杏樹side……★
「ねぇ、ちょっと及川さん! あなたのせいで莉子はとーっても大変だったんだからね?」
学校に来て早々、莉子さんに絡まれて面倒臭い状況に追い込まれてしまった。
せっかく絋さんとお付き合いできて、蕩けるほど甘ったるい夜を過ごす予定だったのに、ホームセキュリティや警察の方々の対応に追われてそれどころではなくなってしまったのだ。
「………もう私に関わらないでくれませんか? 本当に本当に迷惑なんですけど」
「やーだ! 莉子、モヤモヤすることがあったら分かるまで追求するタイプなんだもん! ねぇー、及川さん! 絋ってどんな人なの? 何でそんなに好き好きなの? エッチが上手いの、どうなの?」
この人の頭の中ってそういうことしかないのかな? そんな言いつつ、私も同じようなものだから、否定はできないけど。
でも、絋さんの良いところなんて絶対に教えてあげない。
そもそも何で呼び捨てなの? おかしくない? 絋さんにとって何者でもない立場なのに!
ぷくぅーっと頬を膨らませて沈黙を貫いた。
絋さんの名誉挽回をする気は毛頭ないけれど、貶したことも許していない。
「そうですよ、及川先輩。この人には何も教える義理はありません。未来永劫、永久的に頭を悩ませていたら良いんです。ちなみにナル先輩の良いところなら、骨の髄まで教えてあげても良いですけどー?」
私の肩に
「鳴彦の良いところォ? そんなの絶倫と顔以外にあるの?」
「なっ! ちょっと何ですか、その言い草は! 莉子先輩がナル先輩のセックスについて語らないで下さい! ちょーっと味見をしただけで全てを知った気にならないでください!」
「えー、単調に腰振ってるだけのくせに威張らないでくれないー? セックスなんてどれも一緒でしょ?」
「違いますー! ナル先輩のエッチはバリエーション豊富なんですから! ノーマルからアブまで、道具を使った限界突破なエチエチなのから濃厚で脳も身体もとろけそうなくらい甘々な」
「もう、学校でそんな話をするのはやめて下さい! 他の人のセックスなんてどうでもいい! 今は私と絋さんのことでいっぱいなんですから、余計なことは言わないで下さい‼︎」
真面目で大人しいで名が通っている私が大声を出したものだから、二人だけでなく回りの級友達も驚いた顔で黙り込んだ。
「「ご、ごめんなさーい……」」
分かればいい。やっと静かになった教室で、私はニヤけた口元を隠しながら、これからのことを考えていた。
やっと念願の恋人同士になれたのだ。何をしようかな?
(恋人同士っていったらデートでしょ? それに旅行とか……? ううん、そういうことじゃなくて、やっぱり……エッチなこともしたりするよね?)
お風呂場の時に密かに触った彼のモノは、固くて大きくて。あんなのが自分の中に入るって考えただけで恐くなる。その反面、想像しただけで身体が熱くなるのも事実だった。
「どうしよ……早く絋さんに会いたくなっちゃった♡」
唇に親指を当ててキスの感触を思い出す。
最近覚えた大人のキスも、心臓がドキドキして興奮する。あれよりも恥ずかしいことをするんだって考えただけで頭がいっぱいになる。
そんな時、恐る恐る近付いてくるクラスメイトに気付いた。何だろう?
「あ、あの、及川さん! 隣のクラスの水嶋くんが呼んでるんだけど」
「水嶋くん?」
教室の出入り口に視線をやると、申し訳なさそうな顔をした水嶋くんが立っていた。
そうだった、昨日私は彼に襲われそうになっていたんだった。
(彼氏とか、なんか色々言っていたし、放っておくと面倒なことになる可能性もあるよね……?)
せっかく絋さんと両想いになれたのに、余計な面倒事を起こされたら堪ったものじゃない。怖くないかと言えば嘘になるが、きちんと話すべきだろう。
私は彼の言い分を聞きに席を立った。
————……★
教室から少し離れた渡り廊下。
人通りは少ないが無人ではないこの場所で、私達は昨日の出来事を語らうことにした。
「及川さん、その……俺! 昨日は酷いことをして申し訳ございませんでした!」
深々と頭を下げて、思ったよりも素直に謝罪してくれたことには驚いた。良かった、ちゃんと良心のある人だったようだ。
「ううん、私の方こそ安易に頼ってごめんなさい。水嶋くんの気持ちも考えないで、私も悪かったと思うし……」
これでお互い水に流して終わり——と思ったが、水嶋くんには言いたいことが残っていたらしい。
口籠る彼に「どうしたの?」と声をかけると、心配そうに胸中を告白してきた。
「いや、あんな時間に泣いていた及川さんを思い出して……。問題は解決したのかなって思って」
何だ、そんなことか。
優しいのか、それとも下心を隠すために優しいふりをしているのか分からないけれど、ちゃんと真実を伝えるのも優しさだろうと、私はにっこり笑って教えてあげた。
「心配してくれてありがとう。無事に
「か、彼氏………」
せっかく明るくなった顔がズーンと暗くなった。そんなに落ち込まれても仕方ない。
でもね、水嶋くん。自分の過ちをしっかり反省して謝罪できるあなたは良い人だと思う。きっと素敵な彼女と楽しい恋愛ができると思うから。
「そうか……うん、分かった。これからは彼氏と仲良くして、夜中に家出しないようにしてくれよな?」
「水嶋くんもね」
とは言いつつ、しばらくの間性癖を拗らせてしまった水嶋くんに春は訪れず、一人悶々とした日々を過ごしたことは別のお話。