次の日の朝、目が覚めた時にはすでにライト様はベッドにはいませんでした。私が起きないように気を遣って日課に行ったみたいです。それとも、私が熟睡していただけでしょうか。
昨日、ライト様は寝づらかったのではないでしょうか。それだけが心配です。
私が身支度を終えた時には、日課を終えたライト様は出勤していました。
私が寂しそうにしていたからか、テセさんが慰めてくれます。
「旦那様は奥様と一緒に夕食を取るために早出をされることに決めたそうです。それは奥様のためでもありますし、旦那様御自身のためでもあるのですよ」
「……ありがとうございます」
テセさんにまで気を遣わせてしまいました。これではいけませんね!
私は陛下だけでなく、シルフィーもどうにかしなければなりません。どうせなら、まとめてやっつけたいものです。
「……考えてみたら、アバホカ陛下は私に会いたいから屋敷に来ようとしているだけで、私に会えるのなら、どこでも良いんですよね」
閃いたことがあって思わず口に出すと、傍にいたテセさんが不思議そうに首を傾げたのでした。
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その日の晩に閃いたことを話すと、ライト様は眉間のシワを深くしました。
「どうしてシルフィーの見舞いの場で陛下と会おうと思うんだ?」
私が考えたのは、陛下とシルフィーにまとめて会ってしまうことでした。シルフィーについては、どうにかなるかもしれませんが、アホバカ陛下についてはナトマモ陛下が戻って来るまで無理ですからね。
「逃げ出したことについては、シルフィーが悪いことは間違いありません。ですが、陛下自らが暴力をふるうことはよくありません。それについては謝罪すべきだと思います」
「それはそうかもしれないが、その場に君がいる必要はあるか?」
「シルフィーと陛下を二人きりにしても危ないでしょう? それに、ライト様も一緒にいてくれますよね?」
「それはもちろんだが、わざわざ会わなくても良い人間に会う必要があるのか?」
ライト様は渋っておられます。それはそうですよね。アホバカの相手をするのは労力がいりますもの。できれば関わりたくないでしょう。
「電報を打ってくること自体は罪ではないから相手をしてやっていたが、そんなに嫌なら、侯爵令息については何とかするぞ」
そうでした。シルフィーの旦那様は侯爵令息でした。
「もうシルフィーのことも陛下のことも考えたくないんです。あの人たちのことなんてすっかり忘れて暮らしたくて……」
「気持ちはわかるが、どうするつもりなんだ?」
「シルフィーと陛下を示談にさせる名目で集まって、直接、私の気持ちをはっきり伝えようと思います」
「それで諦めるとは思えない」
ライト様は難しい表情で首を横に振りました。
そうですよね。おっしゃる気持ちはわかります。
「ライト様は陛下が私のことを好きだと思っていらっしゃいますよね」
「ああ。そうだとしか考えられない」
「陛下は私と会えば、私が自分に心変わりすると思い込んでいます。そのために会おうとするのでしょう」
「なら、会わないほうが」
「会っても会わなくても陛下のことを好きになるなんてありえません。ですから、ライト様に協力していただきたいことがあるんです」
「協力?」
聞き返されても、恥ずかしくてすぐには答えられませんでした。ですが、口にしないことには始まりません。恥ずかしさに負けずにお願いします。
「私とラブラブなふりをしてほしいんです!」
「ラ、ラブラブ!?」
ライト様が呆気にとられたような顔をして私を見つめます。
ですよね! 何を言っているんだってなりますよね! そうかもしれませんが、シルフィーを悔しがらせるにはこれが良い方法だと思ったんです!
「シルフィーは私の不幸なところが見たいんだと思います。ですから、私とライト様がラブラブだと知ったら、絶対に悔しがると思うんです!」
「君はシルフィーを悔しがらせたいのか?」
「ああいうタイプの人間は自分よりも幸せな人間を見るのが嫌いだと思います。それに、シルフィーの中での私は、自分の優越感を満たす道具のようなものだと思うんです」
「本当にそうなら信じられない奴だな」
「そういう人間でなければ、家族を置き去りにして逃げたりしないでしょう」
ライト様は私の話を聞いて唸ったあと、口を開きます。
「駄目だと言っても実行するつもりなんだろう?」
「ナトマモ陛下が戻ってくるまでに、他に良い案があるのであれば、そちらのほうが良いかもしれません。ですが、アホ……アバホカ陛下はそれまで待ってはくれないでしょう」
「言いたいことはわかった。だが、それならやっぱり、陛下の同席は必要ないんじゃないか?」
「ですので、どうしても私に会いたいのであればシルフィーへの謝罪を求めます」
ナトマモ陛下が戻られるまでもう少しです。その日数を乗り切れれば何とかなるでしょう。
「それでも、同席させる必要はないだろう?」
「そ、それはそうかもしれませんが、陛下が私を本当に好きなのでしたら、ラブラブ作戦は効くかと思うんです。別々に会うことになると、二回もラブラブ作戦をしないといけなくなりますが良いのですか?」
恥ずかしくなって俯いて話すと、ライト様は聞き取りにくい小さな声で答えます。
「俺は……、別に……」
「……あの、今、なんとおっしゃいましたか?」
首を傾げて尋ねると、ライト様はなぜか頬を染めて、そっぽを向いてしまいました。
「別に何でもない。とにかく、やると決めたならやるぞ。そのラブラブってやつを」
「よろしくお願いたします!」
このラブラブ作戦が上手くいけば、シルフィーを悔しがらせるだけではなく、これ以上私に会いたいと思わなくなるでしょう。
アバホカ陛下とシルフィーがこの条件を呑むかはわかりません。ですが、陛下はどうしても私に会いたいようですし、ナトマモ陛下が帰ってくるまでにどうにかしたいでしょう。
それならば、陛下はシルフィーに謝罪するという嘘をついてでも、私と会おうとするだろうと思ったのです。
その予想は当たり、嫌がるシルフィーを陛下の遣いが説得し、私たちはシルフィーが住んでいる侯爵家で会うことになったのでした。