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第22話:はじめての恋【麻美side】



千葉さんと話したその日。

彼は私を家まで送ってくれた。


気持ちがスッキリしたと同時に彼の顔を見る度にドキドキと鳴り出す心臓。

これってなんだろう……。


なんだか不思議な気持ちでソワソワして落ち着かない。


お風呂あがりの蒸気がまだほんのり残る洗面所で、私はイスに腰を下ろす。


その時、佐知姉が帰ってきた。


「ただいま~!」

「佐知姉!おかえり」


「ちょっと濡れた髪で出て来ないの」

「はぁい」


佐知姉はいつ見てもキレイな女性だ。

私の6つ上の自慢のお姉ちゃん。


美容師をしていて、仕事終わりだと言うのにメイクもほとんど崩れていない。


「今日駅まで迎えに行ったんだよ」


「え〜〜じゃあもう少し早く出れば良かった〜!連絡してくれればいいのに」


「いいのっ」


気まぐれに行く方が私の性に合ってるんだ。


「今、髪乾かしてあげるから待ってて~」


そして仕事で疲れているというのに、こうやって私を甘やかしてくれる。


「お腹空いてるでしょ?自分でやるからいいよ」


「私の癒しタイム取らないでくれる?」


佐知姉いわく私の髪を乾かす時間は、癒しタイムらしい。

美容師でたくさんの人の髪を触っているのにね。


タオルで包んだ頭は重たく、濡れた髪から水がぽたぽたと落ちるたび、床に小さな音がした。


「ちょっと動かないでよ、乾かしにくい」


私の後ろで、ドライヤーのコードを器用に巻きながら佐智姉が言う。


佐知姉がドライヤーで乾かしてくれるこの時間は、ゆっくり話ができる。


プロのくせに、家庭用のドライヤーでもすごく丁寧で。正直、気持ちいい。


「……ねえ、佐知姉」


気持ちよさと一緒に、私は今の感情を吐き出す。


「ん?」


ドライヤーの風の音が少しだけ弱まる。佐智姉の指が私の後頭部をそっと撫でながら、耳に届くように問い返してくれる。


「恋した瞬間って分かるものかな?」

「うーん、人にもよるけど、私は分かるものだと思うな」


「どういうのが恋に落ちたって証拠だと思う?」


「まぁ……やっぱり心よね。心が動き出してその人の顔がキラキラして見えるの」


「そっか……」


これはマズいな。

佐智姉が言った言葉ピッタリにあてはまってる……。


すると、彼女はほんの数秒の沈黙した後言った。


「あらやだ……麻美、好きな人できた!?」

「ちょっ……違うって!」


「あんたがそんな話してくるのめずらしいじゃない?」

「いや、ちょっと気になっただけで……友達がね?」


「そっかぁ~、ついに麻美ちゃんにも春が来たか。相手は誰なの?優しい?オラオラ系はダメよ?」


「ちょっと佐智姉!違うってば!」


こうなると佐智姉は止められない。

ほんのちょっと聞いてみたいなって思ってただけなのに、それがあだとなったらしい。


「なによ、そこまで話したんだから教えてくれたっていいじゃない」

「それは友達の話しで……」


「どんな人なの?」


ああ、これはもう逃れられそうもない。

私は膝の上に置いた自分の手をじっと見ながら、ゆっくり言葉を選んだ。


「まだ、そんなに分からないけど……チャラそうに見えて実は友達思いで、楽観的に見えて、空気が読めたりとか……しっかりしてたりとか、本当のところはよく知らない」


千葉さんには隠しているものがたくさんある気がした。


私はまだ彼の表面的な部分しか知らないんだ。


「なるほど~じゃあもっと知ってくところからはじめないとね~?家連れてきてもいいのよ?あたしがその人とくっつけてあげる」


「いやだよ、佐智姉に紹介したら佐智姉のこと好きになっちゃうもん」


佐智姉は地元でも美人で有名だった。


オシャレさもあるし、頭もいいし、人あたりもいいし……私の同級生はみんな佐智姉にくぎ付けだった。


「そんなことないのに~!でもまぁいっか。じゃあ麻美が付き合えたら紹介してよね?」


「付き合うなんて無理だと思う……」


「めずらしく弱気じゃん?今までだったら私にかかれば余裕って言ってたクセに」


今までの恋愛は同級生とかひとつ上の先輩が多かった。


それに大抵告白されたから付き合うみたいな恋愛の仕方だったから。


こんな風に自分の気持ちが変わる瞬間はあんまりなくて……今回のはまた別だ。


どうしていいか分からないし、これを恋だと呼んでいいのかも分からない。


カチっとドライヤーの消える音がする。


「ありがと……佐智姉」


「うん。恋って難しいけどさ、難しいから面白いのよ。恋愛して価値観が変わることもたくさんあるしね!頑張れ、可愛い妹ちゃん」


そう言って、佐智姉は私の頭をぽんぽんと撫でた。


「ありがと、佐知姉」


それから1週間がたった。

千葉さんとはあれから一度も会っていない。


メールだけはちょこちょこするんだけど、それくらいで進展はなかった。


そして今日、学校に行った時彩乃に話があると言われて呼び出された。


深刻な顔をしていて、またさらに嫌なことがあったんじゃないかと不安になった時。

彩乃は言った。


「えっと……昨日、恭ちゃんと寄りを戻すことになりました!」

「本当に……!?」


「うん、本当」


嬉しそうに微笑む彩乃を見て、私も嬉しくなった。


やっと、彩乃の表情に笑顔が戻ってきた。


「いっぱい心配かけてごめんね!麻美には一番に言わなきゃってな~って思ってて」

「もう~心配したじゃない!」


やっぱり恭平くんはちゃんとしっかりした男だったんだって分かったことと、笑顔が戻ってきた彩乃を見て私は嬉しくなった。


「はぁ~~はやく恭ちゃんに会いたいよ~」


ちょっと浮かれすぎなところもあるけど。


まぁ幸せそうなふたりが見られるのはなによりだ。


私はすぐに千葉さんに彩乃たちがより戻したことを伝えた。


恭ちゃんも言うと思うから知ってるかもしれないけど、一応……。


間違えてもメッセージを送る口実のためじゃないんだからね。


そんなことを考えていると、千葉さんからすぐに返事が返ってきた。


【ふたりがより戻して良かったな。本当麻美ちゃんって友達思い出優しい子だな】


優しいだって……。

そんな風に言われると、なんかこっちまで会いたくなってしまう。


すると彩乃がニヤニヤ笑いながら、「誰と連絡してるの?」なんて聞いてきたけど教えないことにした。


彩乃に教えると、協力する!って大変なことになりそうだもん。


そしてこの日は彩乃の復縁パーティをしてファミレスで好きなだけ食べることにした。


彩乃のノロけ話をひたすらに聞いていた時。彼女は真面目な顔で行った。


「って、私の話しばっかり聞いてもらって申し訳ないのよね~麻美は気になる人とかいないの?」


気になる人……。


千葉さんの顔が頭の中をよぎる。


「うーん……まぁいないかな?」

「怪しい!」


「なんでよ?」


「麻美、なんか最近毎日楽しそうに見えるもん!」


「いやいや別にいつもと変わらないよ」


「違うのよ。麻美の周りから花が出てる」


「花って……変なこと言うのはやめてよね」


彩乃は終始私が好きな人がいるのではないか疑っていて、なかなか放してくれなかった。


これは、もうそろそろバレてしまうかも……。

でも彩乃にとってはどうだろう。


恭平くんの同僚のことが好きなんて言ったら……、いや彩乃は全然平気か。


彩乃っていうより恭ちゃんは嫌がりそうな気がするのよね。


「じゃあっ、今日はありがとね!麻美もその人と付き合えたらパーティーしようね!」


もう彩乃の中では完全に「私は好きな人がいる」で確定しているみたいだ。


「はいはい」


私はそのまま彩乃と別れて家に帰宅した。


「ただいまー」


家の中に入ると、今日は家に佐知姉がいた。


仕事が休みで家でゆっくり過ごしていたみたいだ。


私もお母さんが作ってくれたご飯を食べながらリビングでテレビを見ながら過ごした。


今日、彩乃に言ってみても良かったかな。

でも本当にあれが恋なのか分からない。


またいつもみたいに近くにいい人がいたからなんとなく気になってるだけかもしれないし……。

恋って難しいな。


そんなことを考えながら、ちらりと時計を見つめる。


21時。

いつも佐知姉を迎えに行ってる時間だ。


また駅に行ったら千葉さんに会えるかも。


よくこの辺で商談して、先方と食事をすることが多いって言ってたし……。

でもそんな頻繁にないかな。


同じタイミングで会える可能性だって低い。

でも……今日はなんだか行ってみたい気がした。


私は上着を着て出掛ける準備をした。


「ちょっと麻美、どこ行くの?」


佐知姉が聞いてくる。


「えーっとコンビニに」


誤魔化して伝えると、ずっと家にいた佐知姉が食いついた。


「じゃあ私も行こう~!炭酸飲みたい気分だったのよねぇ~」

「だ、ダメ!」


「え~なんで?」

「今日はちょっと散歩もしたい気分なの!炭酸なら私が買ってくるから」


じとっとした視線が私に向けられる。

佐知姉に来られたら駅に行けなくなっちゃうもん。


「……分かったわ。よふかしはダメよ?ちゃんと帰ってきてね」

「うん、分かった」


私は佐知姉に告げると、駅まで走って向かった。


夜風が、少しだけ肌寒く感じる。


駅につくと、私は静かにあの人がいないか探していた。

ちょっとだけ……ちょっとでいいから千葉さんに会いたい。


ああ、なんか。本当に恋しているみたいだ。


偶然会える確率だって低いのに。

会えない可能性の方が高いのに、あんなふうに家を飛び出してくるなんて……。


恋をするとなんでも勢いで行動しちゃうのかな。

たしか、彩乃もそうだった気がする。


どうしてもっと考えないのよ。

なんて言ったこともあった。


でも恋をすると周りなんか見えなくて、自分の全力をその人にぶつけてしまうのかもしれない。


千葉さん……。


心の中でそうつぶやいた時。


「あれ、麻美ちゃん?」


その声に、心臓が跳ねた。

顔を上げると、駅のコンビニの明かりの下、千葉さんが立っていた。


白いシャツの袖をまくって、片手に缶コーヒーを持ってる。


「えっ……!」


ほんとに会えちゃうなんて。こんなタイミングで……うれしい。


「会え、た……」


思わずつぶやいてしまった言葉にはっと口を手で覆う。

幸いにも周りがガヤガヤしていたみたいで千葉さんには聞こえていないようだった。


「なにしてんの、こんな時間に」

「……ちょっとだけ、散歩」


バレバレのウソだった。

こんな時間にわざわざわ駅前を散歩する人なんかいない。


「鼻、赤いよ。まるで誰かに会いたくて走ってきたみたいだ」


千葉さんの言葉にドキリと胸が音を立てる。


「お姉ちゃん……!お姉ちゃんに会いたくて走ってきたの」

「……そう?なら俺はこの辺で……」


あっ!

違うのに。

千葉さんに会いたくて来たのに!


上手く伝えられなくて、せっかく会ったのに千葉さんが帰ろうとしてしまう。


「待って……!」


私は彼の服の袖を掴んで止めた。


「お姉ちゃん、残業になっちゃったの……だから来れないって」


私の言葉にくすりと笑う千葉さん。

彼は穏やかな口調で言った。


「この間注意しませんでしたか?ひとりで出歩かないと」

「散歩は大事でしょ?」


「大人と行きなさい」

「じゃあ……千葉さん付き合ってよ」


ふと口にすると千葉さんは仕方ないなぁなんて言って歩き出す。


「家に送るまでね」


私はうなずいて、少しだけ距離を空けて、その隣を歩いた。


前よりも沈黙が多くてなんだかもどかしい。


もっと千葉さんに会ったらなにを話そうって考えていたのに、気づいたら全部頭が真っ白になってしまった。


「ねぇ、千葉さんの家ってここから遠いの?」

「そんなに遠くないよ。ここから2駅くらい」


「そうなんだ」


近いという割にどこに住んでいるのかまでは教えてくれない。


絶妙に距離をとっているように感じる。

やっぱり私は千葉さんと距離を縮めるのって無理なんだろうか。


大人との距離の縮め方なんて分からない。

佐知姉に聞いたら、分かるようになるのかな。


そんなことを考えながら私は切り出す。


「……ねえ、今度千葉さんの家に行きたい」

「…………」


気軽に言っただけだった。

しかし、千葉さんは一拍置いて、真剣な顔で言った。


「ダメだよ。そういうのは良くない。男の人に気軽にそういうこと言わないこと、覚えておいてね」


優しいけど、きっぱりとした声だった。

まるで、線を引かれるみたいで、胸の奥がチクリと痛んだ。


「……気軽に言ったわけじゃないもん」


笑おうとしたけど、うまく笑えなかった。


空気が少しだけ静かになって、遠くで電車の音が聞こえる。

なんか今日は上手く距離が縮められない。


「誰にでも言うわけじゃないよ?簡単にそんなこと言ったりしないし……千葉さんだから言ったのに」


「それならなおタチが悪いな。俺が特別だって言ってるみたいに聞こえる」


聞こえる、じゃない。

そんなことくらい分かってるはずなのに。


お姉ちゃんに会いたくて走ってくる人なんていない。

久しぶりに会うわけでもないことは千葉さんだって分かっているはずだ。


私は今日……なんで駅に来たのか。


「特別だって言ってる」


誤魔化されたくなくて、私はハッキリと告げた。


少しヤケになっていたかもしれない。


「せっかく美人さんなんだから俺みたいな男に引っ掛かったらダメだよ」


千葉さんはそう言って、歩き出した。

たぶん、普通なら、言わないほうがいいってわかってる。


でも、今日だけは我慢できなかった。

ここで引いたらもう、千葉さんと距離を縮める瞬間がなくなってしまうと思ったのかもしれない。


「もう遅いよ……だってもう引っ掛かっちゃったもん」


私が小さくつぶやいた言葉に千葉さんは大きく目を丸めた。


引かないもん。

千葉さんは私が容量のいい女だってことを分かってる。


自分がこういえば、引いてくれる。

踏み込んでは来ないはずだって知っててそんな風に言うの。


容量のいい女だから分かっちゃう。


千葉さんの考えていることも……。


「麻美ちゃんさ、そういうのやめな」

「えっ」


低く声が落とされたかと思ったら、千葉さんは私の手を掴んで路地裏に連れて行った。


人が誰もいない、狭い路地裏。


「大人を落とせるかやってみたいんだろ?分かるよ、それくらいの歳の子って遊びでそういうのやりたがるもんな」

「なに、言って……」


千葉さんの顔が見えなくて、怖くなった。


いつも千葉さんじゃない。


「でもさ、大人をからかうと痛い目見るよ。俺が悪い人だったら麻美ちゃん、このままどうなっちゃうと思う?」

「悪い人って……」


そんなわけないのに。

それなのに、千葉さんは私と距離を縮めてそんなことを言う。


「ずっと思ってたんだよね。無防備だなって……お風呂上りにそのまま外を歩くなんてさ。襲ってって言ってるようなもんだよ」


「千葉さ……っ」


真っ暗な街。

千葉さんは怖くないって分かっているのに、彼の顔が見えなくて怖くなる。


名前を呼んでも返事が返ってこない。


「……顔、見えないの、怖い」


私が告げると、千葉さんははっとしたように私から手を離した。


「これで分かったろ?そうやって大人をオトせるかとかそういう安易な気持ちでからかったらいけないんだよ」


からかったわけじゃない。

本当に千葉さんが好きでそう言ったのに……伝わらない。


「怖がらせてごめんね」


千葉さんはそう言うと、街灯があるところに私を連れ出してくれた。


「これで、少しは麻美ちゃんも女の子がひとりで出歩くことは危ないってちゃんと考えて欲しいな」


ムカつく。

からかってるのはそっちじゃない。


私を子ども扱いして、ビビらせたらもう会いに来ないだろうって思ってる。


そんな簡単な気持ちじゃないのに。

怖くなって下がっていくような恋なら最初から私はしてないの。


「これからもずっと毎日夜に外に出て千葉さんに会いに行く。毎日駅前に行くことに決めた」

「ちょっ……麻美ちゃんなに言って」


「ねえ、千葉さんっ!」


私の声が、思ったより大きくて、彼は驚いたように足を止めた。


「あのね、私……っ、人のことからかって恋愛するような女じゃない。大人との恋愛に憧れてるわけでもないし、そもそも恋愛だっていいものだと思ってない。でも……それでも千葉さんが気になるの。だからさっき特別だって言った……少しもからかってないし、その気持ちをウソにされるのは嫌!」


言葉が喉の奥で絡まって、だけど止まってくれなかった。


「千葉さんのことが好き」


言ってしまった瞬間、心臓が爆発しそうなくらいドクドクした。


風の音も、自転車のベルの音も、なにもかも遠くに消えていく。


彼が目を見開いたまま、なにも言わない。

私の方が年下で、子どもなのも、分かってる。


大人の千葉さんからしたら、迷惑かもしれない。


でも……言わなきゃきっと一生この距離は縮まらないと思った。


私は人の心が周りの人よりもよく分かるタイプだから、分かるんだ。


千葉さんにはこれくらい踏み込まないと、私は彼の中に入れてもらえないって。


ぐっと唇を噛む。

怖いけど、言ってしまった。


「うーん、参ったな。すごく魅力的なお誘いだけど麻美ちゃんみたいな美人な子はもっとまともな恋愛が出来るよ。無理に俺に行って困難な恋を進んでいく必要はない」


整った大人の回答だった。


そんな言葉が聞きたいんじゃない。


“私のために”なんて言葉はいらない。


そういうのが一番大キライだから!


「勝手ですよね~出会った時連絡先教えて~なんてチャラいこと言ってきて、その気にさせたら俺じゃない方がいいって大人ってひどく自分勝手なんですね?」


するとまっすぐに私の方を見る千葉さん。

そこには普段の笑顔はなくて少し怖かった。


「いい教訓になったんじゃない?子どものキミは。悪い大人に騙されちゃいけないって今回のことで分かっただろう?」


むっ。

売り言葉に買い言葉。


なんだかそんな風に返されるとムカついた。


「そうかな?子どもなんだから経験は必要でしょ?悪い大人に騙されてみても悪くないかなって思ったんだけど?」


負けない。

子どもだからって、そんな理由であしらわれたくないもん。


「それなら俺じゃない大人にしたらいいよ」


「あーそ?本当にそれでいいんですね?」


私は腕を組みながら強気で千葉さんを見つめた。

すると、千葉さんは突然笑い出した。


「ふはははっ。いや、いいね。麻美ちゃんやっぱり強いわ。俺、そういう子好きよ。昔いたんだ。麻美ちゃんに似ている子が。イジメにあってても強くてね……涙ひとつ見せない子だった」


千葉さんは思い出話をするかのうように夜空を見上げる。


「でもさ、子どもだからあしらってるとかじゃなくてさ俺、麻美ちゃんと付き合ったらダメになりそう。だから遠ざけたのは自衛のため。麻美ちゃん、正直めちゃくちゃかわいいよ。でもそこに手出したら終わりだろって思っちゃうんだよね」


なにそれ、意味分からない。


さっきまで明確に色々言ってたのに、終わりだろうってなに?

なにが終わり?


千葉さんはこうやって確信的なことは言葉を濁す。


「それ、よく分からない。諦めてってこと?」

「まぁ……そんな感じかな」


「諦めて欲しいならしっかり理由言ってくれないと無理」

「……麻美ちゃんってなんでそんな強い女の子なの?」


「強くないとやってけないから」


ぽつりとつぶやくと、千葉さんは優しい笑顔を見せながら私の頭をポンポンと叩いた。


「うーん、麻美ちゃんをフる明確な理由は正直ないな」


「なら……選んでください。私が毎日千葉さんを暗い中、ひとりで迎えに行くか、それとも千葉さんと付き合ってちゃんと連絡がある時だけ家を出る生活か」


「その二択!?ずるいね、麻美ちゃん」


「ずるくないとやっていけない、から……」


なんかよく分からないんだけど、毎日毎日千葉さんのこと考えてる。


もっと知ってからにした方がいいとか、千葉さんとの年の差を考えた方がいいとか、色々気にしなくちゃいけないことはたくさんあるのは知ってる。


でもね、そんなのも飛び越えちゃうくらい千葉さんのことが好きなのかもしれないって気づいたの。


今まで感じたことのなかった気持ち。

好きな人を目の前にすると心臓がドキドキと動き出す。


私……今、この人に想いを伝えないと後悔すると思った。


「それ以外、ないですから……」

「強引だな」


千葉さんは鼻をかいて笑う。


「子どもはこんなことくらいしか出来ないんで」


「そういうところは子どもっていうのはズルいよ。正直麻美ちゃんは精神年齢高いよね?」


「そう、かな……」


「俺はそう思う」


真面目に答える千葉さん。

これだけ伝えても、告白を受け入れる気はおろか流そうとしてる……?


でもここまで言って伝わらなかったのなら、仕方ないのかな。


はじめての失恋(?)をすることになる。


でも、それでも頑張れたから私は……。


「ここからは精神年齢高いと思って麻美ちゃんに話すけれど……」

「?」


「俺も正直……ここのところずっと麻美ちゃんのこと考えてたんだよね」

「えっ」


「最初は親心的な感じかと思ったよ?遅い時間に外に出てて今日も駅にひとりで来てたら嫌だなぁってさ。でも……駅前で制服着た男の子と一緒にいるの見て正直いいがたい気持ちになったというか……」


クラスの男の子?誰だだろう……?

そんな人と一緒に歩いたかな。


「なんか俺好きなんじゃん?って思ったんだよね」


千葉さんが話す話がビックリして頭が処理できない。


私を好きって言ってる!?

さっきまであんなに遠ざけてきたのに?!


「でも、ダメだと思った。だから距離を置かないと、とも思ってた。俺たちがもし付き合うとしたら真剣な恋愛でない限り世間からはバッシングされるし、真剣な恋愛をしていても、世間からの目は冷たいと思う。まずそれに耐えられるかどうか。それから……俺はもし麻美ちゃんと付き合うならそう簡単に手を出すことはないと思う。周りの見られ方も気にしながら、本当にこの子と一生一緒にいる覚悟が出来た時にはじめて恋愛してるって思えるようになると思うな」


千葉さんはズラズラと話して来た言葉はきっと私を傷つけないようにするための言葉だと思った。

今、私は若いから勢いでこうやって大人を好きだと言っているかもしれないことは千葉さんも把握しているのだろう。


彩乃と恭ちゃんの恋を見てきたらから、大人がどんなことを気にしているのかだって分かるの。

同級生と付き合うみたいに簡単な恋じゃない。


それでも私は……。


「千葉さんと真剣に付き合っていきたいです」


いいの。

だって初めて好きになった人だから。


どんな困難があっても乗り越えて見せるよ。


「分かった。じゃあキミが二十歳を超えるまで手は出さない。それも守れる?」


ちょっと残念な気持ちはあった。

だって好きになったら触れたいって思うものでしょう?


でも嬉しくもあった。

そこまで我慢するという決意を千葉さんは見せてくれたから。


「むしろ守れる?」


千葉さんを煽るように聞くと、彼は「はぁ……」とため息をついた。


「どうやら、手ごわい相手を恋人にしてしまったみたいだね」

「でも可愛げはありますよ?」


「いや、もうありすぎでしょ」


そういいながらも千葉さんは私の頭をポンポンと撫でた。


「三谷になんて言われるかな」


三谷ってたしか恭ちゃんの苗字か……。


私も彩乃に報告したら興奮するだろうな。

ダブルデートしたいなんて言いかねないかもしれない。


「しばらく黙っておくか」

「しばらく黙っときますか?」


同時に同じことを言って私たちは笑い合う。

そうだね、この恋はしばらく誰にも秘密にしている方がよさそうだ──。





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