シルフィーに会いに行く当日の朝、馬車に乗り込んだのは良いものの、いざとなったら緊張している私にライト様が話しかけてきます。
「リーシャ、表情が硬いな」
「申し訳ございません。体調が悪いわけではありませんのでお気遣いなく」
「緊張しているのか?」
「……はい」
あの後、シルフィー達とは電報でやり取りし、シルフィーの旦那様であるノナカリ・カサオンバ侯爵令息と連絡を取りました。
カサオンバ卿は私からの連絡をとても喜びましたが、その時に気付いたのです。彼はシルフィーを愛して結婚したのではないということに――
彼はシルフィーと結婚すれば、アバホカ陛下とのコネクションを持てると思ったようです。というのも、シルフィーの妹である私が当時は陛下の婚約者だったからです。
隣国であれ、国王陛下の親戚ともなれば、彼は周りから羨ましがられるでしょう。たとえ、アホでバカであっても彼は国王であることに変わりありませんからね。
私はライト様と結婚することになりましたが、それを聞いたカサオンバ卿はライト様との繋がりができると思い喜んだようです。
シルフィーが、私とお兄様を捨てて逃げたことは彼も知っているはずです。それなのに私が素直にシルフィーのことを姉と認めると思ったのでしょうか。
シルフィーは、私との関係を自分の都合の良いように伝えているのかもしれません。
「リーシャ、そんなに辛いなら中止しようか」
「大丈夫です! ご心配いただきありがとうございます。辛いわけではなく、どうすればシルフィーを撃退できるのか考えていただけですから」
「無理はするなよ」
「私が決めたことです。自分でやり切ろうと思います」
意気込んで言うと、ライト様は眉尻を下げはしましたが頷いてくれたのでした。
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2日後の昼、カサオンバ侯爵家に着くと、シルフィー以外のカサオンバ家の人たちが出迎えてくれました。ライト様とお近づきになりたくて仕方がないみたいです。
シルフィーへのお見舞いの品と、今回の話し合いの場を借りるお礼の品を渡すと、侯爵は執事にシルフィーの部屋に案内するように伝えました。
「ありがとう、リーシャ! 来てくれたのね! 会えて本当に嬉しいわ!」
部屋の中に入ると、ベッドに横になっていたシルフィーは上半身を起こして、笑顔で話しかけてきました。
お互いに年を取ったこともあり、シルフィーには私の記憶にある若々しさは消えていました。といっても、少女から大人の女性になったという感じですが。
「お久しぶりですね、シルフィー様」
「嫌だわ、昔はお姉様と呼んでくれていたじゃないの」
アバホカ陛下はまだ来ていないようなので、先にシルフィーと話をしてしまうことにします。
「昔はでしょう? もう今はあなたのことをお姉様だなんて思っていませんから」
「そ、そんな! どうしてそんなに冷たいことを言うの?」
ショックを受けたような顔をするシルフィーに首を傾げて聞き返します。
「冷たいことですか? では、あなたがやったことは何なんですか?」
「私がやったこと?」
「自分が結婚したくないからといって、私やお兄様を置いて逃げたじゃないですか」
「そ、それは仕方がないじゃないの! 結婚したくなかったんだから! 私は今、ノナカリ様の妻になれて幸せなの! あなたが不幸になっていたとしても、姉である私が幸せなら、あなただって幸せを感じられるでしょう!?」
何を言っているんでしょうか。シルフィーが幸せなら私も幸せだなんて意味がわかりません。
呆れて物が言えないでいると、私の後ろで話を聞いていたライト様が口を開きます。
「俺がリーシャを不幸にしていると言いたいのか?」
「えっ!?」
ライト様が怖いのでしょうか。シルフィーは、自分の体を自分で抱きしめるようにしながら聞き返しました。
「君の言い方だと俺がリーシャを大事にしていないというように取れるんだが」
「そ、そういうわけでは……。あ、あの、アーミテム公爵はリーシャのことを、どう思っていらっしゃるのですか?」
シルフィーが怯えた表情で尋ねると、ライト様は私を抱き寄せて、こう言ったのです。
「君にはそう見えないのかもしれないが、俺はリーシャを愛している」
「――っ!?」
ライト様の言葉に、シルフィーだけでなく私までもが驚いてしまったのでした。