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第35話  後悔するだけでしたらどうぞご自由に ①

「へ、陛下!? どうしてここに!?」


 ライト様も知らなかったみたいです。ライト様が慌てた様子で問いかけると同時に、アバホカ陛下が叫びます。


「な、何であんたがここにいるんだよ!?」

「アバホカ陛下がこちらに来ていると挨拶をしようと思って来たのだがおかしいかな?」

「あんたの殊勝な態度を甥っ子にも見習ってほしいもんだ」


 アバホカ陛下はライト様を睨みつけて言いました。すると、ナトマモ陛下は笑みを浮かべて答えます。


「私の甥のライトが迷惑をかけたようで申し訳ない。だが、元々はあなたが先にライトに迷惑をかけたのだから、ここは目をつぶってくださっても良いのではないのかな」

「こっちは、その詫びとしてリーシャを引き渡しただろうが!」


 アバホカ陛下はナトマモ陛下に対しても乱暴な口調で叫びましたが、ナトマモ陛下は大人の対応をします。


「そう思っているのなら、リーシャにこだわるのはやめたらどうだろうか。彼女はあなたのせいで他国に嫁に出されたんだぞ。あなたにはリーシャに対して負い目があるはずじゃないのか?」

「そ、それはっ! だからこうやって迎えに来てやっているのに、リーシャが素直に首を縦に振らねぇから!」

「その上から目線はどうかと思うがね。それにリーシャは迎えに来てなどほしくなかったのではないか?」


 ナトマモ陛下が私に目を向けて尋ねてきたので素直に答えます。


「おっしゃる通りでございます。私はライト様との夫婦生活に満足していますし、お屋敷の皆も優しくて、今の生活が大好きです。アバホカ陛下と一緒にノルドグレンに戻る気はありません」

「だそうだが? アバホカ陛下、あなたはリーシャに未練があるようだが、彼女はそうではないらしい。潔く諦めなさい」

「うるせぇ! 大体はお前が悪いんだぞ! 本気でリーシャを嫁にするだなんて普通は思わねぇだろ!」


 さすがにナトマモ陛下に怒鳴るのはまずいと思ったのか、アバホカ陛下はライト様に向かって叫びました。ライト様は表情を変えずに答えます。


「元々はあなたが私の元婚約者と関係を持ったからです。責任を取るのが普通でしょう」

「だからって、俺の女を奪うのはおかしい!」

「そんなに大事に思っているのなら、どうして浮気なんかしたんです?」

「それはっ――!」


 アバホカ陛下は言葉を止め、私に顔を向けると閉ざした口を開きます。


「リーシャ、聞いてくれ。俺は本当はお前のことがずっと好きだったんだ!」

「……そう言われましても」

「お前は信じられないかもしれないが小さい頃にお前を見た時から、俺はずっとお前が好きだった。でも、俺の婚約者はシルフィーで………」

「それならそうとおっしゃってくださっていれば良かったんです!」


 蚊帳の外になっていたシルフィーが、ベッドから起き上がって続けます。


「あなたがもっと早くに素直になってくれていれば、こんなことにはならなかったんですよ!」


 シルフィーが人にどうこう言える立場ではないでしょう。

 ツッコミたくなりましたが、ここは我慢して二人を見守ります。


「何を言ってんだ! 逃げるほうがおかしいんだよ!」

「あなたのような人が相手では逃げたくもなるでしょう!」

「何だと、てめぇ!」


 アバホカ陛下がシルフィーに向かって手をあげようとしましたが、ライト様が間に入り、アバホカ陛下の手首を掴んで止めます。


「女性に乱暴するのはおやめください」

「そう思うなら、リーシャと離婚しろ! そうすればシルフィーの無礼な発言も無しにしてやる!」

「それはできかねます」


 ライト様は冷静に答えたあと、私に尋ねます。


「リーシャ、君は俺と離婚したいか?」

「いいえ。私はライト様と離婚なんてしたくありません!」

「俺もだ」


 ライト様はそう言って優しい笑みを浮かべました。

 すごいです! 今までの引きつった笑みとは全然違います! 胸のドキドキも今までの比になりません。

 そんな私の様子に気づく様子もなく、ライト様はアバホカ陛下に話しかけます。


「俺はリーシャとは離婚しません。彼女以外の女性と生涯を共にするつもりはありません」

「何を生意気なことを言ってんだよ! 俺は国王なんだぞ!? 公爵と国王、どっちが偉いかもわかんないのかよ! 国王の俺が離婚しろって言ってんだから大人しく離婚しろよ!」

「アホバカ陛下。そんなことくらい、我が甥もわかっている。それよりも貴殿はどうかしている」


 あ、あら。

 ナトマモ陛下までもがアホバカって言ってしまいましたね。


「な、何だと!? どうかしているってどういうことだよ!?」


 アバホカ陛下は自分がアホバカと言われたことに気づいていないようです。ナトマモ陛下は目を伏せ、大きなため息を吐いてから口を開きます。


「両親が早くに亡くなり、誰にも叱ってもらえなかったという原因もあるだろうが、その口の悪さについては大人になれば自分で判断できただろうに。しかも言っている内容も幼稚だ。好きな女に相手にしてもらえずに駄々をこねているだけだ。子供だって、そこまでは酷くないだろう」

「何だと、この野郎!!」


 アバホカ陛下はライト様に掴まれていた手を振り払い、ナトマモ陛下に殴りかかりましたが、すぐにライト様が動き、アバホカ陛下の首根っこを押さえると、前に押し倒すように床に叩きつけました。


「いってぇ! 何すんだ!」

「ナトマモ陛下を襲おうとしたんです。これくらいでも軽い方でしょう」

「俺だって国王なんだぞ!」

「ここはあなたの国ではありません」

「――くそっ! こんなことをして許されると思ってんのか!? 俺の国からの資源の輸出を止めてやる! おい、リーシャ! それが嫌なら戻ってこい!」


 床におさえつけられたままでアバホカ陛下がを見上げて叫びました。


 私が帰らなければ資源の輸出を止めるだなんて! そんなことになったら、多くの国民の生活が危うくなります。そんなことを言われたら、戻らないといけないに決まっているじゃないですか!


 頭ではわかっているのにすぐに帰りますとは言えず、胸の前で祈るように手を合わせた時、ライト様の声が聞こえました。


「リーシャ、嫌なら嫌だと言ったらいい。君が悲しまなくて済むように俺が君を守る。だから、正直な気持ちを教えてくれ」

「ですが、他の方にご迷惑が!」

「そうならないように何とかする」


 アバホカ陛下の背中の上に片膝をのせ彼を押さえつけながら、私を見上げているライト様の表情がどこか不安そうに見えて、私も勇気を出すことにします。


「戻りません! 私はライト様の傍にいたいです!」


 私の言葉を聞いたライト様がほっとした表情をされたので、私も小さく息を吐いて微笑むと、アバホカ陛下は珍しく眉尻を下げました。


「リーシャ! 本当に後悔している! 戻ってきてくれるなら浮気もやめる!」

「何を言っていらっしゃるんですか。あなたにはフローレンス様がいらっしゃいますでしょう?」

「あんな女いらない! 頼む! 戻って来てくれ! ずっと好きだったんだよ! お前のことだけを思っていたんだ!」


 アバホカ陛下の瞳に涙が浮かんでいるのに気がつきました。

 ……本当に私を好きでいてくれたんですね。でも、もう遅いです。


「アバホカ陛下。後悔だけでしたらどうぞご自由に。そして、私のことはもうお忘れ下さい」


 陛下を見下ろして深々と頭を下げると、アバホカ陛下は涙を床に落としたあと、忌々しそうに私を睨みました。


「絶対に後悔させてやるからな!」


 その後、アバホカ陛下はナトマモ陛下に謝罪だけすると、部屋から出ていってしまいました。


「陛下、国際問題になりかねない発言をしてしまい申し訳ございませんでした」


 ライト様と一緒に謝ると、ナトマモ陛下は笑顔で首を横に振ります。


「予想は出来ていたことだ。それに彼の言っていたことについてはすでに手は打ってある。だからお前たちは心配しなくても良い。俺に対しての無礼な態度についても、こちらで処理はしておく。リーシャ、ライト、また詳しい話は改めて城でしよう」


 そう言って、ナトマモ陛下はぽかんとしているシルフィーに一声かけたあと、後ろに控えていた側近の方と共に部屋を出ていかれたのでした。


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