


 彼女は決して世間や常識を知らないわけではない。寧ろ俺より余程世渡り上手だ。

 ただ家族愛が強すぎるだけなのだ。


「まあ、アリオが公爵家に絡まれる切っ掛けになった連中には罰が必要だけどね」

「罰?」

「そうよ、常連客のモヒカンたちが女の子にしつこく絡んでいたせいでアリオが助ける羽目になったんでしょ?」


 パルにそう言われて俺は曖昧に頷いた。

 そのモヒカンたちがイオンに雇われていたことまでは言っていない。

 パルがイオンへの怒りを再燃させてしまう可能性があるからだ。


「私に会いたくてパンを買ってるとか言ってたけど、別の子に乗り換えたなら買う必要もないわよね」

「あ、ああ……そうかもね」

「よし、今後は出禁で。店に入ろうとした瞬間に追い払おっと」


 にっこり街で評判の看板娘スマイルを浮かべる姉に俺は曖昧に頷くしか無かった。

 一瞬だけモヒカンチンピラたちを哀れんだが良く考えたら完全に彼らの自業自得だ。


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