私が食事を始めた頃、ライト様がダイニングルームに入ってきました。私の食事があまり進んでいないことに気がついたのか、ライト様は苦笑します。
「もしかして待っていてくれたのか?」
「いつもの時間になっても来られなかったので少しだけ。お忙しいようですので、先に食事をいただいております」
「遅くなって悪かった」
「とんでもないことでございます」
ライト様が席に着くのを待ってから、早速話しかけます。
「ビリーはどうなったのですか?」
「……何のことだ?」
ライト様は知らないふりをしましたが、ここは正直に聞こえたという話をして教えてもらうことにします。
「声が聞こえてきましたので、ビリーが来ていたことは知っています。ライト様にご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません」
「いや、ただ、彼は、その、反省していないようだったから重い罰を」
なぜか、ライト様がしどろもどろになっている気がして、両手で口を覆って尋ねます。
「も、もしかして、ビリーを殺しました?」
「ち、違う! そこまではしてない」
「では、どうして焦っておられるんです? それくらいの罰を与えられたということですか?」
見つめると、ライト様は食事の手を止めて眉間のシワを深くしました。
どうやら当たっているみたいです。公爵に迷惑をかけたのですから、それくらいされても仕方がないような気もします。
「ビリーは反省していましたか?」
「……いや、そんな風には思えなかった」
「悔やんでいただけで悪かったとは思っていないように見えたということでしょうか?」
「まあ、そうなるな」
「ライト様が与えた罰で、ビリーは反省して、もう私に関わってこなければ良いのですけど」
「関わろうと思っても関われはしないだろうな」
「どういうことでしょう?」
尋ねても、ライト様は答えてくれないだけでなく、私と視線を合わせようともしません。
よっぽどキツい罰を与えた、もしくは与えようとしているみたいです。
「ライト様、私の代わりにビリーに罰を与えてくださるのはとてもありがたいです。ですが、今のビリーは私の父とは別人の設定です。何か理由がないと公になった時にライト様の評判が悪くなるのではないかと心配です」
「ビリーは自分のことをリーシャの父だと言っているから大丈夫だろう」
「過去のことではなく、ライト様に迷惑をかけたという理由で処罰するということでよろしいでしょうか?」
「そういうことだ」
「それなら良いのです。ありがとうございます」
冷酷公爵と言われているライト様ですが、普段はそんな方ではありません。変な噂が流れて領民の人に誤解されるようなことになってほしくないのです。
すると、ライト様が訝しげな表情で私を見つめます。
「ビリーに優しくしてやる必要はあるのか?」
「そ、それはまあ、ないかもしれないですね」
「とにかくリーシャにとって悪いようにはしないから心配するな」
「ライト様のお気持ちはとても嬉しいです。ですが、私のためにライト様の評判が悪くなるのも嫌なんです」
「君のため?」
ライト様は珍しく気の抜けた顔をして私に聞き返してきました。
「えっ!? あ、そうだと思ったのですが違ったのですね! 申し訳ございません! そ、そうですよね!」
ビリーにウロウロされると、ライト様の視界に入るから鬱陶しいのですよね! 私ったら、自分のためだなんて自惚れてしまっていました!
ああ、穴があったら入りたいです。
「……そうか、そういうことか」
そう呟いたライト様の顔が急に耳まで赤くなってしまいました。
「ど、どうかなさったのですか!?」
「あ、いや、何でもない。気にするな」
「気にしますよ! 大変です! ライト様、お熱があるんじゃないですか? 体調が悪いのにビリーの相手までしていただいて申し訳ございません」
立ち上がって謝ると、ライト様は顔を赤くしたまま何度も首を横に振ります。
「体調は悪くない! 何だか恥ずかしくなっただけだから気にするな」
「恥ずかしくなった? えっと、ビリーが義理の父親かと思うと、ということですか?」
「違う。まあ、いい。この話はとりあえず今は終わろう。で、今日の行きたいところは決まったのか?」
「あ、はい! ピクニックに行きませんか!? ジョージもいなくなりましたし、ビリーもいなくなったのであれば、安心してピクニックが出来ますよね!」
笑顔で言うと、ライト様は顔が熱いのか手であおぎながらも頷いてくれました。少し経つと、ライト様の顔色も正常に戻ったためピクニックに行くことになり、ライト様とたくさんお話をして、別荘に帰ってくるまではとても幸せな気分でした。ですが、そんな気持ちを簡単に吹き飛ばしてしまうくらい、最悪な知らせが待っていたのです。
難しい顔で出迎えてくれたテセさんが言うには、シルフィーの旦那様から電報が届いており、シルフィーが危篤状態で妹に会いたがっていると書かれていたそうです。
「これは、本当でしょうか」
「いや、危篤というのは嘘だろう。彼女が病気だとは報告に上がってきていない」
ライト様が私に答えてくれた時「旦那様、こちらを」と言って、テセさんがライト様に白くて小さなメモの様な紙を見せると、一瞬にしてライト様の表情が険しいものに変わりました。
「どうかされましたか?」
「……シルフィーは馬鹿なのか?」
「どういうことでしょう?」
首を傾げると、ライト様は私に尋ねます。
「俺たちが新婚旅行をするにあたって、この時期にしたのはどうしてだったか覚えているか?」
「はい。アホ……、アバホカ陛下がこの国に来ているので、陛下が出席されるパーティーに出ないようにするため、でしたよね」
テセさんがいるので、アホバカとは言わずにちゃんと名前を呼ぶと、ライト様は頷きます。
「そうだ。ということは他にも同じことを考えないといけない奴がいるだろう?」
「もしかして、シルフィーのことですか? 彼女はアバホカ陛下との婚約が嫌で逃げたのですから会えるわけがないはずです」
「シルフィーはそれを忘れてパーティーに出席したみたいだぞ」
「ええ!?」
想像もしていなかった出来事に、私は電報が来た衝撃よりも大きな声を上げたのでした。