【麻美side】
最初はなんてチャラい人なんだって思った。
こういう人が一番苦手で大キライなんだって。
それなのに……それなのに……。
【ふたりがより戻して良かったな。本当麻美ちゃんって友達思い出優しい子だな】
なに私、ときめいちゃってるの!?
意味分からない。意味わかんない!
絶対にこの人、無しだって思ってたのに、彩乃の恋を応援するうちに合う頻度とか増えちゃったし?連絡も毎日とってるし?挙句の果てにときめいた!?
いやいや、無しでしょ。そんなのダメでしょ……。
こんなに歳が離れた人との恋愛なんて想像もしたことがない。
だいたい、きっかけはたぶんあの時だ。
彩乃を大切にしない恭ちゃんとやらにイライラしながら、登下校の道を歩いていたら恭ちゃんの友達だという千葉さんを偶然見つけた。
なんとか言ってやろうと思って、駆け寄って声をかけたんだ。
『あの!単刀直入に聞きますけど。男って、というより大人は好きでもない人にキス出来るんですか?』
街中で言ったもんだから、千葉さんは慌てて私をカフェに連れていってくれた。
前会った時はなんてチャラチャラしている人なんだろうと思っていたのに、ふたりきりで話すと、千葉さんは案外落ち着いていた。
『麻美ちゃんの言いたいことは分かるよ。それで大人は好きでもない人にキス出来るかだっけ?まぁいるだろうね。そういう人も』
それだけ聞くと、私は落ち込んだ。
やっぱり彩乃は遊ばれていたのかもしれない。
年も離れているし、彩乃はまっすぐでピュアな女の子だ。その分、騙されていないか心配になることは何度かあった。
私があの時、止めてあげるべきだったのかもしれない。
そう思った時、千葉さんは言った。
『でも恭ちゃんは無理だよ、友達だからばうわけじゃないけど三谷はそんなに器用な男じゃない』
『き、気づいてたんですか!?』
なにが聞きたいのか、隠して聞いたのに気づかれていたらしい。
恥ずかしくなり、顔を赤く染めると千葉さんはおだやかに笑った。
『ふふ。麻美ちゃんがわざわざ俺に話しかけてくるなんてその関連しかないからね』
『うう……』
『優しいんだな、麻美ちゃんは』
『別に、友達が落ち込んでいたら気になるのが普通です。千葉さんはそういうこと言っていつも女の子オトしてるんですか?』
『はは……っ、手強いな?本当に思ったから言っただけだよ。そういう麻美ちゃんはどうなの?彼氏はいる?』
さっきまではまともな人かも?なんて思っていたのに、いきなりそんなことを聞かれてこの人はやっぱりチャラい人だと思った。
『いないですけど……って、あたしのことじゃなくて』
『じゃあ俺と付き合う?』
なんなのこの人……!
許せん。
大人はそうやって子どもをからかって遊んでるんだな!
『なんでそうなるんですか!チャラすぎる!』
『優しいよ俺、大切にする』
『そうじゃなくて!あたしは彩乃の……』
そこまで言うと、千葉さんは真面目な顔をして言った。
『俺だって、ふたりをくっ付けてぇよ?でもこればっかりは本人たちの問題だからどうにも出来ないんだよ』
真剣な眼差しだった。
これ以上自分に出来ることはなにもない。
そう言われているみたいで、ショックだった。
容量のいい大人はそうやって悟って無駄なことをしないのかもしれない。
私だって、自分があがいたところでどうにかなることじゃないことくらい分かってる。
でもじっとしていられなかったんだ……。
『そんなに落ち込んだ顔すんなよ』
ポンポンと私の頭を撫でる千葉さん。
すると千葉さんは私に向かって言った。
『麻美ちゃん。人生を少し長く生きた先輩のアドバイスな?』
私は顔をあげる。
『優しすぎると人生生きにくいぞ』
……なに、それ。
全然意味分からないし……。
それから千葉さんは私の連絡先を聞いてきた。
教えるかどうか迷ったけど、彩乃関連の時だけ、連絡くださいと言って念押しして私たちは別れることにした。
それから連絡が来て、ちゃんと彩乃関連のやりとりはしばらく続いた。
千葉さんは、きっとチャラチャラしているけれど真面目な面もある人なんだと思う。
こんな私みたいな子どもが「どうなんですか!」って突撃しても無下にしなかったし、しっかりと自分の考えも伝えてくれた。
まぁ……だからどうってことはないのだけど。
その日の翌日。
相変わらず彩乃は落ち込んでいた。
元気がなくて気晴らしにどこか行こうよと誘っても「今日はやめておく」と返されてしまう。
親友が元気がないのになにもできない自分がとてももどかしかった。
恋って彩乃にとってはすごく大事なものなんだね。
失えば、色を無くしてしまうほど……。
そんなにまっすぐに人と向き合うことが出来るなんて。
「すごいなぁ……」
私もそんな恋愛できるのかな。
そんなことを思いながら、私は夜の散歩に出ることにした。
彩乃が元気がないとモヤモヤする。
かと言って自分に出来ることはメッセージを入れてあげることだけ。
もどかしいのよね。
外に出て私の姉、佐知姉に相談しようと駅まで迎えに行くことにした。
佐知姉は仕事で帰りが遅くて、運よく合流出来たらと思って駅まで向かう。
するとふと、見覚えのある後ろ姿に目を奪われた。
「はい、今後ともよろしくお願いいたします」
……千葉さんだ。
商談中?
取引先のような人に深く頭を下げて改札のホームで見送っている。
すご……あんなにチャラチャラした人でもちゃんと仕事してるんだ。
なんてそんな失礼なことを考えながらも、私は取引先の人と別れた千葉さんに近寄っていった。
「仕事中は真面目にやってるんですね」
顔をあげた千葉さんは驚いた顔をした。
「麻美ちゃん、参ったな。見られてたなんて……カッコよくて惚れられちゃうかもなぁ」
「全然惚れるレベルじゃないんで安心してください」
「ちぇっ」
千葉さんは口を尖らせる。
そんな姿が面白くて思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「そんなことより」
そしてピシっと背筋を尋ねると、千葉さんはしっかりした口調で言った。
「今何時だと思ってるんですか?」
「へっ」
「こんな時間にひとりで出歩くとか危ないでしょ」
「そうかな?よくやってるよ?」
こんな時間といってもまだ9時くらいだし……。
佐知姉を迎えに行く時はいつも1人だし!
「ダーメ、もう十分暗い時間だよ。この時間で女の子ひとりなんて危なすぎる」
「なんか千葉さん、先生みたい」
「先生はちょっとな……まあ、お兄さんってところか?」
「そう、ですかね?」
「お兄さんがお家まで送るから案内しなさい」
「でも……」
千葉さん今仕事終わったばっかりだよね?
きっと早く帰りたいんじゃ……。
「いいから」
半ば強引に言われてしまって私は、家を答えることにした。
そして歩きながら千葉さんは尋ねる。
「でも、駅ってなんのためにここまで来たの?もしかして彼氏と待ち合わせしてたとか?」
ちょっとおどけたように聞く千葉さん。
「彼氏なんていませんよ。姉のお迎えのつもりで行ったんです」
「え、じゃあ連れ戻しちゃったじゃん!今から戻る?」
「いえ……連絡もないのに散歩がてら勝手に行ってるだけなんで。いつも時間が合わなければひとりで帰ったりしてたからそれは全然」
「そっか……散歩って高校生でもそんな渋いことすんだなぁ」
千葉さんは空を見上げながらそんなことをつぶやく。
「ちょっと、最近悩みごとも多いので」
私がそれだけを言うと、千葉さんはなにかを思いついたように言った。
「じゃあっ、麻美ちゃん。ちょっとおじさんの人生相談会に付き合ってもらえませんかね?」
人生相談会……?
意味が分からない。
そう思っていると、千葉さんは近くにあったコンビニに入っていった。
「せっかくだし好きなもの買ってちょっと話しましょうか」
千葉さんは嬉しそうにそんなことを言う。
本当に変な人だなぁ。
でもこのまままっすぐ帰っても気持ちがスッキリする気がしなかったからちょうどいいかも。
そう思ってアイスをひとつごちそうになると、千葉さんはそのまま近くの公園に向かった。
誰もいない公園のブランコに腰かけながら、ふたりで買ったアイスを手に持つ。
「乾杯~」
なんてお酒を乾杯するみたいにアイスをそのまま持ち上げた。
大人なのに、子どもっぽい人だなぁ……。
そんなことを考えながらもソーダ―味のアイスを口にする。
美味しい……。
「それで、悩みごとって?今ドキの高校生はどんなことに悩んでるのかな」
「なんかそれ、おじさんくさいです」
「う“……それ一番傷つくから」
う“……っと心臓を押さえている千葉さんを放置して私は話しはじめた。
「やっぱりずっと彩乃のことが心配なんです。元気なくて……気晴らししようって言っても今日はいいやって断られちゃって……友達同士の悩みだったら解決してあげられたのに恋愛の悩みだと全然ダメで……友達なのに」
すると千葉さんはとても優しい顔をした。
「俺が高校生だったら、麻美ちゃんみたいな友達が側にいてくれるだけで助けにはなってると思うね」
「そうでしょうか……」
「だって、こんなに友達のこと考えてくれる人ってなかなかいないよ。高校生ってさ、実はもっと浅くて人からの見え方を気にしたり、自分の居場所を気にしたり、もっと自分勝手だと思うんだ。それでも麻美ちゃんは、自分よりも友達のことを考えてる。それってさ、絶対彩乃ちゃんにも伝わってるよね」
そう、なのかな。
私は最初、学校ではひとりぼっちだった。
この強気な性格もあって、悪口やイジメは日常茶飯事で小学生の頃からそんなことがあったからもう慣れてしまっていた。
ひとりでいい。
思い出なんてなくたっていい。
ずっとそう思っていたのに、彩乃と出会って世界が変わったんだ。
高校時代を振り返った時に楽しかったと言える生活でいたい。
もっと自分の側にいてくれる友達を大事にしたい。
私の冷めた心をそうやって変えてくれたのは彩乃だったから……。
だから私は彩乃が落ち込んでいると、自分まで落ち込んでしまうのかもしれない。
「いい友達に出会えたんだね」
千葉さんの言葉がすとんと心の中に落ちた。
そうだ。
私は出会えた。
大事にしたい、守りたい友達に。
「でもその友達だって触れて解けてしまうほど弱くないよ」
「弱く、ない……?」
「うん。きっと自分で立ち上がろうと努力出来る人だと思う」
そう、か……。
私がなんとかしなきゃ、このままじゃダメだって思っていたけど、彩乃だってそんなにやわな女じゃなかった。
周りの友達に言い返すくらい、正しいことをしっかりと周りに告げられるくらい強い女性だ。
「だからきっと大丈夫」
「そ、っか……」
千葉さんの言葉を聞いたら、心の中に溜まっていたモヤモヤが晴れていくようだった。
そうだね。
なにかをしてあげることももちろん大切だけど、見守ってあげることも友達としての役目だ。
私は彩乃が自分で立ち上がれるようになるまでそっと見守っていけばいいんだ。
「なんかちょっと元気でたかも……ありがと、千葉さん」
「お、おお……そんな素直に言われるとなんか照れるな」
珍しく恥ずかしそうに鼻をかく千葉さん。
アイスはもうすでに食べ終わっていた。
「ねぇ千葉さん……」
もう一つだけ、千葉さんには聞いてみたいことがある。
大人としての回答を知っておきたいって思った。
「恋っていいものなのかな?」
「恋……?」
「うん、友達がしてるのをみるとすごくキラキラしてて可愛く見えるの。私はまだ恋がいいものだって知らない。でもいつか分かるようになるのかな」
すると千葉さんはまっすぐに私を見つめた。
「なるよ、きっと……一瞬で世界が考えが変わってしまうくらい楽しくて幸せな恋愛は必ず待ってる」
──ドキン。
なんだか真面目な顔をする千葉さんに私は照れてしまった。
恥ずかしくて、でもそんな千葉さんの表情から目を逸らせない。
「だってこんないい子が報われなかったらおかしいだろう?」
千葉さんは立ち上がって空を見ながらそんなことを言う。
スーツを身にまとってニって歯を見せて笑って……。
──ドキン。
強く心臓が音を立てる。
あれ……。千葉さんってこんなにカッコよかったっけ?
それが私の中でなにかが変わった瞬間だったのかもしれない。