「ねーえー、そろそろ話してよ柚月~」
翌日の昼休み。
私は昨日から数えて通算六度目となる愛佳の質問攻めに、辟易とした表情を返した。
「だーかーらー。ほんとになんにもないんだってば」
努めて面倒そうに答えてみるも、愛佳はどこ吹く風と言わんばかりに身を乗り出してくる。
「えー、それはうそでしょ。だって柚月、すごくいい顔してたよ」
「いい顔ってどんな顔」
「こーんな顔」
そう言うと、愛佳は胸の前で手を組み、キラキラとした瞳で私を見つめてきた。まるで憧れのアイドルにでも会った時のような表情だ。
「いや、それはない」
だから私はきっぱりと断じて首を横に振る。いったい誰がそんなあからさまな顔をするものか。
本当に、昨日はあれから大変だった。
セギ兄と夏休みに大学へ行く約束をして上がっていた私のテンションを、遥かに超える勢いでぶち上げてきた愛佳のテンションに、まず私はたじろいだ。「ええっ! うそでしょ柚月! カレシいたの! ねねねねねっ、お兄さん! お兄さんって柚月のカレシですか? そうですよね? あたしは柚月の友達の浜波愛佳っていうんですけど、お兄さんと柚月の出会いとかそこら辺をどうか詳しく聞かせてもらいたいんですけど、どうですかこの後みんなでカフェにでも!」なんてひと息にまくし立てるものだから、それはもう酷い有様だった。詳しいことは夜に話すからとひとまずなだめ、最初は成り行きを見守っていた宮坂くんにお願いして愛佳を連れて帰ってもらった。
そしてどうにかセギ兄にも言い訳をしつつ帰ってから勉強を再開したが、それはもうとにかく気まずかった。あれほどまでに満ちていたやる気もどこかへ消え去り、昨日の半分くらいしか進まなかった。まだ幸いにも次の家庭教師の日まで少し時間が空くので、そこまでに気持ちも課題もしっかり整理しておかないといけない。ほんと災難だ。
「ええ~じゃあさ、本当の本当にあのお兄さんはカレシじゃないの?」
「だからそうだよ。昨日の夜も言ったけど、セギ兄は幼馴染で頭の悪い私の家庭教師をしてくれてるだけ」
私の否定にまだ納得しないのか、全ての元凶である愛佳は未だに不満そうに眉をひそめる。
「じゃあ好きって気持ちは?」
「小学生の時はあったよ。でも今はまあ憧れかな」
「カノジョになりたいとか、そういう気持ちはないの?」
「いや、相手は大学生だよ? ないない」
昨日もされた質問に、昨日も答えた回答を繰り返す。
それはどれも、半分ウソで半分ホントだ。小学生の時に好きだと思ったのはホントだけど、今は憧れだけというのはウソだ。カノジョになりたいという気持ちについても、まったく一ミリもないわけではないけれど、四歳も年の離れているセギ兄と付き合って上手くいくとも思えないので、そこまで強くはない。
私はまだ、昔の初恋を引きずっている。きっと、今の私の心の中には「好き」という感情の残りカスみたいなものが滞留しているのだ。それゆえに私は、セギ兄の近況を聞くたびに一喜一憂し、セギ兄の行動を目の当たりにするたびに心を高鳴らせるんだと思う。
だから私は、ひとまず頑張ってみることにした。
この気持ちの行く末はわからないけれど、とりあえず勉強を頑張って、この家庭教師という縁の中でもう一度自分なりの答えを見つけていくつもりだ。だから愛佳の質問に対する答えは、正直なところどれも「わからない」が正しい。まあ、言わないけれど。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、愛佳は未だ諦めない。行ったり来たりの押し問答をまたも繰り広げ、それは私たちの昼食が空になるまで続いた。
「じゃあ、本当の本当の本当に、今の柚月にそういう気持ちはないんだね?」
「うん」
私は頷くとともに最後のパンを食べ終え、空になった袋をビニール袋に突っ込んだ。ちらりと時計に目をやれば、昼休みもあと五分。なんとか今回も無事に終われそうだ。
「あーあ。そっかー。なんだ、つまんない」
そしてようやく、愛佳は諦めたようにふっと息を吐いた。
「つまんなくて悪かったね」
「そうだよー。だから、つまらなくなくしてよー」
「いや無理でしょ」
「えーけちー」
「けちとかそういう問題じゃないし」
私は肩をすくめて笑う。そんな私を見て、愛佳は本当に心底つまらなそうな顔をした。そんな顔を見ていると、もし私の行き着いた答えが愛佳の求めていた答えだったらその時は話そうかな、と思ってしまう。
もう一度時計を見ると、いよいよ予鈴がなる時間になっていた。教室内も、どことなく慌ただしくなっていく。
「あ、じゃあ一応訊くんだけどさ」
そこで、愛佳も自分の弁当箱を片付けながら、思いついたように言った。まだ何かあるんだろうかと、私は若干身構えつつ口を開く。
「なに?」
「琉生が一応訊いてみてって言ってたから訊くんだけど、もし柚月が今好きな人とかいないなら、今度ダブルデートしてみない?」
「は?」
予想の遥か上を行く昼休み最後の質問に、私は素っ頓狂な声をあげた。
「紹介、したい人がいるんだって」
愛佳がためらいがちに言うと同時に、教室内にチャイムが鳴り響いた。