窓の外には、夏が広がっていた。
遥か彼方まで広がる青空に、白い雲。
吹き込む風は生温くて、規則正しく鳴く蝉の声は、どこまでも遠い。
「いやーマジで結果だけ聞くとえげつないよ、お前」
「しょーがないだろ。三枝がどーしても陸斗先輩を紹介してくれって言ってきたんだからさ」
窓一枚。壁一面。棚一つ。それらを隔てた向こう側の水飲み場に、宮坂くんたちはいるようだった。私は部屋の中央、愛佳は窓際付近で立ち尽くしている。
「四組の子だっけ? まあ、確かにお前のその女友達が一番えぐいかもな。人のカレシに言い寄ってんだし」
「そーだよ。俺はただフツーに言われたから紹介しただけだって」
水道水がコンクリートに当たり、跳ねる音が響く。そんな水音とともに、会話も室内に入ってくる。
「とかなんとか言って、浜波のこと狙ってたのは確かだろ? 普通、カノジョがいる先輩に女友達紹介したりしねーし。あわよくば別れて、その後釜に居座れたらとか思ってたんじゃねーの?」
「まあ、それはな。つーか、当たり前じゃね? チャンスあったら活かそうとするのは。俺、愛佳のことずっと好きだったんだし」
笑い声も聞こえてくる。
ショッピングモールで聞いたのと同じ、宮坂くんの笑い声。
けれど今は、どこか卑しい色合いを含んでいるように思えた。
「えーでも好きなんだったらさ~、普通に浜波と陸斗先輩の恋を応援してやっても良かったんじゃね?」
「ムリムリ。俺はそこまで良い子ちゃんじゃねーよ。嫉妬でどうにかなるわ。それに、本当に陸斗先輩が愛佳のこと好きなら紹介されても心揺れたりしねーだろ。それで別れるってことは、結局それまでの関係だったんだよ」
「へーへー。まあ、そういうことにすっか。相変わらずえぐいよ、お前」
「うっせえ」
さらに高らかに、宮坂くんたちは笑う。
どうして、笑えるのだろう。
自分がした行いで好きな人が泣いていた時があったというのに、どうしてそこまで自分のことばかり考えられるのだろう。
どうして、愛佳の気持ちを考えられないのだろう。
「……っ」
「愛佳!」
宮坂くんの声が遠ざかっていくと、愛佳はその場にへたり込んだ。私は反射的に駆け寄る。
「大丈、夫……じゃない、よね」
訊きかけて、声がしぼむ。私の問いに、愛佳はこくりと首を垂れた。
「は、はは……そっか、そうだったんだ……。なーんか、おかしいと思ってたけど、そういうことだったんだ……」
「愛佳……」
「不思議だったんだ……。急に陸斗が冷たくなったし、琉生も、見計らったようなタイミングで一緒にいてくれるし……たまたまかなって思ってたんだけど、まさか、本当に見計らってたなんて、ね……」
どう声をかけたらいいのかわからなかった。
愛佳の瞳から涙が零れ、床に染みを作っていく。
悲しみと怒りが込み上げてきて、私は立ち上がる。
「私、宮坂くんのところ行ってくる」
「待って!」
けれど、愛佳は私の腕を掴んだ。
「やめて。琉生の、言う通りだから……。紹介されただけで、心が揺らいで終わるなんて、それまでの関係だったんだよ。琉生はただ、あたしのことが好きで、行動しただけ……」
「でも!」
そんなの、自分勝手すぎる。関係が壊れるほうに誘導しておいて、いざ関係が壊れたら当人たちのせいだなんて、あんまりだ。
筋違いだと思いつつも愛佳を睨むと、彼女はゆっくりと頭を上げた。
「うん……あたしも、わかっているけど、許せないよ。陸斗も、琉生も。ほんとに、最低」
愛佳は力なく笑って、視線を落とす。
「あーあ。さっきあたし、柚月にあんなに偉そうなこといろいろ言ったのにね。この幸せの在り方も、ダメだったかあ……」
「愛佳……」
「いいの、いいんだよ。また別の幸せの在り方を、恋を探せばいいんだから。だから、大丈夫」
大丈夫。
その言葉に、私は一瞬気を抜いた。
それがいけなかった。
彼女の視線の先、そして手元にあるものがなんなのか。
私はその存在を、完全に失念していた。
「だから……私も、次に進むよ」
吐き捨てるようにそう言うと、愛佳は目の前にあった紫色の組紐を解き、木箱を開けた。
「待っ――」
そこで、愛佳は気を失った。
翌朝。
「おはよー! 柚月!」
登校した愛佳は、元カレの先輩や宮坂くんとの思い出を、完全に忘れていた。