聞かなければならないことも言いたいこともたくさんあるけれど、今日は一先ず休みたかった。
本来ならホテル代を出してあげるのが正解かもしれないけれど、そんな提案を切り出したら本格的に身体を差し出してきそうで言い出せなかった。
「俺はソファーで眠るから、杏樹さんはベッドを使って」
「そんな、ダメです。一之瀬さんの家なのに」
「俺にも男としてのプライドはあるから。女性を差し置いてベッドで眠れねぇって」
申し訳なさそうな表情の杏樹さんを後目に、俺は横たわって目を瞑った。
「おやすみ、杏樹さん」
「おやすみなさい、一之瀬さん。本当にありがとうございます」
消した照明。真っ暗になった室内で、ギシっと寝返りをうつ際に放たれた軋む音だけが時折響く。
(っていうか、眠れるわけないだろ! こんな状況、誰が予想できた⁉︎)
これがAVなら、寝込みを襲ってなだれる様にエロい行為が行われるに違いない。もしくは目が覚めたら毛布の中で跨って、ギンギンに大きくそそり立った息子を口いっぱいに頬張って——……。
「……最低だろう、そんなこと考えるなんて」
仮にも俺を信じて頼ってくれた彼女で妄想することじゃない。そんな意志の弱い妄想を掻き消すように
————……★
どれくらい経っただろうか? 同じ部屋に異性が寝ているせいか、深く眠りにつくことが出来ず、少しの物音で目が覚めてしまった。
トイレの水が流れる音、そして床の軋む音が近付いてきた。
俺はあえて背を向けるように寝返りを打ったが、羽織っていたはずの毛布が宙に浮き、何故か杏樹さんがソファーに潜り込んできた。
(嘘だろ? まさか寝惚けて——……?)
慌てて起こそうと寝返りを打った瞬間、彼女の腕が身体にまとわりついて、あっという間に拘束されてしまった。柔らかい太もも、そしてマシュマロのように胸元も。全身が包まれて頭の中が真っ白になる。
この状況は——ヤバい(語彙力低下)
全身の血液が急速に駆け巡る。心臓がバクバクして酸素が足りない。事故だ、事故。不可抗力、俺は何もしていない!
「んん……」
さらに強まる杏樹さんの腕。彼女の魅惑の胸元に顔が埋まってしまう。
女の子の身体って、こんなに柔らかくて温かかったっけ? 野郎なんかとは全然違う。
雨で濡れてしまったせいで貸したシャツの下は何も装着されていない。だから今の彼女は
ダイレクトに伝わる感触に、自然と動く指先。他の部分とは異なる感触を捉えた。
もしかしてこれは……?
好奇心に抗えず、爪先でカリカリと擦ってみた。
「ン……っ、ん♡」
甘さを帯びた声に生唾を飲み込んだ。
そして一寸先にある可愛い寝顔。吸いつきたくなる唇……だが、ダメだ!
俺は杏樹さんを起こさないように、細心の注意を払いながら腕から逃れようと試みた。
とてつもなく魅力的な状況だったけれど、甘んじてしまったら大変な問題になってしまう。
たとえ彼女に過失があったとしても、スルーしてはいけないのだ。
乱れた着衣を隠すように毛布を被せ、俺は距離を取るようにベランダへと出た。
「やっべーだろ、アレは!」
頭を抱えて現状を嘆いた。
神様、これは俺に対する試練ですか? それともご褒美?
どちらにせよ身に余る光栄なハプニングに、俺は思わず両手を合わせて感謝するように拝んだ。
————……★
靄も明けぬ朝明け時。まだ夢心地が抜けきれない杏樹さんは、眠たそうに目を擦りながら身体を起こし始めた。
「……あれぇ? ここ、どこ?」
腕に押し寄せられて魅惑的な胸の谷間がくっきりと姿を見せたが、今はそれどころではない。
結局、あれから眠れなくなった俺は、換気扇の下で煙草を吸いながら彼女の目覚めを待っていた。
「おはよ、ちゃんと眠れた?」
「ふぇ……? え、え? えっと、わ、私……!」
慌てて心許ない胸元を両手で隠して、彼女はパニック状態であたふたしていた。
「い、一之瀬さん? 私、もしかして——一之瀬さんと」
「あー………大丈夫。心配してるようなことにはなってないから安心していいよ」
際どかったけれどセーフだろう、多分。
しかし、寝惚けて男の寝床に入ってくるなんて、危なっかしいね、杏樹ちゃん。
「コンビニでパンとカフェオレを買ってきたから、一緒に食べねぇ? 昨日できなかった話もしたいし」
「は、はい……」
耳まで真っ赤にして恥じらって、可愛いったらありゃしない。
こんな可愛い子が彼女になってくれたら人生楽しいだろうなって、あり得ないことを考えながら杏樹さんに手を差し伸べた。
————……★
「ほ、本当にごめんなさい! 私、何か粗相をしたんじゃないですか?」
「いやいや、むしろ感謝したいくらいなんで。気にしなくていいよ」
「え、感謝……?」
「うん、気にしないで。深く考えなくていいよ」
ラッキー♡回、早くくっついてイチャイチャして欲しい……(笑)