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第15話「親友の気遣い」

 翌日。私は満足に寝られないまま、学校に行く羽目になった。

 あれから悶々としつつも夜ご飯を食べ、寝支度を整えて早めにベッドに入った。けれど頭の中を巡るのはセギ兄のことばかりで気がつけば真夜中になっており、ベッドに入っていた時間の割にはちゃんと寝られずに朝を迎えた。


「ふう……」


 ため息ばかりが口をついて出る。これじゃいけないと思うのに、私はほとんど無意識に肺に溜まった重苦しい空気を外に吐き出している。このままでは勉強にも影響が出てしまう。どうにかしないとと思うけれど、身体はどこまでも正直だった。

 次の家庭教師の日は明日。

 それまでに、とりあえずでも気持ちに整理をつけておかないといけない、のに……。


「ゆーづき!」


 そこへ、私の心持ちとは対照的な明るい声が降ってきた。それはそのまま自席に座る私の背中を跳び越えて、前方へと着地する。


「愛佳、おはよう」


 私は努めて平静を装い、挨拶をする。けれど、目ざとい彼女は怪訝そうな視線を送ってきた。


「昨日、何あったの?」


 どうしたの? でもなく、何かあった? でもなく、明確に「昨日」という日にちを指定して「何かあった」のだと断定してくる愛佳に、私は思わず笑ってしまった。そんな私を、愛佳はさらに不審そうに見つめてくる。


「なーに笑ってるの?」

「ごめんごめん。何かあった前提で訊いてくるから、つい」

「えーだってさ。柚月、昨日帰る時確かに調子悪そうだったけど、体調不良というよりはなんか動揺してるみたいだったから。だから、もしかしてというか十中八九何かあったなって。やっぱりあれ、朝凪くんのせい?」

「あ、いや、違くて」


 唐突に出てきた名前に、私は首を振った。けれど愛佳は納得せずに、そっと耳打ちをしてくる。


「ほんとに? てかごめん、あたし、朝凪くんから何あったか聞いちゃったんだよね。だから、隠さなくていいよ」


 なるほど。愛佳はあの時私と朝凪くんの間に何があったか知っているのか。それなら確かに「何かあった」前提で尋ねてくるのは当然だし、今日の私の態度が変なことに気づくのも頷ける。


「ううん。ほんとに、朝凪くんは関係ないよ。びっくりはしたけど、原因はそれじゃない」

「じゃあ、なに? 話せる範囲でいいから、たまにはあたしにも聞かせてよ」


 愛佳は前の席に後ろ向きで座りながら、私をジッと見据えた。そこにはからかっているような色はなく、実に真剣な眼差しだった。

 そういえば、と思い出す。

 私は、愛佳からセギ兄のことを訊かれた時、もし私が行き着いた答えが愛佳の求める「恋」だったら話してみようかなと思っていたことに。

 本当はもっと後。家庭教師をしてくれているセギ兄との日々を通して見つけていくはずだった。僅か数日にして、私は見つけてしまったのだ。


「……実はね。あの時、見かけちゃったんだ。セギ兄を」

「セギ兄って、この前言ってた四歳年上の大学生の? 初恋の人だっていう」

「うん、それでね」

「待った。えーと、一限目は体育……よし、サボるぞ。こっちこい」


 それから、私は愛佳に連れられて非常階段の踊り場まで移動し、全てを話した。

 朝凪くんから告白された直後に、同じサークルの女子大生と一緒にいるセギ兄を見かけたこと。

 セギ兄が楽しく話しているのを見て、嫉妬してしまったこと。

 そこから自分の気持ちに気づいてしまったこと。

 ずっと言い訳をしていたこと。

 疎遠になってから抱いていた気持ちも、今も好きだと気づいてしまったことも、これからどうしたらいいのかわからないことも、私は全て話した。

 一度話すと止まらなくて、私の話がひと段落したのは一限目が始まって三十分ほど経ってからのことだった。


「んーなるほどねえ。それは難儀だね。話してくれて、ありがとね」

「……うん」


 愛佳は茶化すことなく真面目に聞いてくれた。そして、そっと私の背中を撫でてくれた。いつもはあんなにもはっちゃけていて、むしろ私のほうが愛佳の恋愛グチを長々と聞いていたはずなのに、完全に立場が逆転していた。

 自然と、目が潤んでくる。そんな私を、愛佳はしょうがないなあみたいな顔をして抱き締めてくれた。いつも暑苦しいと感じる熱が、今日ばかりは心に沁みてきた。

 それから、どれくらい経ったのか。

 愛佳はおもむろに私から身体を離すと、真剣な眼差しはそのままに口を開いた。


「柚月。今日の放課後、玉手箱探しに行こう」

「……………………へ?」


 一限目終了のチャイムと同時に、私の口から間の抜けた声が漏れる。

 いや、なんで?


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