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第13話「視線の先に映るのは」

 カフェでひと時の歓談を終えると、帰るにはまだ早いということでプラプラとショッピングモール内を見て回ることになった。駅前やシネマのある八階もそうだったが、休日のショッピングモールはかなり混んでおり、気を抜くとはぐれそうになった。


「天野、こっちこっち」


 けれど、その度に朝凪くんが私に声をかけてくれ、おかげでひとりショッピングモール内を彷徨う事態からは回避できた。


「ごめんごめん。ありがと、朝凪くん」

「ぜんぜん。ていうか、意外と天野って方向音痴気味なのな。はぐれないように手、繋ぐ?」

「だ、大丈夫だよ」

「はははっ」


 もっとも、やはり朝凪くんは隙あらば距離を詰めようとしてきた。

 セギ兄のような面倒見の良さと気遣いがありつつも、セギ兄にはない気軽さや意地悪さ、もっといえば下心を隠さない素直さがある。正直、抵抗感があるのは否めないけれど、私が嫌がるようなことを強引にはしてこないので、私としてもそこまで神経質にはならなかった。


「見て見て。サングラス。どう? 似合う?」

「なんか、ハンターみたい」


 ショッピングモールの一階にあるファッション雑貨店で、彼はとっかえひっかえサングラスを試していた。某番組のアンドロイドみたいだと私がツッコめば、彼は途端に無表情になって巡回をし始めた。その動きがやたらと板についていて、私は思わず笑ってしまった。

 その後二階に上がると、エスカレーターからすぐのところにあるスポーツ用品店に彼は吸い込まれていった。


「おおっ、このスパイクいいなあ。でもたけえ、小遣い何カ月分だよ」

「サッカーのスパイクって結構いい値段するんだね」

「そうなんだよな。今日はTシャツで我慢かな。これとか動きやすいし、涼しそう。しかも安いし」

「うん、いいね。部活で使うの?」

「そう。めっちゃ汗かくし、破けたりもするから何枚か持っておきたいんよな。こっちとこっちだったら、どっちがいいと思う?」

「こっちの白い方かな」

「じゃあ白にしよ~。天野が選んでくれたこれは大切な試合用だな」

「またそういうこと言う」


 軽く抗議の視線を送るも、朝凪くんは華麗にスルー。そのままレジへと向かっていった。本当に、どこまでも通常運転で羨ましい。

 そこでふと、私はいつも人目が気になるほどにはしゃぎ回っている声が近くからしないことに気づいた。周囲を見回すも、それらしい姿はない。ついでにいえば、そのカレシさんである宮坂くんもいないときた。

 これって、もしかして……。

 私がひとつの予測を立てると同時に、ポケットでスマホが振動した。取り出して画面を点けて見れば、そこには想像通りのメッセージが来ていた。


『あたしたちは別のところ見て回ってるから、柚月は朝凪くんと回ってね』


 愛佳からの個別メッセージと、可愛らしい犬が親指を立てているスタンプ。これは間違いなくしてやられた。

 わざと、二人きりにされた。


「愛佳のやつ」


 しかし、冷静に考えれば当然の気遣いだ。もちろんこの場合は私への気遣いではなく、朝凪くんへの気遣い。おおかた、朝凪くんが宮坂くんに頼んでいたんだろう。愛佳の愚痴に付き合うだけでなく、朝凪くんの恋の応援までするなんて本当に友達思いな人だ。


「お待たせ、天野……ってか、あれ。琉生たちは?」


 ちょうどそこで、朝凪くんがお会計から戻ってきた。私と同じように、愛佳たちを探してキョロキョロと辺りを見渡す。


「ああ、なんか、別のお店見て回ってくるって」


 私は簡単に返事をした。

 愛佳からメッセージが来たタイミングで朝凪くんも話題に出してくるあたり、彼のところにも宮坂くんから何かメッセージが送られてきたに違いない。それでいてこの反応はかなり白々しいと思う。

 私がジト目で彼を見やれば、朝凪くんは「ふうん」とひとつ頷いた。しかしその直後に、パッと顔を輝かせた。


「おっ。てことは、これで俺は堂々と天野にアプローチができるってわけだ」

「へ?」


 続いて出てきた予想外の言葉に、私は思わずきょとんとしてしまう。


「いや、だってさすがに冬弥たちがいる前であんまりするとからかわれそうだし。タイミング見てアプローチしてたんだけど、その手間も省けたなって」

「はあ、なるほど。でもそういうこと、本人がいる前で言う?」


 意気揚々として顔を綻ばせる朝凪くんに、私は苦笑する。

 前言撤回だ。これは宮坂くんからのメッセージなんて来てないな。というか、送る必要なんてない。

 本当に、羨ましい。

 こんなふうに、真っ直ぐに気持ちを口にできる朝凪くんが。


「いいなあ……」

「え?」


 言ってから、ハッとした。慌てて口を押さえるも後の祭り。


「いいなあ、って何が?」


 目の前では、朝凪くんが不思議そうに小首を傾げていた。あたふたしつつも、私は必死に言い訳を探す。さすがに言えるはずもない。初恋の人へ、朝凪くんみたいに自分の気持ちを伝えられたら、なんて。


「えっと……ね。いいなあ、というか、すごいなあって。どうしたら、そんなふうに素直に気持ちを伝えられるのかなあって。あ、別に私がって言うんじゃなくて、一般論としてね」

「ああ、なるほど。それは琉生にも言われたな」


 どうにか捻り出した言い訳だったが、朝凪くんは疑う様子もなく納得してくれた。こういう純真なところもすごいと思う。

 朝凪くんは何やら考えるように天井を見上げてから、ゆっくりと口を開く。


「まあ、俺の場合は後悔したくないってのが強いかな。あと悩むのがめんどい。うじうじあれこれ悩むくらいなら、もう素直に言ったほうがスッキリするし気持ちも伝わるじゃん? それでどう思われるかは相手次第だし、その後は反応見てからまた考えればいいかなーって」

「へ、へえ」


 なんてことないふうに答える朝凪くんに、私は自分の表情が引きつっているのがわかった。

 それができたら苦労しない。自分の気持ちを素直に言った時に、真っ先に考えてしまうのは相手からどう思われるかだ。変なふうに思われてないかなとか、嫌われてないかなとか、そんなネガティブなことばかりを考えてしまう。

 特に、セギ兄に関してはなおさらだ。

 私とセギ兄は四歳も年が離れていて、幼い頃からずっと一緒に遊んできた仲なだけに、お互いの関係性が決まり切っている。もし素直な気持ちを伝えたりなんてすれば、今さら何を言っているんだみたいな目で見られるか、困ったように私を傷つけない断り文句を探すセギ兄の表情を見ることになるかだ。下手をすれば幻滅されることだって考えられる。妹分から異性として見られていたなんて、それこそ不審な視線を向けられるに違いない。

 だからこそ、私は言えない。

 そんな相手の感情が怖くて、反応が恐ろしくて、傷つきたくないから。


「……やっぱり、朝凪くんはすごいよ」


 好き嫌い以前に、尊敬した。

 彼のようになれたらと、やはり思わずにはいられない。


「じゃあさ、そんなすごい俺と付き合ってみる気はない?」


 すると朝凪くんは、正面から私を見据えてそんなことを言ってきた。まるで緊張したふうもなく、世間話の延長線上にあるみたいな調子で。


「いやー……その、今日初めて会ったばかりだし」


 私は言葉を濁して誤魔化す。しっかりと断れないところも、なんとも私らしい。ずっとセギ兄との関係を曖昧にしてきたのも、こういう性格があるからだ。

 はっきりと言えない。訊けない。

 けれど、朝凪くんはそんな私とは対照的に食い下がってくる。


「一緒にいて、楽しくなかった? 俺は楽しかったけど」

「私も、楽しかったよ」

「じゃあさ、とりあえず付き合ってみようよ。ダメ?」

「ダメっていうか、その、私は――」


 その時だった。

 不意に、朝凪くんの背後で見慣れた姿が横切った。


「え、あれって」

「あ、ちょ、天野?」


 驚いた様子の朝凪くんをそのままに、私は咄嗟にお店から飛び出した。左右に広く伸びるメインストリートへ必死に視線を走らせる。

 見間違いじゃなければ、今のは、今のは…………。


「――あ」


 今いる私の位置から十数メートルほど離れたところにある百円ショップ。

 その入り口付近に、彼はいた。


「セギ、兄……?」


 しかも、その隣には彼と同い年くらいの女性がひとり。

 可愛らしい顔に柔らかな笑みを浮かべて、何事かを楽しそうに話していた。


「天野、どうかした?」


 朝凪くんの心配そうな問いに、私は答えられなかった。


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