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第20話:子どもと大人のもうひとり(?)


なんとか恭ちゃんと寄りを戻すことになったあたし。


「もう~!心配かけさせないでよね」


それを麻美に報告したところ、なにやらすぐにスマホをいじって連絡をしていた。


「あ、あの……麻美姉さん?一体誰に連絡しているので?」

「そ、それはいいでしょ……!色々大変だったんだから!あんたたちがそんなんだから私だって……」


麻美が珍しく顔を赤く染めながらごにゃごにゃ言っている。


匂う……これは恋の匂いだ。


「もしかして千葉さんとけっこう頻繁に連絡取ってる?」


「……さぁ?どうでしょう」


濁された……。

麻美はそれだけ言うなり自分の席に戻ってしまった。


絶対怪しいよね、今の……!


「っていうわけでね、絶対ふたりの間になにかあると私は思うのよ!」


夜になり、恭ちゃんの仕事帰りを待っていたあたしは、家の近くの公園で話をすることにした。


「そうか?千葉は別になにも言ってなかったけどな」

「いや、麻美のあの顔は見たことないわ」


麻美ってあんまり人を好きにならない節があるし、麻美自信が大人っぽいからクラスの男子なんて子どもっぽく見えると思うんだよね。


でも千葉さんは大人だし……案外麻美と相性がいいのかも?

なんてそんな話をしていた時、恭ちゃんは真面目な顔でこちらを見つめながら言った。


「なぁ、彩乃。お前を嫌な気持ちにさせるかもしれないんだけど、言ってもいいか?」


「えっ」


ドクン。

心臓が強く音を立てる。


そんな前置きを伝えてから言う話ってなんだろう。


やっぱり美優さんのこと……?


不安に思いながらも、私はこくんと頷く。


もう逃げるようなことはしたくないって決めたから……。


すると恭ちゃんは言った。


「あの後さ、また美優ちゃんから連絡が来たんだ。会いたいって……」


──ドクン。


……やっぱり。

美優さんはまだ恭ちゃんが好きで、また会いたいって送ってきたんだろうか。

私がうつむくとさらに恭ちゃんは言った。


「最初は断ろうと思ったんだけど、美優ちゃんが最後に全部話をさせて欲しいって。謝らせて欲しいって言われたんだ」


「えっ」


美優さんがそんなことを……?


私がゆっくりと顔をあげると、恭ちゃんは言った。


「だからさ、彩乃も一緒に来てくれないか?」

「わ、私も……?」


「ああ、ふたりきりで会うのは違うだろう?彩乃がいてくれたら少しは不安もなくなるのかなと思って」


「恭ちゃん……!」


そうやって私のことを気遣ってくれたんだな。


このまま何もなかったみたいに時を過ごすのも、きっと後から気になってしまうから、ちゃんと美優さんと会って話をする方がいいと思う。


「うん、私も恭ちゃんと一緒なら大丈夫だよ!」


「ありがとな……これで全部キレイにケリつけよう」


「うん!」


こうして私たちは美優さんと会うことに決めた。


そして約束の日──。

美優さんには恭ちゃんから一緒に行くことを告げたらしい。


彼女も分かっていたようで、なにも言わなかったと言っていた。


待ち合わせの駅前のカフェ。

窓際の席に座って私は美優さんが来るのを待っていた。


隣に座る恭ちゃんの存在が、今はやけに近く感じる。

すると、扉が開きゆっくりと美優さんが店内へ入ってきた。


彼女は、私たちに気づいてもすぐに笑わず、まるで言葉を探しているように小さく呼吸を整えた。


「……来てくれて、ありがとう」


美優さんはふっと目を伏せながらもそう告げる。


そして席の向かい側へと静かに腰を下ろした。


あの日以来だった。


恭ちゃんと別れないのなら、会社に付き合ってることを言うって言われた日。

あの時の美優さんの顔が脳裏に浮かんで怖い気持ちにもなる。


でも隣には恭ちゃんがいる。

だから大丈夫だよね?


不安に思っていた時、彼女は第一声こう言った。


「……この前は、ごめんなさい」


美優さんの声は、驚くほど素直だった。


いつもの強気な雰囲気も、張ったような態度も、そこにはなくて。

恭ちゃんもなにも言わず、ただじっと彼女を見つめていた。


「会社に言うなんて脅してごめんなさい……本当はそんなことするつもりはなかったの」


美優さんは言葉を選びながら、ぽつりぽつりと続けた。


「脅したくて言ったわけじゃないけど、自分でも、どうしたらいいかわかんなくて。でも、あなたから恭平くんを奪えば、スッキリするって思ってた。……でも、あの時彩乃ちゃんに言われて気づいた……けっきょく、自分の好きな人を不幸にしているのは、自分だって。本当は一緒に幸せになりたかったはずなのに、私が恭平くんのことを不幸にしてるって気づいたの」


その言葉に、私はカップを持つ手に少しだけ力が入った。


あの時真剣に伝えた言葉。

美優さんには伝わってないと思っていたけど、ちゃんと伝わっていたんだ。


恭ちゃんは表情を変えないまま、静かに彼女の言葉を待っている。


「自分が一番、勝手だったよ。恭平くんのこと、好きだったから……自分さえ手に入れば、他の人なんてどうでもいいって思ってた。でも……そんなことばかり考えてたから負けちゃうのかなって。高校生の子どもじゃんって正直バカにしてた。でもあなたには大事なことを気づかされた気がする……」


美優ちゃんは、絞り出すように小さな声で言った。


「本当に、迷惑かけてごめんなさい。彩乃ちゃんにも、恭平くんにも。今日はそれを言いたかったの」


その言葉を聞いて、胸の奥がほんの少しだけ、軽くなるのを感じた。


許すかどうかなんて、簡単には決められない。


でも、美優さんの言葉は、少なくとも私の中にあった棘を、ほんの少しだけ溶かしてくれた。


「……そっか。謝ってくれて、ありがとう」


私は、ただ短くそう返した。


だって分かるんだ。

同じ人を好きになったんだもん。


恭ちゃんのよさやカッコいいところ、惹かれたところ。


恋に一生懸命になるから、周りが見えなくなってしまう。


それは私も同じだったから……。


言葉にした瞬間、やっと視線を美優さんに向けられた。


彼女は、少し赤くなった目を細めて頷いた。

すると恭ちゃんは美優さんにたずねた。


「ずっと気になってたんだ。あの後の進路……どうなったのか」


前に一度聞いたことがある。

恭ちゃんがきっかけである人の進路を変えてしまったことがあると。


それが不安で私の告白もずっと遠ざけるようなことを言っていたと。


恭ちゃんはきっと、話すことによって過去の後悔を払拭できるんじゃないかって思ったんだろう。


「そういえば話してなかったね……。けっきょくあの後、恭平くんの通っていた大学は行かなかったの」


「そうだったんだ……」


恭ちゃんは安心したようにつぶやいた。


「ごめんね。ずっと迷惑かけていたんだね……。私も最近知ったの。久しぶりに実家に戻った時、お兄ちゃんが教えてくれた。恭平くんは家庭教師をやめさせられたんだって。その後もお兄ちゃんとも仲良く出来なくなったって。全部私のせいだったんだって……気づかなくてごめんなさい」


美優さんは深々と頭を下げた。


ずっと両親から伏せられていたんだろう。


恭ちゃんが自ら家庭教師をやめたんじゃなく、美優さんの両親にやめさせられたんだと聞いたら心が痛むのは無理もない。


恭ちゃんは真剣な顔で話を聞いていた。


「お兄ちゃんともあんなに仲良かったのに、本当にごめんなさい……っ」


「それはいいよ。あの時は自分たちも若かったし、上手く出来なかっただけだ。元気にしてるようならそれで良かったよ」


美優ちゃんの話によると、恭ちゃんが家庭教師をやめた後、親の説得もあり考え直して、医大に入ったらしい。


あの時は目の前が見えなくなっていた、と言っていた。


今は看護師になるために大学で勉強をしているらしい。


「そうか……」


それを聞いて恭ちゃんの表情が柔らかくなった。


やっと心の中にしこりとして残っていたものが少し取れたんじゃないかな。


「もう邪魔しないから。私が言うのはあれだけどふたりとも、ちゃんと幸せになって」


それだけ言うと、美優ちゃんは席を立ち店を後にした。


完全に美優ちゃんがいなくなって、ほっとした。


案外緊張してたんだって気がついた。


「……やっと終わったな」


恭ちゃんがつぶやく。


「良かったね」

「ああ」


その後、お会計をしてカフェの扉を押すと、春の風がふわっと吹き抜けた。


さっきまで絡まっていた胸のもやもやが全部吹き飛んだ気がする。


「いい空気だね、これからどうする?」


次の日もあるし、恭ちゃん帰るっていうかな?


「少しどっかで遊んでくか?」

「えっ、いいの?」


「ま、彩乃をこんなことに付き合わせちまったしな~ご褒美くらいやらねぇと」

「やった~!」


恭ちゃんとデート!楽しみだ!


「じゃ、駅前でショッピングでもするか」

「うんっ!」


まだまだ恭ちゃんと一緒にいられるの、嬉しいな。

駅前まで歩くと、人の波の向こうに見覚えのある後ろ姿があった。


ん?あの人たち、どこかで見たことが……って、あれ!?


「……麻美?」


思わず足を止めて名前をつぶやくと、恭ちゃんもつられて視線を向ける。


そして、タイミングよく振り返ったのは、正真正銘麻美であった。

その隣にいる男の顔を見た瞬間、私は目を丸くした。


「え、千葉さん!?」


一回だけしか会ってないけれど、よく覚えてる。


これは確かに千葉さんだ。


「お前、なんでいんの?」


恭ちゃんが目を細めながら怪訝な視線を向けた。


千葉さんは前見たスーツ姿とは違い今日はラフな服で、麻美の隣にぴったり並んでる。


「……あ」


麻美が固まった。


笑顔を引きつらせながらあたふたと口を開く。


「や、やっほー!彩乃!偶然だねー!まさかこんなところにいるとは、あははは!」


なんだろう、そのわざとらしいテンション。

そしてチラチラと千葉さんを横目で見つつ、明らかに挙動不審だ。


「な~んで、おふたりは一緒にいるんでしょうか?」


私がにやりと笑うと、麻美は必死に首を横に振った。


「ち、ちがうよ!たまたま会って、どこか行こうかって流れで歩いてただけだから!」


「へぇ、たまたまね……」


その割に千葉さんとの距離がやたら近い。

ふたりの間に流れる空気に、思わず頬が緩んだ。


これはたまたまじゃないな。

私が知らない間にふたりはふたりで距離を縮めてたってわけか。


「たまたま会うような場所でもねぇだろ」


案の定恭ちゃんもそこを突っ込んだ。


すると焦っている麻美をよそに、千葉さんは余裕たっぷりの笑みで言った。


「まぁまぁ……そこまで聞くのは野暮ってやつですよ、恭平くん?」


千葉さん余裕だなぁ……。

やっぱりふたりっていい感じなんだろうな。


私は麻美の耳元でこそっとつぶやく。


「麻美、千葉さんといい感じじゃん。お似合いだよ!」

「ち、ちがうってば!」


慌てる麻美の声に、私は首をかしげる。

恭ちゃんは横目で千葉さんを一瞥して、小さく笑った。


「お前……今度話し聞かせろよ?」


恭ちゃんはそう言い残して、私の肩を軽く叩いた。


「行くぞ、彩乃。おふたりの邪魔しちゃ悪いしな」

「そうだね!」


そして私も恭ちゃんに並んで歩き出す。


うわぁ……知らなかった。

麻美ってやっぱりこうやって休日に千葉さんに会ったりしてたんだ。


麻美は秘密主義のところがある。

人の恋愛は聞きたがるクセに自分はなにも教えないんだよね。


でも嬉しいなぁ……。


「ふふっ」

「ご機嫌だな」


私の様子を見て恭ちゃんがつぶやく。


「だって~このまま行ったら、ダブルデートとか出来ちゃうかもだよ!?」


そんなの絶対楽しいに決まってる!


「俺は同僚とダブルデートなんかしたくねぇけど?」

「ええ~!いいじゃんっ!絶対楽しいよ~」


「楽しかねぇだろ。だいたいまだ分かんねぇぞ?どっちかが狙ってるだけかもしれないしな」


「それもそうかぁ……」


でもあのふたり、本当にいい感じに見えたんだよね。


きっと麻美は千葉さんと関係が進むことになったら、自分から伝えてくれるだろう。


時間はかかっても私になら教えてくれるはずだ。


それまで私は見守っていようかな。


ニヤニヤしないで……は無理かもしれないけど、私は麻美が恋に進めることを待っている──。






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