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第17話:子どもと大人の戸惑い



「はぁ……」


朝から学校で深いため息をつくと、隣にいた麻美が言って来た。


「なーんか、幸せのため息って感じじゃなさそうね」

「分かりますか、麻美さん」


あたしはいつものように、ひじを机につけながら話しはじめる。


昨日。

恭ちゃんから、昔あったことを全て聞いた。


話さなきゃいけない話。

なんて言うからそれなりに覚悟はしていたけど、やっぱり少し落ち込んでしまった。


あたしの他に家庭教師をしていて子がいたことや、その子が恭ちゃんを好きになり、進路を変えてしまったこと。


あたしと付き合っている今でも、自分が進路を変えてしまうようなことがないか怖いと思っていること。


全て話してくれた。


正直に話してくれたのは嬉しかったし、その場は気持ちも晴れたんだけど、家に帰ってからあたしはまだまだ恭ちゃんのことを知らなかったんだなって落ち込んでしまった……。


そんな悩みを麻美に話すと、彼女は言う。


「それは贅沢な悩みだよ!」

「贅沢かなあ……」


確かに、贅沢って言われれば、そうかもしれないけど……。

恭ちゃんはあたしを大事にしたいって言ってくれたわけだし……。


「元々あんたは恋愛対象外って言われてて、それでも恭ちゃんは好きだって言ってくれたわけでしょ?そんな事で悩むなんて贅沢だよ。だって恭ちゃんが今好きなのは彩乃に変わりないんだから」


びしっとあたしの頭を叩いて叱る。


そうやって前向きに考えてもいいのかな……?


なんだか付き合う前は勢いで恭ちゃんにぶつかって行ってたから良かったんだけど、付き合えた今は、本当にあたしと付き合ってて良かったのかなとか、もっと恭ちゃんにはいい人がいるのかもしれないとか、色んなことを考えちゃう。


それだけ自分に自信がないんだよね……。


「いーい?あたし達はね!いわばまだ発展途上。伸びるとしたらこれからでしょ?だから今頑張れば大人っぽくもなれるし、自分が恭ちゃんの彼女だって自信も持てるよ」


なんかそうやって麻美に言われると、本当にそんな気がしてきた。


そうか、これから……。

なにも今すぐ!なんて思うことないのか。


これから恭ちゃんの隣に堂々と立てるようになればいいのか……。


そうだよね。

頑張ろうっていう気があれば、まだまだ成長出来るよね。


「あたし、頑張るよ」


あたしが意気込みながらそう言うと、麻美はニヤニヤしながら聞いて来た。


「なぁに、その首に付けるの。もしかして彼氏から?」

「うん……恭ちゃんが買ってくれたんだ」


「ホントに、なにを自信無くすことがあるんだか。幸せじゃない」


昨日のことを思い出し、へへっと照れ笑いを浮かべると麻美はため息をついた。


昨日は話を聞くのが精いっぱいだったから、今日の夜行って昨日色々言えなかったこと、素直に言ってみようかな。


そうと決まれば、早く恭ちゃんに会いたくなっちゃったなあ……。


少しワクワクしながら、授業を受けると放課後はあっという間にやって来て、気づいたらホームルームは終わっていた。


「はぁ~~終わった」


教科書をカバンにつめてると、先に準備を終えた麻美がこっちにやって来て言う。


「じゃあ、あたし今日は用事あるから先帰るね。また明日」

「うん、またね~」


手をひらひらと振って帰っていく麻美。

麻美、最近用事が多いな……。


お化粧も念入りにしてたし……。


まさか、会ってるとかある?


いやいやそんなことないか。

あたしも準備が終わると、すぐに恭ちゃんに連絡をした。


「今日の夜、恭ちゃんの家に行くね……っと。よし帰ろう」


連絡し終わって立ち上がると、あたしは教室を出た。


家まで向かう途中の駅に、昨日行ったショッピングモールがあるから、そこで恭ちゃんになにか買ってこようかな。


昨日のお礼……。


なにがいいかな?


あたしは手でネックレスを触ると、ふふっと微笑んだ。


恭ちゃんからの大事なプレゼント。

不安になっても、これがあるだけで大丈夫だって自信がつくんだ。


あたしはご機嫌にショッピングモールの中に入っていった。


この後、最悪の再会をするとも知らずにーー。


そうだ、昨日のお礼になにかご飯を作ってあげるのもいいかもしれない。

そんなことを考えながら、ショッピングモールに向かうと、お店に入っていった時、誰かに声をかけられた。


「あの、ちょっといいですか?」


呼ばれた声をたどるように振り返ると、そこにいたのは昨日恭ちゃんと話していた女の人だった。


この人……なんでここに……。


「ちょっとお話、したいんですけど……」


ふりふりの可愛らしいワンピースを来た女性は、可愛らし恰好とは逆に言葉が強気だった。


あたしに、話し……?


なんの話しだろう。

この女の人とあたしの接点は恭ちゃんしかない。


だとしたら、きっと恭ちゃんの話しだ。


嫌な予感がする……。


不安を抱えながらも、あたしは断ることが出来ず、女の人について行くことになった。


こうして連れてこられたのはショッピングモールの中に入っているファミレスだった。


店員さんに案内されてイスに座る。

すると、その人は「好きなの頼んでいいから」と言ってメニューを渡して来た。


あたしは飲み物だけを注文して、取りに行く。

すると、落ち着いてきた頃、目の前の彼女は自己紹介をし始めた。


「あたし、新山美優といいます。あなたの名前は?」

「あたしは……宮原彩乃です」


お互いに名前を名乗るけれど、気まずい空気が流れてあたしたちは沈黙する。


美優さんはなにを言いたいんだろう……。

すると、美優さんは言葉を詰まらせながらもすぐに本題に入った。


「今日あなたをここに呼んだのは、恭平くんのことです」


やっぱり……。


「恭平くんと昨日……話した後、渡し忘れたものがあって、私……戻って来たの。だけど……」


そう言って美優さんは私の顔をちらりと見る。


昨日。


──ドクン、ドクン。


美優さん、戻って来てたんだ……。


「その時に見ちゃったのよね、あなたと恭平くんが手を繋いでいるとこ」


やっぱり……。

昨日恭ちゃんから、美優さんに好意を寄せられていたって聞いた。


だったら次に出て来る言葉も簡単に予想ができる。


「どういう関係なの?昨日は恭平くん、妹って言ってたよね」


やっぱりこれだ。


あたしはうつむいた。


昨日、恭ちゃんがあたしを妹だって紹介したのにはちゃんと理由があると思う。


それをあたしがここで壊してしまってはダメだ。


必死で我慢しながら、小さい声で答える。


「妹、です……」


しかし、その言葉は美優さんには効かなかった。


「ウソつかないで!妹と手を繋いで歩くなんて不自然でしょ」


「…………。」


なにも言えなくなってしまって黙っていると、美優さんはさらに問い詰める。


「今日あなたの服装見てビックリした……。あなた高校生なの?」


まずい……。

どうしてあたしは制服のまま、ここに来てしまったんだろう。


どう足掻いても、言い逃れができない。


「恭平くんが高校生なんかと付き合ってるなんてあり得ないんだけど!」


怒りを含みながら、まっすぐにあたしを見る美優さんと目が合う。


すごく強気な眼差しだった。


「どういうつもり?」


美優さんはあたしを問い詰めてくる。


「それは……その、」


もう無理だ。

隠すことはできない。


あたしは素直に伝えることにした。


「付き合ってます……」


すると、美優さんはかっと顔を赤くして声を荒げた。


「あんたみたいななんの取り柄の無さそうな人がどうやって恭平くんを自分のものにしたわけ!?同情でも買って取り行ったの!?」


「ち、違……そんなんじゃ……」


「じゃなきゃありえないでしょ」


美優さんはふっと鼻で笑いながら言った。


「だいたいさ、昨日だって妹とか言われちゃって、周りに紹介するのが恥ずかしいから恭平くんはそう言ったんでしょ」


「…………」


その言葉に言い返すことが出来なかった。


「つり合ってないし、恭平くんも迷惑してると思うから別れてあげてくれる?」


ぐっと唇を噛み締める。


別れるなんて嫌だ。


絶対にそんなことしたくない!


あたしは美優さんのその言葉に大きな声で言い返した。


「別れません!確かにあたしはつり合ってないかもしれません。でも恭ちゃんは……あたしのことそうやって傷つけることは絶対しません!ちゃんと説明してくれる。自分の気持ちだってちゃんと伝えてくれます」


「はあ?なにムキになってんの?愛されてるって勘違いしちゃってさ。思い込みたいだけじゃない」


「違います」


ここで折れたら、ダメだ。


昨日全て話してくれた恭ちゃん。

恭ちゃんは自分の見栄のために、あたしたちの関係を隠したりしないんだって改めて分かった。


だからここで負けちゃダメだ。

そう思っていた時、美優さんは不適に笑うとある言葉を言った。


「じゃあ教えてあげる。あたしと恭平くんの昔のことを」

「……え」


それは自信たっぷりな顔で、聞いたらきっと嫌な気持ちになるということは分かった。


「恭平くん、あたしのこと話してた?」

「少し……」


「そうなんだ。でも少しだけでしょ?話したらあなたを傷つけることになるから言わなかったんじゃない?いや、言えなかったのかも」


美優さんはあたしの気持ちなんてお構いなしに続ける。


恭ちゃんが言えなかったこと……?


不安に思っていると美優さんは告げた。


「いい感じだったのよ、あたしたち。家庭教師をしてもらってる時にデートに行ったこともあるし、後ね……こっそりお家の中でキスだってしたことあるんだから」


ズキンっと心臓に突き刺さる言葉。

信じちゃいけないと、言い聞かせてもドクドクと心臓の音がなる。


いやだ。

違うよね。


きっと美優さんが意地悪で言ってるだけだ。


「それでね。昨日、連絡来たの。恭平くんから」


「え……」


ウソだよね……。

だって昨日、恭ちゃんは美優ちゃんからの連絡先を破いて捨てていたはずだ。


「恭ちゃんは連絡先……」


「あっ、メールアドレスじゃないよ。あたしのSNS探してDMしてくれたんだよ~」


「SNS……」


「あれ?聞かされてなかった?彼女なのに?秘密にしたかったのかなあ~そりゃぁわざわざ家帰ってSNS探してくれるくらいだもんね?」


美優ちゃんの声が聞こえてなくなる。


ウソだ。

恭ちゃんは絶対そんなことしない。


だって言ってくれたもん。


『なんで大事な彼女とデートしてる時に他の人が目に入るんだよ。俺はあの時彩乃のことしか考えてなかったよ。その証拠に……』


『これはいらない』


美優ちゃんからもらった連絡先を破いてくれたのは、入らないからとかパフォーマンスのためにしたんじゃなくて、本当に連絡するつもりがないという証明のため。


恭ちゃんはそういう人だ。


あたしの知らないところで美優ちゃんに連絡したりなんて絶対にしない。


「恭ちゃんはそういうこと絶対しないよ!」


あたしは強気で言った。


しかし、美優ちゃんの顔は余裕のあるままニヤリと笑う。


「会いたいって言われたの。ウソじゃないよ。その証拠にね……」


美優さんはそう続けると、恭ちゃんから来たメールの画面を見せて来た。


「……っ」


そこにはしっかりと【恭平くん】と書かれていて、今日の夜に駅前で待ち合わせしていることが書いてあった。


「どう、して……」


恭ちゃんはどうして連絡なんてしたんだろう。


あの時の言葉はウソだったの……?


じわりと目に涙がにじむ。


泣いちゃダメだ。

きっと恭ちゃんにもなにか考えていることがあったはず。


美優ちゃんとあの時のケリをつけたいとか、伝えたいことがあったとか……。


きっとそう……。

そうじゃないとあたし……無理だ。


「なにも知らないとかウケる~!だいたいさ、恭平くんが高校生なんて子どもを相手にするわけないじゃない。恭平くんはめちゃくちゃモテるんだよ?あたし、大学生の時から見てたから知ってるけど、周りにお邪魔虫たくさんいたもん!それなのに、まだ成人してもないあなたが相手にしてもらえると思った?」


──ズキン。


心臓が痛い。

歳のことを言われたらあたしはなにも言えなくなってしまう。


「いい加減気づいてくんない?あなたがしつこく迫ったからOKするしかなかったのよ。高校生のこと傷つけないために。大人としてね?」


「…………」


あたしは、美優さんの言葉になにも言うことが出来なくなって、視線をナナメ下に落とした。


すると美優さんは続ける。


「恭平くんは優しくて大人なの。大学生の頃からそうだった。お兄ちゃんと同じ歳なのに、お兄ちゃんよりも落ち着いてて優しい言葉をかけてくれる。あたしが困ってる時もすぐに相談に乗ってくれたし、気持ちにも応えてくれた。あの時、両親からの邪魔が入らなければ……あたしたちは両想いで付き合ってたはずなの。恭平くんもあたしに未練があるはずだよ」


あたしはうつむいた。

恭ちゃんの大学生の頃はよく知らない。


お母さんが見つけて連れてきてくれることはあっても、あたしは恭ちゃんの私生活に踏み込むことはほとんどなかったから。


大学生の頃にあたしの他に家庭教師をしていたことも知らなかったし、大学時代に付き合っている人がいたかどうかも分からない。


だから、そこについてはなにも言うことが出来ないんだ。


いい返せなくなってしまったあたしに美優さんはくすっと笑うと、口角を上げて言った。


「じゃあ、今日は恭平くんに会うためにオシャレしなくちゃいけないから、これで。もう邪魔するのはやめてあげてね~?」


そうやって言うと、あたしの分の飲み物代までテーブルにおいて去っていった。


「お子ちゃまはここのカフェもめったに飲めないと思うから、これでも飲んでゆっくりしていってね~」


残されたあたしは、抜け殻のようにただ考えているだけだった。


ウソだって信じたい。

だけど、美優さんのSNSには【恭平くん】と書かれていた。


メールアドレスから来たわけじゃないことも辻褄が合ってしまう。


胸がチクチクと痛み出す。


付き合ってたの?

キスしたの?

今日は会うの?


様々な疑問が頭の中を回る中、なにをしたらいいか分からない。


恭ちゃんからもらったネックレスをぎゅっと握りしめる。


大丈夫、大丈夫。

そう言い聞かせないと涙が出てしまいそうだった。


「恭ちゃん、どうしてこんなにモテるんだよ……」


恭ちゃんの魅力はあたしが十分知ってる。


他の人が知ってほしくなかった。

あたしだけが恭ちゃんを好きだったらいいのに。


「なんて、そんなわけないか……」


恭ちゃんはモテるに決まってる。

だってカッコイイし、優しいし、余裕があるし……。


言葉遣いは悪いけど、しっかりしてるし……自立もしている。

今だって仕事でも新人なのに重要な役割を任されているらしいし……。


魅力がいっぱい。


そりゃモテるよね……。


「あたしは恭ちゃんに追いつけるのかな……」


ずっと片思いの時に思っていた言葉。

両想いになったら、そんな風に悩まなくていいんだって思ってた。


でもそうじゃない。


あたしは恭ちゃんに釣り合ってる?


将来なんでこんな人と付き合ってたんだろうって思われるような人じゃない?


こんな魅力的な恭ちゃんの付き合うには、自分だって横に並べるようにならなきゃいけなかったんだ。


だから今、自信がなくてすぐに落ち込んじゃうんだね……。


あたしはそのままお会計を済ませると、カフェを出てとぼとぼと家に帰った。


「ただいま」

「あ、彩乃……ご飯できてるけど」


「今日はいらない……」

「いらないってちょっと!」


お母さんの言葉を無視してあたしは自分の部屋に向かった。

そしてベッドに横になって、恭ちゃんにメッセージを入れる。


【ごめんね、恭ちゃん。今日はちょっと疲れちゃったから家で】


そこまで入力してあたしはむなしくなった。


今日会えるかなって素直に聞ければ、今のモヤモヤもすぐに解決する。

でも、会えないと言われた時が怖すぎてあたしは聞くことができない。


そうやって自分からフタをして逃げることしか出来ないんだ。


涙がこぼれそうになるのを必死でこらえながら入力する。


【ごめんね、恭ちゃん。今日はちょっと疲れちゃったから家で休みます】


会いたいけど、会えない。

信じたいってけど、あの【恭平くん】という文字がどうしてもフラッシュバックしてしまう。


複雑な気持ちが入り混じるその中で恭ちゃんに会うことは出来なかった。


それから少し経つと恭ちゃんからメッセージが返ってきた。


【大丈夫か?ちょっと無理しすぎたのかもな。今日はゆっくり休めよ】


恭ちゃん、優しいな……。


その優しさが苦しい。

今は仕事が終わった時間だろうか。


もし本当に仕事の後、美優さんと会うんだったら……。


その事実を知ってしまったら、ショックで恭ちゃんを責めてしまうかもしれない。


そうなったら、それこそ子どもっぽくてまた自信をなくしてしまうかもしれない。


あたしはその日、何度も時計を見て不安を抱えたまま眠りについた。



そして次の日──。

朝目が覚めて身体を起こすと、視界がぐらりと揺れた。めまいと、後頭部を締めつける鈍い痛み。寝不足だ……。


洗面台の鏡をのぞくと、くまがくっきり浮いた目がそこにはあった。


全然寝られなかった……。


当然気持ちは晴れなくて、恭ちゃんから【おはよう。体調どうなった?朝出勤する時、少し会える?】と聞かれたがあたしは【今日は係の仕事があるから先に行くと】メッセージで恭ちゃんに伝えてしまった。


避けてるみたいになっちゃった……。

いや、実際に避けてるのか……。


【そっか、無理するなよ】


それでも恭ちゃんからの返信は特に問いただすものでは無かった。


いつもなら理由くらい聞いて来るのに……。

たったそれだけのことで昨日美優ちゃんと会って、なんとなくあたしに罪悪感的なものがあるのかな、とか考えてしまう。


不安はいつまでも解消されないままだ。


「ちょっと、彩乃大丈夫?」


授業中。

ぼーっとしていたあたしを麻美が心配してくれた。


抜け殻みたいに遠くを見つめて、口数も少ないくから心配してくれたんだろう。


「うん、平気だよ。眠かっただけだから……」


いつまでも麻美に心配かけていちゃダメだと思って笑って誤魔化すと、彼女は顔を曇らせながらも言った。


「なんかあったらちゃんと言いなさいよね」

「ありがとう」


麻美がそう言ってくれるだけで少しだけ気持ちが楽になった。

とはいえ、問題を解決させないことには、私の気持ちが晴れることはないだろう。


いつまでも恭ちゃんから逃げていてはダメなのは分かっているんだけど……恭ちゃんに事実を聞くのが怖い。


あの日、しっかりと恭ちゃんは説明をしてくれた。


あの目にウソはなかったと信じていたのに、美優ちゃんに会っただけであんなに不安になってしまうなんてあたしもまだまだダメだね……。


そして、学校終わった放課後──。

あたしは麻美とふたりで靴を履き、校舎を出た。


「元気ないなら美味しいものでも食べに行く?少しは気晴らしになるかも」


「ありがとう……麻美、ホント優しすぎる……」


そんな話をしながら、校門を出た時、あたしは目を大きく見開いた。


「なっ……、どうして……」


なぜならそこには美優さんが立っていたから。


あたしと目が合うと、すぐにこっちに駆け寄って来て言う。


「話があるんで、いいですか?」


それは昨日より鋭い口調だった。

またなにか言われるの……?


不安に思うけれど、断ることも出来ない。


「あなた、急になんですか?」


麻美がそう言ってくれるけれど、あたしは麻美に「先に帰ってて」と声をかけて別れることにした。


「本当に平気?」

「うん、大丈夫だから」


本当は麻美が一緒にいてくれたら、心強かったけど、そこまで彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。


もう十分迷惑かけているし……。

そして麻美が去っていったのを確認すると、あたしは美優さんについて行った。


「あの、話ってどんなことですか?」


「それはついてから説明するから」


美優さんはふんっと顔を反らし、それしか話してくれなかった。


こうしてやって来たのはすぐ近くの喫茶店だった。


席に座ってドリンクを注文すると、昨日よりも性急に話に入った。

今日の美優さんはなんだか余裕のないような感じだった。


「今日は、大人の話をしましょう」


すぅっと息を吸った美優さん。


その前に聞かなくちゃいけないことがある。


「昨日……恭ちゃんに会ったんですよね?」


「ええ、会ったわよ。それと関連した話だから」


なにを言われるのかと思ったら、次に出て来た言葉は驚くべきものだった。


「恭平くんをあたしにくれない?」


「な……っ、なに言ってるんですか?」


「昨日ね、恭平くんと会ったの。ふたりきりの時間をゆっくり過ごして、会えなかった時間を埋めるように話をたくさんした」


その言葉にズキンと心臓が痛んだ。


いやだ。

そんなこと聞きたくない。


「すごくいい時間だったわ……」


そんなの嫌だよ……。


「それでね、恭平くんと話し合いをしたの。恭平くんの気持ち……全部教えてくれた。恭平くんはあなたと別れてあたしと付き合いたいと思っているんだって」


「えっ」


時が止まったみたいに、頭に岩が落ちてきたみたいにショックを受けた。


「でもあなたが高校生だからこじれると色々大変なんだって。厄介だからもう少し待って欲しいって言われたの。必ず分かれてあたしの元に戻ってくるからって。手を握って言ってくれたわ」


美優さんはぽっと顔を赤らめながらそんなことをつらつらという。


聞きたくないのに、耳をふさぐことはできなくて、苦しいだけが待っているまるで拷問みたいな時間だった。


「恭ちゃんが、本当に……そんなこと言ったんですか……?」


「そうよ。当然でしょ?恭平くんはずっとあたしのことが好きだったの。恋焦がれて、でもあたしの両親に引き離されてしまった。ずっと恋愛感情が残ってから恋愛することも出来なかったんだって」


たしかに恭ちゃんはあたしといる時は、誰かと付き合っているような様子はなかった。


それは仕事が忙しいからだと思っていたけど、本当は違うの……?


「そんな中、再開したら一気に気持ちが戻ってきたみたいなの。あたしと一緒……ずっと恭平くんを探していたんだもん」


両手をぎゅうっと合わせて微笑む美優さん。

私の恭ちゃんを信じたいという気持ちの糸はボロボロに擦り切れていた。


「それでね、待っててもいいんだけど……あたしはできるだけ早く恭平くんと付き合いたいわけ……だからあなたから別れを告げてもらおうと思って」


平然とそんなことを言ってのける美優さん。

でもあたしは首をふった。


今はもうボロボロの状態だ。


恭ちゃんを信じたいけれど、信じていいのか揺れてしまっている気持ちもある。


でも美優さんに言われたからって別れを告げることはしない。


恭ちゃんがそれを望んでいるなら、しっかりと話し合って気持ちにケリをつけたいと思うから。


「私は恭ちゃんのことが好きです……だから別れたいなんて自分からは言いません!でも……恭ちゃんから言われたら、あたしはしっかり恭ちゃんの意見を尊重したいです」


私がしっかりとした眼差して美優さんを見ると、彼女は苛立ちをぶつけるようにドンっと机を叩いた。


「恭ちゃん、恭ちゃんうるさいのよ!」

「……っ!」


「別れろって言ってんの!あんたから!本当高校生のガキってうざいな~!自分の気持ちばっかりでわがまま。おこちゃまとしか言いようがない。どうして彼の気持ちを分かってあげることが出来ないの!」


「分かってあげようとは思ってます……でも話もしないで別れを告げるのは違うと思うから……」


すると美優さんは冷静を取り戻すように息を深くすった。


「そう、ならしょうがないわね」


そう言い出して私の方を意地悪な眼差しで見る。


「あたしね、昨日恭平くんの会社どこで働いているのか教えてもらったの。ずっと知りたかったんだけど、教えてくれたんだ。それでね、行ってみようかなって思ってるの。ねぇ……この意味分かる?」


そう聞かれた時、美優さんの言っていることが分からなかった。

でも嫌な予感がした。


「なにを、しようとしてるんですか」


美優さんがなにかしようとしている。


それだけは分かる。

すると彼女はニヤリと笑って言い放った。


「あたしがあなたと恭平くんが付き合っていることを会社にバラしたら恭平くん、どうなると思う?」


「なっ……」


「未成年と付き合ってるなんて言われたら下手すればクビ。クビにならなくても会社では立場をなくすでしょうね」


「どう、して……っ」


声にならない声が出て、美優さんを見つめる。


あたしの血の気がさあっと引いた。


恭ちゃんがクビ?会社にいられなくなる?


あんなに一生懸命働いてる恭ちゃんが会社にいられなくなるなんてそんなのは酷すぎる。


それに美優さんだって恭ちゃんのことが好きなんでしょ?

それなのに、どうしてそんなこと出来るの?


「あなたに恭平くんは相応しくない!あたしから、あなたにお願いするのは一つよ。恭平くんと別れてちょうだい。そしたら会社には言わないでおいてあげる」


こんなのは、お願いなんかじゃない。

脅迫だ。


だけど、屈しちゃいけない。

だって、だって……。


「好きな人を傷付けることが出来るような人に恭ちゃんは渡せません!」


あたしのことはどんなにけなしたっていい。

つり合ってないとか、子どもっぽいとか言われたっていい。


でも……それでも恭ちゃんの大事なものを平気で奪える人になんて渡せない。


「美優さんも恭ちゃんのことが好きなんでしょ!だったら……好きな人が不幸になんてなって欲しくないって思わないの!?」


「な、なによ……っ。あんたがすっと別れれば恭平くんは不幸にはならないでしょ?邪魔者のあんたがいるからこうするしかないんじゃない!」


「そんなのおかしいよ……っ!好きな人……大事な人は傷ついてなんて欲しくない。好きな人の大事なもの簡単に奪える人に 恭ちゃんは渡さない!」


ハッキリと言い放つ。

すると美優さんは頭に血がのぼったのかかっとした表情で言った。


「生意気なガキ……!脳内はお花畑で都合のいい言葉しか言えない。そんな風に言うならさ、あなたになにが出来るの?」


「えっ」


なにが……。


「勢いよく言って来たけど、会社にバラすって言ってる私をどうにかして止めることが出来るわけ?」


「そ、それは……」


阻止すること……そんな力、あたしにはない……。


交渉することだって、美優さんを止めるような取引だって出来るわけじゃない。


なにも答えられないでいると、美優さんは言う。


「ふんっ、けっきょくなにも出来ないじゃない。だから子どもと大人じゃ釣り合わないって言ってるのよ!あなたみたいな子どもは、漫画の中の空想の世界でものを言ってるの。正論ぽく聞こえてるけど、その状況を変えることなんてこれっぽっちも出来ない」


美優さんの言っていることは正しかった。


あたしは美優さんをハッキリと否定した。


おかしいと告げた。

でもそうやって大きな声を出すだけで、他に出来ることはない。


なにも状況を変えられるわけじゃない。


今は自分は無力だと実感することしか出来ないんだ。


「あなたが言った好きな人を傷付けるって言った言葉。それは、あなたにも当てはまるんじゃないかしら?そうやってイジ張ってあなたが恭平くんと別れなかったばっかりに、恭平くんは職を失い、それから好きな人と一緒になる機会も失うかもしれないの。そうやって、恭平くんの大事なもの奪ったのはあなたになるわ」


あたしが恭ちゃんの大事なものを奪ってる……?


今、恭ちゃんと付き合っていることで恭ちゃんは不幸になっているんだ。


なにも出来ないくせに口だけで、いざという時、守ってもらうことしか出来ない自分。


そして、こうやってまた迷惑をかけてしまう。


それだったら……恭ちゃんから離れた方が、いいのかもしれない……。


「今日ここで決めてくれる?どのくらい待ってもいいから答えを出して。それまであたしは帰らない」


美優さんの言葉にあたしはじっと考えた。


恭ちゃんの幸せ。


それはなんだろう……。


自分の仕事を一生懸命やれる場所と、幸せにしてくれる人。


恭ちゃんが仕事に悩んだ時、あたしはそれを解決してあげることはできない。

それはまだ仕事というものを経験したことがないから。


きっとあたしはこの先も、幼くてなにも出来ないことを痛感することになるだろう。


それなら……やっぱりあたしは恭ちゃんの隣にいるべき存在じゃないと思う。

歳も同じくらいで、同じレベルの考え方ができて対等に付き合っていける。


そんな人と一緒にいることが、きっと恭ちゃんのためになる。


「分かりました……」


恭ちゃんの幸せを願うなら、どうすればいいかは決まってる。


「絶対に会社には言わないでもらえますか?」

「ええ、あなたが別れを告げるというなら」


恭ちゃんが大事にしているものを守るため、恭ちゃんが幸せになるために、あたしが出来ることが”離れること”であるのなら……。


「別れます……」


これを決断するしか無いんだと思う。


子どもだと、こんなことでしか背中を押せないけれど、それでも恭ちゃんのことが、大好きだったよ。


一番一番大好きだった。


いっつも、いっつも足りなくて、背伸びしてるのに全然届かなかったけど、それでも隣に並べるのが嬉しくて頑張った。


だけどね。

あたしがいることで恭ちゃんに迷惑がかかってしまうなら、あたしは頑張りたくないの。


あたしがもっと恭ちゃんと並べるような大人だったら良かったな。


恭ちゃんがピンチの時に助けてあげられる人が良かった。


口だけじゃ、どんなに正論言ったってなにも解決出来ないから。


「じゃあ、そういうことでよろしく」


美優さんはあたしのその言葉を聞くと、満足気な顔をしてお金を置いてそそくさと帰って行った。


恭ちゃんに言わなくちゃなぁ……。


ちゃんと言えるかな?


泣かないで……っ、ちゃんと……伝えられるかな。


お店の中であることも忘れて、ポロポロと涙をこぼす。


その涙は頬を伝って、テーブルに落ちてまたこぼれては涙を流し続けた。


そして、私は家に帰るとすぐに恭ちゃんにメッセージを送った。


【今日の夜、話しがあります。】


無理かもしれない。

上手く伝えられないかもしれない。


だけど、伝えなくちゃいけない。

大好きな恭ちゃんに、一番言いたくない言葉。


“別れよう”と──。



そして夜。

あたしは恭ちゃんが仕事を終えるのを待って外に呼び出した。


話があるから外まで出てきて欲しいと告げていて、恭ちゃんの家には入らないようにした。


「どうした?」


不安気にあたしにたずねる。


厚着をして出て来た恭ちゃんは、ラフな格好に着替えたらしく優しく声をかけた。


「ううん別に……」


「なんで外?寒いから話なら家来てゆっくり話せばいいんじゃねぇの?」


ふわりと笑う恭ちゃんの姿にきゅんっと心が音を立ててしまう。


こんなにドキドキするのに。

こんなに好きなのに。


今から言わなくてはいけない。


「いいの。大事な話だから」


あたしは首を振った。


出来るだけ恭ちゃんの顔を見ないように、下を向く。


「なんだよ、改まって。最近ちょっと変だなと思ってけどさ……」


そこまで言って話は途切れた。


恭ちゃんもなにかいつもと違う雰囲気を察知したのだろう。


恭ちゃんからもらったネックレスは家に大事にしまってきた。


まだ買って少ししか経っていないのに、留守番させてごめんね。


「………」


ふーふーと手に息をかけて温めている恭ちゃんを見て、早く言わなくちゃと自分をせかす。


だけど、言ってしまったら終わってしまう。


もう恭ちゃんに会えなくなっちゃう。


そう考えるとなかなか言葉が出てこない。


すると、恭ちゃんはあたしの首元を見て言った。


「今日ネックレス付けてねぇの?」


ちょっと寂しそうな表情で言われて胸がきゅんっと締め付けられた。


「まぁ……風呂上りだから仕方ねぇけど、いっつも付けてんのか気にしちまうな」


恭ちゃんの前なら何度だって鳴る心臓はとどまることを知らない。


好きだって、大好きだって。

もっと言いたくなくなってしまうけど、終わりにしなくちゃいけない。


美優さんと約束したから。

あたしは勇気を振り絞って言葉を発した。


「それなんだけどね……実はさ、なんて言うんだろう。やっぱり恭ちゃんと一緒にいるの、ちょっと無理かなって思っちゃって」


震える声で、でも強がって、なんでもないフリしてそんな言葉を言った。


「無理?」


本当は思ってないのに。

恭ちゃんと一緒にいられるだけで幸せなのに。


「うん。なんか疲れちゃったんだよね。歳も違うし……趣味だってやっぱり合わないでしょ?最初は年上っていいなって憧れてたんだけど……付き合ったらやっぱり違うなって思っちゃって……」


「は……突然なに言ってんだよ?」


恭ちゃんは驚いた顔をしてあたしを見る。


見てはいけない、恭ちゃんの顔を見たらやっぱりウソだって言いたくなってしまう。


ぎゅっと力強く手を握りながら、下を向いて言う。


「恭ちゃんだってそう思ってたでしょ?もう少し年上の人とか、自分と同じ歳の人だったら仕事の相談とか出来たのにな、とか。あたしは そういうのも見ていて、自分が劣ってるところばっかり見えるし、釣り合ってないなって思うし、それだったら同じ年の人と付き合ってる方が楽だしお互いいいのかなって思ったの」


釣り合ってないとはいっつも思ってた。


こんな素敵な彼氏があたしの隣にいて、笑ってしゃべってる。


恭ちゃんがまわりから、カッコイイって言われるのはちょっと妬けちゃうけど、でも一緒にいられるのが幸せだった。


疲れるなんて一度だって思ったことない。


だって恭ちゃんはあたしを安心させるようにしっかりと向き合ってくれたから。


「そんなこと思ったことねぇよ……一回も。付き合ってる相手が彩乃じゃなきゃよかったなんて思ったことない」


「ウソだよ。そんなの思わない方がおかしいって」


わざと声を明るくしておどけながら言う。

しかしその言葉に恭ちゃんは、真剣な声で答えた。


「なんでそうやって決めつけるんだよ。仕事の話しだって俺は別に語り合いたいとか思ってねぇし、彩乃が側にいてくれれば疲れだってふっとんじまう。それでいいだろう?なにも問題はないだろ?」


ダメだ。

泣いちゃいそう。


いつも意地悪なこと言ってくるのに、こんな時だけ優しい言葉言わないでよ。

好きすぎて、傷つけるような言葉を今から言う自分が嫌になる。


ごめんね、恭ちゃん。

ウソでもこんなこと言ったりして。


「あたしは思ってたよ。疲れるなって。こんなに疲れるとさ、付き合ってるのが楽しくないの」


本当はさ、恭ちゃんと付き合えてからすっごい楽しくて幸せだった。


ウソついて、ごめん。

ひどいこと言って、ごめん。


だけどさ、やっぱりあたしにはこれをすることでしか恭ちゃんを守れないから

だからさ……。


「別れてほしいの」


本当はもっとありがとうとかごめんねとか、いっぱい言いたいことはあるんだけどね。


今これ以上言っちゃうと、好きって言葉もいっちゃいそうだから……言えないや。


あたしは恭ちゃんを見ないようにして、出来るだけ淡々と言い放つと、手を力強く握りしめた。


泣くのは恭ちゃんがいなくなってから。


そう心の中で言い聞かせていた時、恭ちゃんは言う。


「こっち向けよ、彩乃」

「……っ」


あたしは唇をかみしめる。


なんで……?

なんでそんなこと言うの?


「お前が本当にそうやって思ってるなら、俺の顔見て言え」


気づかれないように頑張ってたのに。

なんで気づいちゃうんだろう。


あたしが甘いのかな、それとも恭ちゃんが鋭いのかな。

でもどこかでこうなるかもって思う自分もいた。


恭ちゃんはいつもあたしのことを見てくれているから。


だから、伝える練習しといてよかったな。

隠せるように鏡見て練習して良かったな。


「本当に思ってるよ」


顔をあげ、恭ちゃんの目を見てあたしは真剣に伝える。


精一杯のあたしの演技をどうか見破らないで。


あたしのウソを信じて。


しかし、恭ちゃんはあたしに一歩、近づくと言う。


「俺のこと、ナメんなよ。お前が泣きそうな顔してんのに、気づいてやれないわけねぇだろ。そうやって見逃すわけないだろう」


あれ、おかしいな。

あんなに泣くのを我慢して言ったのに、やっぱり相手が悪かったのかもしれない。



恭ちゃんには敵わないや。

最初から、ずっと。


「……っ、恭ちゃん……」


ゆっくりと、あたしに近づいてくる恭ちゃん。


だめ、だめ。

来ちゃだめ。


決心が鈍っちゃう。

そして、恭ちゃんの手があたしの頬に触れようとした時。


──パシン!


あたしは恭ちゃんの手を振り払った。


「そういうのが重いんだってば!」


そして恭ちゃんを突き放す。


ああ、今恭ちゃんが傷ついた顔をした……。


こんな顔、させたくなかったな。

出来ればもっと優しく言って終わりたかったな。


切ない。

そして苦しい。


こんなこと言わなくちゃいけないと決まっていたなら、初めから付き合わなきゃ良かった。


好きだと言わなきゃよかった。


「ごめん。もう無理だから……」


あたしはそれだけを言うと一方的に家にかけこんだ。


恭ちゃん、ごめんね。

本当にごめんね。


ついに耐えきれなくなって流れた涙を拭いながら、母親の言葉も聞かずに部屋に行く。


あたしの机の上には恭ちゃんが買ってくれたネックレスが置いてあって、ポロポロと涙がこぼれた。


「……っく、恭ちゃん……」


あたしが欲しがっているのを見て、ネックレスを買ってくれた恭ちゃん。

似合うなって笑いながらそう言ってくれた。


『足りない?』


少し意地悪なところと。


『アイツのこと名前で呼んでたじゃねぇか』


たまにヤキモチ妬きなところ。

それでいて。


『俺のこと、ナメんなよ。お前が泣きそうな顔してんのに、気づいてやれないわけねぇだろ。そうやって見逃すわけないだろう』


最後まで優しいところ。


あたしのことしっかり見ていてくれる。


そんな恭ちゃんが……。


「大好きだよぅ……っ。」


いつまでもずっと。

言えなかった言葉を吐きだしても受け取ってくれる人はいない。


伝わらない好き。

どうしていつも恋愛って苦しいんだろう。


あたしはただずっと恭ちゃんを思っていただけなのに、どうして神様はこんなにあたしにイジワルをするんだろう。


両想いになった恋はもう一度片想いに変わる。


それは永遠に。

それでもいい。


恭ちゃんが幸せになってくれるのなら私はそれでーー。





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