こんなラブラブなふりの練習はしてなかったので動揺してしまいましたが、すぐに平静を装います。
「シルフィー様、私はライト様に本当に大事にしていただいているんですよ」
「ど、どういうことよ!?」
声を震わせるシルフィーに、ライト様が答えます。
「君はリーシャが不幸だと嬉しいようだが、俺は彼女にそんな思いをさせるつもりはない」
「そ、そんな……っ、だ、だって、あなたは!」
冷酷公爵のはずだと言いたいようですが、シルフィーは口を閉ざしました。
驚きとドキドキがなかなかおさまりませんが、演技は続けなければなりません。
「ライト様は冷酷公爵だと言われているようですが、そんなことはないのです。とてもお優しくて素敵な方ですよ」
ライト様の胸に手を当てて言うと、シルフィーは悔しそうな顔をしました。人の不幸を楽しもうとするなんて最低なことを考えるからです!
その時、シルフィーの部屋の扉がノックされて、シルフィーの旦那様であるカサオンバ卿が入ってきました。
「アーミテム公爵夫妻を立たせたまま話をするだなんて何をやっているんだ! お二人とも、どうぞ、こちらにお座り下さい」
カサオンバ卿は私たちにソファーに座るようにすすめてきましたが、首を横に振ってお断りします。
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、病人の部屋に長居するつもりはありません。それからカサオンバ卿、あなたにお伝えしておきたいことがあります」
「……何でしょうか?」
どこか狡猾そうな顔立ちのカサオンバ卿は不思議そうな顔をして私を見つめました。そんな彼に本当のことを伝えます。
「あなたがシルフィーから、私との仲をどう聞いておられるかはわかりませんが、私たちの関係性は最悪なものです。今日を最後に彼女に会うつもりはありません」
「ちょっ、ちょっと待ってください! どういうことですか!?」
カサオンバ卿は、私とシルフィーを交互に見て慌てた顔になりましな。
「先程の言葉の通りです。シルフィーのことを私はもう姉だなんて思っておりません」
「や、やめてよ、リーシャ! 怒っている気持ちはわかるけれど、そんな言葉は感情的になって言うものじゃないわ!」
「感情的になっているかもしれませんが、あなたと私の縁が切れていることは確かです。あなたが私に連絡したのは不幸になっている私が見たいから。カサオンバ卿が私にコンタクトを取ろうとしたのは、ライト様との繋がりがほしかったから、ですわよね?」
私の言葉にカサオンバ卿は、口元を引きつらせました。
私の考えは間違っていなかったようです。
以前、ライト様が調べて教えてくれたように、カサオンバ卿はシルフィーを愛したのではなく、シルフィーの後ろ盾を愛したのですね。
私の質問には答えずに、カサオンバ卿がシルフィーに尋ねます。
「シルフィー、君は僕を騙したのか?」
「だ、騙してなんていません! リーシャはいつだって私のために犠牲になってくれて」
「それはいつの話のことですか?」
彼女の言葉を遮って尋ねると、シルフィーは視線を彷徨わせて答えます。
「それは……、その、かなり前の話かもしれないけど」
「やっぱり騙したんじゃないか! 君は妹と密かに文通をしていて、妹は自分のことを許してくれていると言ったじゃないか!」
「待って、待ってください! その時は、あなたに本当に愛されたくてついた嘘なんです!」
「愛されたいからって嘘をついていいわけじゃない!」
カサオンバ卿は尤もなことを言うと、私を見て尋ねてきます。
「失礼なことをお聞きしますが、シルフィーと夫婦だったとしても、僕があなた方とご縁をつなぐことはできないのでしょうか?」
「そうなります」
「そうなるな」
私とライト様が頷くと、カサオンバ卿は悔しそうな顔をしたあと、シルフィーに目を向けます。
「お二人が帰られたあと、君には話がある」
「あ、あの、ノナカリ様、あなたは私を捨ててたりなんかしませんよね?」
「僕を騙しておいて、そんなことを言える立場じゃないだろう? 君が妹と仲が良いと言うから結婚したのに」
「そんな! ノナカリ様!」
カサオンバ卿は絶望の表情を浮かべるシルフィーから、私とライト様に体を向け軽く一礼すると部屋を出ていこうとしました。
「ま、待って!」
シルフィーは立ち上がって追いかけようとしましたが、カサオンバ卿に「近寄るな!」と一喝されてしまい、動きを止めるしかありません。そうしているうちにカサオンバ卿は部屋を出ていったのです。
騙されたことに腹を立てるのはわかりますが、堂々と愛はなかったみたいなことを言っているのを聞くと、それはそれで人としてどうなのかと思ってしまいます。
「本当に失礼な奴だな」
ライト様が扉を見つめて吐き捨てるように言うと、シルフィーがライト様に訴えます。
「アーミテム公爵閣下、助けてください! このままでは私は嘘つき扱いされて離縁されてしまいます! ここを放り出されてしまったら私はどうすれば良いのですか!」
「離縁しても君が贅沢に暮らしていける方法があるが教えてやろうか?」
「ほ、本当ですか!? もしかしてアーミテム公爵家に置いてくださるのですか!?」
「そんな訳がないだろう」
ライト様は呆れた顔で答えると、私の頭を優しく撫でました。
「もう一人のゲストが来たようだ」
私が言葉を返す前に、ライト様は扉を開けました。
「叶わぬ恋は諦めて、元々の婚約者と結婚なさるのはいかがでしょう。アバホカ陛下」
不敵な笑みを浮かべるライト様の視線の先にはアバホカ陛下が苦虫を噛み潰した顔をして立っていたのでした。