帰宅すると、私は自室に入るやベッドに倒れ伏した。
「セギ兄のバカ。バカバカバカッ!」
家に着くまではと我慢していた感情が、一気に押し寄せてくる。それを少しでも軽くしようと、私は枕に顔を埋めたままセギ兄を罵り続けた。
結局、私はセギ兄に話しかけることなく、ショッピングモールを後にした。セギ兄を見かけた後のことはあまり覚えていない。確か、朝凪くんに体調が悪くなったとか適当なことを言って、愛佳たちと合流して、それからいくらか謝って解散することになったような気がする。
朝凪くんはとても心配してくれた。もしかしたら、変な気を遣わせてしまったかもしれない。
なにぶん、セギ兄を見かけたタイミングが悪かった。気安いとはいえ、ちょうど告白してくれた時と被ってしまった。そこで体調が悪いから帰りたいなどと私が言えば、告白したことが原因だと思われても不思議はない。それで朝凪くんを傷つけてしまったとしたら、申し訳なさすぎる。
けれど、今の私には朝凪くんにフォローのメッセージを送れるほどの余裕はなかった。
心の中を、暗くどろりとした感情が支配していた。これが何かなんて、検索しなくてもわかる。
嫉妬だ。
私は、明らかにセギ兄の隣にいた女の人に嫉妬していた。
綺麗というよりも可愛い系の顔をした、小柄な女性だった。フリルのついたこれまた可愛いワンピースに身を包み、明るい笑顔でセギ兄に話しかけていた。
予想通りというべきか、どうやらあの女の人はセギ兄と同じ大学に通う女子大生で、同じサークルに所属しているらしい。やめておけばいいのに、セギ兄のSNSを遡っていくとサークルの写真があって、そこに写っていた。だから、間違いない。
正直、うっかりしていた。四人で遊びに行く日が今日になったのは、セギ兄がサークルの用事とやらで家庭教師ができない日だったからでもあった。その用事がなんだったのかはわからないが、あの様子を見るに買い出しか何かだろう。それ以上は、聞いていないからわからない。というか、セギ兄にヤキモキさせることばかりが頭にあって、逆の可能性を全く考えていなかった。
「セギ兄のバカ……」
楽しそうに話していたのは、女の人だけではない。
セギ兄も、とても楽しそうに笑っていた。私の前では見せたことのない笑顔。見守るような温かいものじゃなくて、純粋に楽しんでいるからこそ浮かべられる笑顔だった。
「セギ兄の、バカ……」
あの人とは、どんな関係なんだろう。サークル仲間ってだけなんだろうか。実は恋人まで秒読み的な、それほど親しい関係だったりするのだろうか。あの女の人も、セギ兄のことをどう思っているのだろうか。
「私の、バカ……」
モヤモヤした。最悪だ。セギ兄の気持ちを探って、あわよくば嫉妬させるつもりが、逆に私のほうが嫉妬させられているときた。こんなはずじゃ、なかったのに。
「っ、はあああああ……」
寝返りをうち、天井に深く長い息を吐く。すっかり薄暗くなった部屋は、静寂に満ちていた。
つい数日前も、セギ兄が家庭教師をしに来てくれていた。
その前の週も、セギ兄が来てくれていた。
ローテーブルを挟んで座って、私の酷すぎる成績に苦笑しつつも、熱心に勉強を教えてくれていた。
昔好きだった人に勉強を教えてもらうのは戸惑いがあって、かつての気持ちを思い出してモヤモヤもしたけれど、確かに楽しかった。嬉しかった。
私の心の奥底には、昔の初恋の残りカスが滞留している。戸惑いも苦しさも楽しさも嬉しさも、そしてセギ兄が私のことをどう思っているか知りたいのも、それが原因だと思っていた。だからこそ、とりあえず勉強を頑張って、この家庭教師の機会を通じて自分の気持ちを整理し、自分なりの答えを見つけようと考えていた。
でも、違った。
答えは、とっくに出ていた。
あとはそれを、いつ私が答えだと自覚するかだけの話だった。
「私は……」
下唇を噛み締めて、その気持ちを口にしまいと堪えようとするも、心は正直にその先を続けた。
私はまだ、セギ兄のことが好きだ。
私の初恋は、まだ終わっていなかった。
色褪せて今にも消えてしまいそうだったまさにその瞬間に、セギ兄と再会して色を取り戻してしまったのだ。
少し考えてみれば、至極当たり前のことだった。
それこそ、「何を今さら」と思わずにはいられなかった。
疎遠になったことを言い訳にして、四歳の年の差があることを言い訳にして、今さら大学生であるセギ兄と付き合ったところで上手くいくはずがないと言い訳して、私はその答えに向き合うことから逃げていた。認めることから、逃げていた。
でも、それももうできない。
自覚してしまった以上、私はこの気持ちをどうするか考えなければならない。
「はあ……」
私は、どうしたらいいんだろう……。