「あの方はそんなにも私に嫌がらせをしたいのでしょうか?」
「本人はそのつもりはないだろう。ただ、君に会いたいだけだろうな」
「気持ちを一方的に押し付けられても迷惑でしかないのですが、こんなことを言っては失礼ですかね」
もう二度と会いたくない人ですので、眉根を寄せて言うと、ライト様は苦笑します。
「君は陛下に会うことを望んでいないと伝えたが、本人が納得しないんだ。実際に会って話し合えばわかる話だから君ととにかく話をさせてくれと言っていた」
「話し合えばわかる話と言われても困ります。一体、何を話したいのでしょうか」
全く内容が思い浮かばなくて首を傾げると、ライト様は首を横に振ります。
「俺だってわからない。ただ、かなり自信があるみたいだった」
「お仕事中にご迷惑をかけてしまったみたいで申し訳ございません」
「君が謝ることじゃないだろう。勝手に押しかけてきたのは向こうだ。謝りすぎるのも良くない」
「そうですね。安っぽく感じますよね。ですが、本当に申し訳なく思っているんです」
しゅんとしていると、ライト様は慌てて言います。
「君の気持ちは伝わっているから気にするな。俺が言いたいのは陛下が悪いんだから君が謝るなということだ」
「私がライト様の妻でなければ、迷惑をかけることはなかったと思いましたのでつい……」
「君を妻にと差し出してきたのは向こうなんだ。それに俺は君が妻になってくれて嬉しいよ」
ライト様がいつもの不自然な笑みとは違い、柔らかな笑みを浮かべてくれたので、私も嬉しくなって微笑みます。
「ありがとうございます。そうですよね。アバホカ陛下が言い出したから、私はここに来たのでした。ここは私にとってとても居心地の良い場所ですので、そのことについては感謝しなければといつも思っていましたのに」
「今の暮らしを気に入ってくれているなら良かった。先程の話に戻るが、あのアホバカは君と話し合いをしたあとに君が俺と別れたいと言い出せば素直に別れるようにとも言ってきた」
とうとう陛下という敬称さえもなくなってしまいました。さっきまでの笑みが消えて不機嫌そうな顔になっていますので、苛立っているという感じでしょうか。
「アバホカ陛下は君とよりを戻したいようだ」
「よりを戻すも何も婚約者扱いされた覚えがないのですが……」
「話が通じない人なんだよ。言葉遣いも汚いというよりかは酷すぎる」
「王族とは思えない話し方ですものね」
ライト様は頷くと、眉尻を下げます。
「気になったんだが、君の兄上を人質にとったりするようなことはないよな?」
「……あの方なら、誰かを人質に取ろうとすることはありえますが、お兄様なら上手く立ち回ってくれると思います」
「相手はアホバカでも国王だが大丈夫か?」
そう言われると少し不安になってきました。
お兄様は侯爵の座についてはいますが、若いですし味方もあまりいないと思われます。あれに脅された時には味方になってくれる人はいないかもしれません。
「あの、ライト様、もし、お兄様に何かあった時は」
「先に動いておくから心配するな。もし、手遅れであっても俺が何とかする」
「……ありがとうございます」
フローレンス様も浮気なんてしなければ、ライト様と結婚できて幸せになれましたのに。
……そうだった場合は、私はライト様と結婚できていないのですね。何だかモヤモヤします。
「リーシャ、どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません」
「何でもないことはないだろう。悲しそうな顔になっている」
どうやら表情が暗くなっていたみたいです。なんと答えたら良いのか迷っていると、キヤさんが声を掛けてくれます。
「お料理が冷めてしまいましたので温め直させましょう。気が利かずに申し訳ございませんでした」
「……え?」
私が不思議そうにすると、キヤさんは優しい笑みを浮かべて目配せしてくれました。
ああ、なんて気遣いの出来る方なんでしょう。答えたくないことを察して、話題を変えてくれたみたいです。さっきまでの複雑な気持ちを、ライト様にどう伝えれば良いのかわからなかったので、本当に助かりました。
「そうですね。申し訳ありませんがお願いします」
「とんでもないことでございます」
キヤさんが近くのメイドに目を向けると、メイドはサービングカートを持ってきて、私の目の前に置かれていた皿を引き上げていきます。
ライト様はその様子を見て何か言いたげな顔をしましたが、私は無理矢理、話題を変えたのでした。
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アバホカ陛下の話が途中だったことに気が付いたのは、おやすみなさいの挨拶をしたあとのことでした。
何だか寝つけなくて寝返りを打っていると、ふと思い出してしまい、モヤモヤしているとライト様が話しかけてきます。
「眠れないのか?」
「……申し訳ございません。寝返りが気になりますか?」
「いや。ただ、肝心な話が出来ていなかったことを目をつぶったら思い出した」
「陛下が屋敷に来るという件ですね」
「そうだ。どうしても婚約者に会いたいとうるさいんだ。リーシャはもう、元婚約者で他人の妻なのにな」
部屋の明かりがついていないのと、目が暗闇になれていないせいか、ライト様がどんな顔をしているかはわかりませんが、どこかうんざりした声が聞こえてきました。
「招待するしかないのですよね?」
「ナトマモ陛下が戻ってきてくだされば断れるだろうが、公爵の俺では納得できる理由をと言われるだろうな」
「嘘をついたり、私が会いたくないという理由では、不敬に当たるのでしょうね」
「そうだな」
ライト様は大きなため息を吐いたあと続けます。
「本当にすまない。ナトマモ陛下が戻って来るまでできるだけ引き延ばすようにする。ただこれだけは約束する。もし会うことになっても絶対に君を守る」
ライト様がこちらの方に体を向けた気がして、私もライト様のほうに体を向けると、目が暗闇に慣れてきたのと月明かりのせいで、ライト様と目が合ったことがわかりました。
すると、ライト様が手招きしてきたので、私はゆっくりと起き上がり、自分のベッドからライト様のベッドに移動しました。
呼ばれたからとはいえ、躊躇うことなくそう動いた理由は、自分でもわかりません。私が横に寝転ぶと、無言でライト様は私を抱きしめてくれました。
ドキドキよりも安堵のほうが勝った私は、目を閉じたあと、気づかないうちに眠ってしまっていたのでした。