カサオンバ侯爵家から出ていったアバホカ陛下は、そのまま帰国したようでした。一刻も早く城に帰り、本格的にアッセルフェナム王国への資源の輸出を止めるように命令するためでしょう。
彼の言うことを止められる人はいませんから、このままではアッセルフェナムの国民たちに迷惑をかけてしまいます。
ナトマモ陛下と別れたあと、帰りの馬車の中で、やはり国民のためには私がノルドグレン王国に戻るべきだったのかと考えていると、向かいに座っているライト様が話しかけてきます。
「そんなに心配しなくてもいい。こうなることはナトマモ陛下も予測していたと思う」
「……どういうことですか?」
「アホバカがリーシャのを好きだということはわかっていたし、君を取り戻すために資源の話を持ち出してくるだろうということは予想が出来ていたという話だ」
「では、何か対応策があるのですか?」
希望の光が差した気がして、笑顔で問いかけると、ライト様は大きく頷きます。
「ああ。ノルドグレン王国ほどではないが、他の国でも資源は取れる。少し前から交渉をして、今、アッセルフェナムがノルドグレンと取引している値段で他国と取引できるように動いているんだ」
「そうだったのですね。……でも、今までのようにたくさんの量の取引は可能なのでしょうか」
ノルドグレン王国からのアッセルフェナム王国への資源の輸出量は他国との取引と比べたら桁違いです。
それを賄えるというのでしょうか。
「アッセルフェナムも全く資源がないわけじゃない。それに元々、俺が陛下に相談する前から、陛下も官僚もノルドグレンだけに頼っていては良くないと考えていたらしいんだ」
「今回のようなことが起きれば、大変なことになるからでしょうか」
「そういうことだ。ノルドグレンとの関係が悪化すれば、出荷を止められてたちまち困ることになる。自国で生産できるものは生産し、無理なものについてはノルドグレン以外の国からも輸入するなど、方法を考えないといけない」
「それはそうですよね。いつまでも良好な関係が続くとも限りませんし、万が一に備えておいたほうが良いことは確かです」
「今回のようなことが起こったようにな。そういうわけだから、君は気にしなくていい」
ライト様が笑顔を作って言いました。
先ほども思いましたが、ライト様の笑顔は昔のような怖いものではありません。ひきつった笑い方でもなくて、本当に微笑といった感じです。
その笑顔を見てドキドキしてしまうのは、恋をしているからなのでしょうか。こんな気持ちは初めてですから、どうしたら良いのかわかりません。
私たちは夫婦です。こんな感情を持っても問題はありません。ですが、今の関係を崩すのも嫌なのです。
結局、この気持ちをどうするか答えが出ないまま、私たちは旅を終えたのでした。
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数日後、シルフィーの情報がライト様経由で私の耳に入ってきました。
私たちが帰ったすぐあとに、シルフィーはカサオンバ卿から離縁され、屋敷を追い出されたとのことです。
シルフィーは屋敷の前で「許してほしい」と叫んでいたそうですが、カサオンバ家の騎士が彼女を拘束し、遠く離れた森の中に捨てたとのことでした。
シルフィーは自分を置いていった騎士たちを必死に追いかけてきたそうですが、体力のない彼女が彼らに追いつくことはできませんでした。
走れなくなった彼女は、その場にしゃがみこみ、しばらくの間は泣いていたそうです。
さすがのカサオンバ卿も死んでは良いとまでは思っていなかったらしく、彼女に監視をつけて森を脱出したところまでは確認しているようです。
森から抜け出すことができたシルフィーは、母親を頼りに貧民街に行き、一緒に暮らし始めましたが、二人はいつも喧嘩ばかりしているそうです。
レベッカがシルフィーを助けたのは、やはり母親だからでしょうか。
ある意味、そんな愛情を私に注いでくれなかったおかげで温情をかけずに済みました。
そして、アバホカ陛下は彼が宣言していたように、アッセルフェナムへの資源の輸出を止めました。
アッセルフェナム側も最初は混乱したようですが、ナトマモ陛下が手を打ってくださっていたおかげで、国民の一部に支障は出たものの、現在では今までとそう変わらない生活を送れています。
アッセルフェナムへの輸出で大部分のお金を稼いでいたこともあり、逆にノルドグレンの経済が危なくっていて、不満がたまり始めた国民たちがクーデターを起こすのではないかと、ライト様は教えてくれたのでした。