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第39話

 気になる台詞を置き去りに店を出たイオンが戻ってくることは無かった。

 もしかして以前のように騎士を連れて殴りこんでくるかと思ったが、そんなことは無いまま閉店になった。


 イオンが帰った直後、念の為自宅で仮眠していた父を起こし事情を話した。

 結果何かあったらすぐ呼べるようにと店から住居につながる廊下に布団を敷いて寝てくれた。

 しかし店番はその後平和に終わり、父を無駄に固い床で眠らせただけだ。


「ごめん。大袈裟だったかも」

「何も無いならそれが一番良い」


 父は謝る俺の頭を分厚い掌で撫でた。俺は自分が幼い子供になったような気がした。

 そして尚更イオンの去り際の言葉や時折見せた傷ついた子供のような表情が気になった。


 閉店看板を出し、父と二人で売れ残り商品を纏めたり商品棚の片づけをしながら考える。 


 俺とイオンは当然だがただの他人だ。

 ディエを挟んで誤解からトラブルが生まれたがそれも解消した。


 ゲーム内の彼はヒロインディエの攻略を邪魔する悪役令息。

 そして俺はゲーム内で出番があったかさえ覚えていない程存在の無い弟キャラ。

 本来は一言も会話などせず別々の人生を終える程接点のない立場だ。


 なのに何故かイオンは誤解が片付いてから二か月後に一人で俺の店に来た。

 しかも激やせしてだ。そのせいで当初は全く彼だと気付かなかった。

 イオンが名乗らなければ正体もわからないまま暫くモヤモヤしたままでいたかもしれない。


 だが名乗られた後も、まだ半信半疑な気分は続いている。

 だって急に痩せ過ぎだろう。


 確かに以前のイオンは健康診断で、診断する前から医師に即痩せろと言われる体型だったけど。

 しかし本日目にしたイオンはその半分ぐらいの横幅になっていた。


「……分裂したとか?」

「アリオ?」


 うっかり出た言葉に父が怪訝そうな反応をする。

 俺は慌てて首を振った。


「何でもない、独り言!」

「……ゴールディング家の倅が、気になるか?」


 続けて質問され俺は素直にそうだと頷いた。否定する理由も無い。


「まさか公爵令息が一人で店に来るとは思わなかったからさ。少し驚いただけだよ」

「……確かにそうだな」


 父も俺の言葉に同意する。

 きっと父じゃなくても姉でもポプラでもその辺の通行人でも同意するだろう。


 イオンは色々規格外過ぎる。

 一番おかしいのは次期公爵なのに平民のディエと婚約していることだ。

 それに比べればあの樽のような体型でさえまだ納得出来る範囲になる。


 金持ち息子が好き放題食べた結果ぶくぶくに太ったということなら理屈では有り得なくはない。

 でもどんな美少女だろうと平民と婚約したり、庶民の店に一人で訪れるというのは高位貴族として有り得ない。


 親は注意したり止めたりしないのだろうか。ふとそんなことを思った。

 確かゲーム内ではイオンは父親は既に故人だ。そして彼の母親は名前も姿も出てこないがイオンを溺愛している筈だ。


 溺愛して好き放題させた結果が愛息子のバッドエンドに繋がるとは公爵夫人も想像してなかっただろう。

 悪ければ転落死、良くてもディエに捨てられ傷心。ゲーム内のイオンの未来に明るい物は無かった。


 ただ激痩せしてゲーム内の姿とは別人になった今のイオンならどうだろうか。

 体重が半分になったことにより結婚式当日に花嫁を追いかけて転落死する可能性はかなり減ったと思う。


 ならディエに捨てられる可能性はどうだろうか。

 俺は今日店を訪れたイオンの姿を思い出す。


 白豚要素が無くなった彼はただの裕福そうな貴族青年だ。恐らく十六歳ぐらいだからまだ少年かもしれない。

 ただ外見だけなら大人の男でも通用する。

 イオンの背は高く、そして意外なことに足も長かった。

 急に背が伸びた可能性もあるが見事な太鼓腹にイメージが引っ張られて気づかなかった可能性もある。



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