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第12話「思わぬ魅力」

 全員集合した後、私たちは駅からほど近いところにあるショッピングモールへと足を運んだ。奇しくもそこは先日セギ兄と一緒に行った書店のあるショッピングモールだ。けれど、今日の目的地は書店のある三階ではなく、八階。私はエスカレーターに乗り、横目で書店を流し見しながら昇っていった。


「この映画、前から観たかったんだよね~! 超楽しみ!」


 一番前を歩く愛佳が上擦った声をあげる。

 まあ、無理もない。今日観る映画はグループチャットのルーレット機能で決めた結果、愛佳が切望していたホラー映画に決まったのだから。


「ほんと愛佳ってホラーとかオカルトとかそっちの話好きだよね」

「俺も付き合ってみるまでわかんなかったけど、まあ愛佳が好きならいいや」

「へええ~、意外だ」


 愛佳を除く私たちは三者三様の反応を見せる。私は呆れて肩をすくめ、愛佳のカレシである宮坂くんは受け入れたように笑い、朝凪くんは驚いたふうに目を瞬かせている。私たちは愛佳が語る今作の見どころを適当に聞きながら、予約しておいたチケットを発券し、売店でジュースを購入してから入場した。

 そして、意図的かはたまた偶然か。私は四つ並んだ席の一番右端で、朝凪くんが隣だった。


「怖かったら手握ってもいいよ?」


 上映間際、暗転する直前に朝凪くんはそんなことをささやいてきた。

 不覚にもドキッとした。やや緊張気味の私を見てのことかもしれないけれど、やっぱり朝凪くんは手慣れているんじゃないだろうかと思ってしまう。少なくとも、セギ兄だったら絶対にこんなことは言ってこない。狼狽える私に、朝凪くんは冗談っぽく笑ってからスクリーンに目を移していた。

 結論からいえば、私が彼の手を握ることはなかった。ホラー映画、といっても今作はサスペンスやミステリー要素も強い内容で、私は思った以上に楽しめていた。


「琉生ぃ~っ、ま、待って、この手離さないでえ……!」

「はいはい」


 まあそれでも、ホラー好きながら臆病な愛佳ほどではないけれど。あれほど観る前は意気込んでいたのに、出場する頃には涙目になっていた。そんなに怖いなら観なきゃいいのにとツッコめば、「怖いもの見たさなの! んでもってこれがいいの!」とがなられた。ほんとに相変わらず過ぎる。

 映画を観た後は、小腹が空いたと言う宮坂くんにみんなが賛同し、ショッピングモール内にあるカフェで休憩することになった。


「はい、柚月はここね~」


 愛佳に促され、私は彼女の隣に座る。そして、テーブルを挟んだ私の目の前には、朝凪くんが腰を下ろした。


「俺はこのケーキセット頼もうかな。天野は何頼む?」

「あ、じゃあ、私もそれで」


 朝凪くんは、いつの間にか私のことを名字で呼び捨てにするようになっていた。違和感はまるでなく、最初からそう呼ばれていたみたいな納得感がある。

 朝凪くんは、モテるんだろうな。

 顔立ちや身だしなみから醸し出る清潔感、話してても気張らない空気に、柔らかで寄り添ってくれるような安心感。学校では見かけたことがないけれど、きっと朝凪くんに好意を寄せている女子は結構いると思う。そんな彼が、どうして私みたいなパッとしない女子に一目惚れをしたのかはやはり謎だ。

 もし、セギ兄と出会っていなかったら、好きになっていたかもしれないな。

 そんなことをつい考えてしまうくらいには、彼はとても魅力的な男の子だ。

 けれど、やはり私の脳裏には変わらずセギ兄の笑顔が浮かんでいた。

 今日の映画だって、最初こそ朝凪くんの言葉に驚いたりドキドキしたりもしたけれど、途中からはセギ兄もホラー系が好きだったことなんかを思い出していた。せっかく誘ってくれたのに、セギ兄への当てつけとして引き受けて、遊んでいる間もセギ兄のことを考えているなんて、今さらながら申し訳なくなってくる。


「だからさ、やっぱりあたしは思うわけ。今日の映画みたいに、使われなくなった倉庫とか、物置きと化してる廃教室みたいなところに人知れず置かれてるんじゃないかって!」


 こっそりと落ち込んでいる私の隣では、注文を終えた愛佳が今日の映画の話から派生した学校の七不思議とやらについて熱弁していた。最初のほうは全く聞いていなかったが、何の話かはすぐにわかった。おおかた、また例の玉手箱だろう。

 本当に、愛佳はいつも通りだな。

 彼女の熱心な表情を見ていると、つい笑みが込み上げてくる。


「でも、うちの高校にそんな場所あったかなあ。俺も愛佳に言われて軽く友達に訊いたり探したりしたけどなかったし。なあ、冬弥?」

「そうそう。かる~く、見て回ったなあ。好きな子の頼みだからって、オフの日に散々付き合わされたっけなあ」

「え、なにそれー! 琉生がそんなことを! ちょちょちょ、もっと詳しく!」

「おまっ、冬弥! それ言わない約束だろ! そして愛佳も興味を示すな!」


 いや、愛佳だけじゃない。

 身を乗り出す愛佳に宮坂くんは慌て、朝凪くんはくつくつと楽しそうに笑っていた。

 そんなみんなの様子を見て、私はそっと首を横に振る。

 今日くらいは、私も楽しもう。朝凪くんへの答えも、セギ兄への気持ちもいったんしまって、今は遊ぶことに集中しよう。


「まっ、愛佳も似たようなものだもんね~? 初休日デートの前とかさ。そりゃあ、宮坂くんの様子を知りたくもなるよね~」

「ちょ、ちょっと、柚月!」

「え、マジ? それはぜひとも詳しく聞かせてくれ!」

「はははっ」


 朝凪くんにつられて、私も声を出して笑った。

 心は、少しだけ軽くなっていた。


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