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第34話  元婚約者の叫び

 中での話が聞こえていたようで、アバホカ陛下は部屋の中に入ってくると、私の所へ向かってきます。


「そんな話をするつもりで、ここまで来た訳じゃねえんだ。俺はリーシャと話をしに来たんだ。今さら、シルフィーなんていらねぇよ」


 久しぶりに見たアバホカ陛下は、少し痩せた気がします。少しは仕事を頑張っているのでしょうか。


 アバホカ陛下と私との距離がかなり近づいたところで、ライト様が間に割って入ってくれました。すると、アバホカ陛下は不服そうな声をあげます。


「おい、そこを退け」

「アバホカ陛下、彼女は私の妻です。たとえ陛下であっても必要以上に近づくことはご遠慮願います」

「遠慮ってことは、絶対にやめろというわけじゃないだろ」

「常識のある人間でしたら、しないでくださいという意味でもあります」


 ライト様の言葉にアバホカ陛下は舌打ちをすると、顔だけ彼に見せている私と目を合わせて言います。


「リーシャ、いつまで意地を張ってるんだ。俺が迎えに来てやったんだから一緒に帰るぞ」

「おっしゃっておられる意味がわかりません。 私はライト様の妻です。申し訳ございませんが、陛下と一緒に帰るだなんてありえません」

「お前こそ何を言ってるんだ! お前は俺の婚約者だっただろう!? 俺と過ごした期間のほうが遥かに長いのに、この男がいいのか!? そんなに簡単に俺のことを忘れるのかよ!?」

「陛下と過ごした期間なんてほとんどありません。話をしたといっても拒否されていましたし、私の仕事中にフラッと現れては、不快になる話だけして去っていくくらいしかなかったではないですか!」


 訴えると、アバホカ陛下はなぜか悲しそうな顔になりました。


「不快になる話だけだと?」

「そうです。あなたは私の目の前に仕事が山積みになっているにも関わらず、私の隣に立って仕事を止めろと言っては、自分がどんな女性と遊んだとかいう話をしていたではありませんか」

「それはお前を休ませたかったんだ!」


 アバホカ陛下は必死の形相で訴えてきます。


「お前は仕事してばかりで顔色も悪いのに、そんな事にも気付かないくらいだった。だから、少しは休ませようと思ったんだよ!」

「なら、仕事を手伝ってくだされば良かったのではないでしょうか」

「全部、お前の仕事だと思ったんだ! まさか他の人間から仕事を押し付けられているだなんて思ってもいなかったんだよ! それに愛人たちに手伝わせるようにしたし、仕事のペースが遅いのも疲れてるからだと思ったんだ!」

「本当に私の仕事のペースが遅いと思っておられたんですか?」


 あんなにも一生懸命頑張っていたのに、アバホカ陛下は憎まれ口ではなく、本気で私の仕事が遅いと思っていたようです。


「では、フローレンス様に代わってからは仕事が溜まることなどはなくなったのでしょうね」

「だから、違うんだ!  仕事が遅いのは疲れているからだと思ったって言ってんだろ!? だけど、フローレンスにやらせるようになってわかった。リーシャの仕事が遅かったんじゃない。仕事の量が多すぎたんだ!」


 今頃、そんなことを言われても遅いとしか言いようがありません。


「アバホカ陛下。場所を変えましょう。ここでは病人の部屋ですから、騒がしくすることは良くないでしょう」


 ライト様が促すと、アバホカ陛下は舌打ちをしたあと、シルフィーを睨みつけます。


「お前が余計なことをしなければ良かったんだ」

「私が何をしたって言うんですか!?」


 シルフィーが驚いた顔をして言い返しました。


 いや、したでしょう。逃げたじゃないですか。


 と言おうとしたところで、アバホカ陛下が叫びます。


「フローレンスに余計な話をしやがって!」

「そ、それはっ! こんなことになるとは思っていなくて……」

「フローレンスが俺を狙ったのはお前のせいだったんだよ! 俺と結婚すれば、お前よりも遥かに贅沢に暮らせるってな!」

「ですが、それは陛下がフローレンスと浮気しなければよかっただけなのでは!?」


 シルフィーがまともなことを言ったので驚いてライト様を見上げると、ライト様も同じことを思ったのか苦笑して頷きました。すると、陛下はシルフィーから私に目を向けて訴えます。


「あいつのせいで国はめちゃくちゃなんだ! おい、リーシャ、何でもいい。とにかく帰ってきてくれ。お前の俺への信頼が回復できるように一生懸命頑張るからよ」

「意味がわかりません。あなたは国王なのですよ? 私は他国の国民です。私のことを気にされるよりも自国の国民のことを考えて下さいませ」

「そんなことはわかってるよ! だけど、お前がいないと俺は頑張れねぇんだ!」

「甘ったれたことを言わないで下さい! そんなに情けないことをおっしゃるのでしたら国王を退位されてはどうですか?」

「何だと!?」

「大変無礼な発言でした。お詫び申し上げます」


 さすがに言い過ぎたので謝ると、アバホカ陛下は憤怒の表情で私を睨んだあと、私を庇ってくれているライト様に叫びます。


「おい、アーミテム公爵! そこを退け! リーシャの今の発言はあまりにも無礼な発言だぞ! 一発殴らないと気がすまない!」

「妻が無礼な発言をしてしまい申し訳ございませんでした。私からもお詫び申し上げます」

「謝って許される問題じゃないぞ! 処刑だ! 俺の元に帰ってこないと言うなら処刑してやる!」


 アバホカ陛下のことです。帰らないといえば、本当に私を処刑しようとするでしょう。

 下げていた頭を上げてライト様は口を開きます。


「処刑とはやりすぎではないでしょうか」

「いや! 他国とはいえ王族に失礼な発言をしたんだ! それに俺の所に戻って来るなら処刑しないって言ってるだろ!」


 アバホカ陛下が叫んだ時でした。


「えらく物騒な話をしているな」


 扉が開く音と同時に落ち着いた低い声が耳に届いたかと思うと、ナトマモ陛下が部屋の中に足を踏み入れたのでした。




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