「今まではクーデターなど起きないと思っていたのですが、もしかして私が知らなかっただけなのでしょうか」
「いや。最近になっての話らしい。経済が止まってしまっているからお金が入ってこないだろう? お金が足りず、今まで無償でできていたものが有料になり始めたんだ。それと、フローレンスは嘘がバレるまで仕事を放棄して、買い物に出かけて浪費しまくっていたらしい。後払いにしていたものだから、それが今になって響いてきて国の財政がだいぶ厳しいんだそうだ」
「短期間であんなに黒字だった国を赤字にしてしまうなんて、どんな使い方をしたんでしょうか!?」
「さあな。聞くだけでも頭が痛くなりそうで聞いていない。まあ、しばらくしたら無駄遣いどころか幽閉生活だろうな」
ライト様が言っていた通り、それから数カ月後、ノルドグレンでクーデターが起き、アバホカ陛下とフローレンス様は反乱軍に捕まり、二人は城の地下牢に幽閉されることになったのです。
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クーデターが起きて約三十日が過ぎました。
アバホカ様の愛人だった3人は現在、アーミテム家で私の侍女として働いてくれています。彼女たちの家族や恋人も使用人や騎士として働いてくれており、心配していたシーンウッドも現在は、私のフットマンとして働いてくれています。
お兄様は国に残っていて今は色々と忙しいようですが、クーデターに巻き込まれることもなく、元気にしているとのことで、仕事が落ち着いたら私に会いに来てくれることになっています。
私は私で新たに立ち上げた宿屋運営の事業を任せてもらえることになり、忙しい日々が続いていました。
「リーシャ、まだ仕事をしてるのか?」
「おかえりなさいませ! 事業を立ち上げましたし、公爵夫人としての仕事もありますし、やることがいっぱいです!」
私の執務室にやって来たライト様が眉根を寄せて言うので、ペンを机の上に置いて笑顔で答えました。すると、ライト様は小さく息を吐いてから、私の後ろに回ったかと思うと、私の腰を両手で掴んで立ち上がらせました。
「どうかしましたか?」
「俺はもう仕事を終えて帰ってきたんだから、一緒に食事をしよう」
ライト様は家や王城で仕事をしたりと、とても忙しいです。今日は王城で仕事をしていて、一日中家にいませんでした。
「はい! そう言われてみれば、お腹もペコペコです」
「俺が家に帰ってくる時間なんだから、そりゃそうなるだろう。ちゃんと昼は食べたのか?」
「シーンウッドがうるさいので食べてますよ」
執務室を出て、ライト様と一緒にダイニングルームに向かっていると、ライト様は眉根を寄せます。
「またガリガリになったら、仕事を辞めさせるからな」
「わかっています! 無理はしません」
「今日、ナトマモ陛下から幽閉されているアバホカ元陛下の話を聞いたんだが聞きたいか?」
「……はい」
どうでも良いといえばどうでも良いのですが、今の私はとても幸せなので、多少不快なことを思い出しても気になりません。頷くと、ライト様は不機嫌そうに話し始めます。
「王城の地下牢に幽閉されているらしいんだが、未だにリーシャのことを諦めていないらしい」
「ええ!?」
意味がわかりません! 私はそんなに執着されるほど良い人間ではないですのに!
「彼にとって、リーシャは救いだったのかもしれないな」
「……どういうことですか?」
「幼い頃の君を見ていないから絶対とは言えないが、逆境にも負けない強い女の子に見えたのかもしれない」
「実際はそんな人間ではありませんが……」
「君は自分のことだからそう思うんだろうな」
ライト様はそう言って笑うと、話を戻します。
「家族に冷たくされても負けない君を見たんじゃないか?」
「記憶にありませんが、どこかで見たのかもしれませんね」
幼い頃にアバホカ様に紹介された覚えはありますし、その時に何か彼の心に残るようなことをしてしまったのかもしれません。
「会って話がしたい。チャンスがほしいと言っているそうだけど、どうする?」
少し不安そうな表情で尋ねてくるライト様に、私は笑顔で答えます。
「反省しているのであれば、会って話をするくらいなら良いかなと思いますが、やったことを悔やんでいるだけでしたらお断りです。アバホカ様には私のことを少しでも早く忘れてほしいですが、それが無理なようでしたら、私としては後悔するだけでしたらどうぞご自由に! といった感じです」
「そうか」
ライト様は微笑んだあと、爆弾発言をします。
「俺たちに子供ができたら彼も諦めるかな」
「ええっ!?」
「……すまない」
大きな声を出してしまったことで拒否したと思われてしまったみたいです。しゅんとなったライト様に慌てて言います。
「違うんです! 嫌じゃなくて驚いただけなんです! 私もライト様との子供がほしいです!」
ダイニングルームの前の廊下で叫んだからか、私たちが来るのを待っていてくれたモナ様たちが驚いた顔で外に出てきました。
「微笑ましいわぁ」
「まあまあ、素敵なお話ですわねぇ」
真っ赤になった私たちを見て、モナ様とキヤさんが微笑み合い、テセさんは温和な笑みを浮かべて私たちを見守っています。
私たちがうまくいっているとわかったからといって、アバホカ様が諦めてくれるとは限りませんが、絶望はしてくれるはずです。
私はライト様や私のことを大事にしてくれる温かな人たちと一緒に生きいきますので、あなたは遊び相手に選んだフローレンス様と牢屋の中で過ごしてくださいませ。
「当主をからかうなら減給するぞ」
「からかってなどいませんよ。微笑ましく思っているのです」
テセさんはライト様にそう答えると、私を促します。
「さあ、奥様。今日のメインは奥様の大好物の鶏肉料理だそうですよ」
「嬉しいです! ライト様、食べましょう!」
「そんなに焦らなくてもいいだろ」
「駄目です。私たちが早く食べないとみんなのお仕事が終わりません」
笑顔でライト様の手を引き、私はみんなが待っているダイニングルームに入ったのでした。