一見すると貴族風の青年。
真っ白なジャケットには染み一つ無さそうだ。
金色の髪は室内でも見事な光沢をしている。裕福な人間であることは間違い無いだろう。
しかし何か違和感を覚える。そして初めて見る人物なのに奇妙な既視感もある。
彼は扉を開け放したままこちらをじっと見る。
その時に違和感の理由が一つだけ思い当たった。
彼は貴族のような身なりをしている割に誰も供を連れてきていないのだ。
更に使用人なら兎も角貴族自身が平民向けの店に自ら足を運ぶことなど無い。
現に彼の煌びやかな衣装は素朴な木造りの店内で浮いている。
そのまま舞踏会に行きそうな格好にはやはり見覚えがある。
街中でその恰好で出歩いている場違い感も。
しかし明確な答えを見つけられないまま俺は見知らぬ客人に近づいた。
普段は自ら客に近づくことなどしないが、相手は普通の客ではない。
幸い今は他に客もいないし特別扱いだとクレームを入れられることもないだろう。
「本日は何かお求めですか?」
「……ケーキを、注文したい」
愛想笑いを浮かべ尋ねると、不愛想にそう告げられた。
その声にも聞き覚えがある。しかし誰かは矢張り判別出来ない。
実は客商売をやっているとこういう感覚になるのは珍しい事ではない。
なのに目の前の彼にだけやたら引っかかることが多いのを不思議に思いながら俺は会話を続けた。
「ケーキですか? ご予約でしょうか?」
「今すぐ買って帰ることは出来るのか?」
「はい、そちらのガラス棚にあるものでしたら大丈夫です」
俺は透明のショーケースを指して言った。
冷蔵魔法をかけてある特注品だ。このお陰で生菓子の販売も出来るのだ。
彼は並べられているケーキの前に近づくと熱心にそれを見つめ始めた。
甘い物が好きなのだろうか、それとも贈り物か。
邪魔にならないよう後ろに移動して見守る。
広い背中も真っ白で眩しい。高級なだけじゃなく隙無く手入れされたジャケットであることがわかる。
靴だってピカピカに磨き上げられている。
だからこそ一人で平民向けの菓子店に居るのが浮いている。
店内は清潔で内装も落ち着くが貴族御用達のような高級感は無い。
そんな事を考えていると青年が不意に振り向いた。
晴れた日の空のような青い目がこちらをじっと見る。
「おい、お前が以前持って来たのと同じものは置いていないのか?」
「以前?」
「確か……苺のケーキとフルーツのタルトとチーズケーキだ。どういう形だったかは潰れてたからわからないが」
その声とケーキのラインナップが耳に入った瞬間、俺は雷に打たれたようになった。
苺のショートケーキと季節のフルーツのタルトとベイクドチーズケーキ。
それは俺が二か月前にゴールディング公爵家に配達したものと同じだ。
そしてそれと全く同じものを欲しいと告げる声、街中に不似合いな真っ白いジャケットと高級革靴。
豪奢な金色の髪に真っ青な瞳。
その特徴に当てはまるのは。
「イオン・ゴールディング……」
無意識に掠れた声で呟く。
しかし彼の最大の特徴である大量の贅肉は目の前の青年には見当たらなかった。