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第23話:勢いで言ってしまった好き【麻美side】



『千葉さんと真剣に付き合っていきたいです』


勢いで好きだと伝えてしまった日。

あきらかに断られる流れだったけれど、ちょっと強引に千葉さんを煽った結果、私たちは付き合うことになった。


まさか自分がここまでの強い感情を持っているなんて知らなくて……。


自分が恋をすると積極的になるのだと初めて知った。


それから千葉さんは私を家の前まで送ってくれた。


『分かった。じゃあキミが二十歳を超えるまで手は出さない。それも守れる?』


チャラい千葉さんから出てくる言葉じゃなくて、それが私と本気で付き合うと言ってくれているみたいで嬉しかったな。


「はぁ……」


家に着いて、幸せのため息を溢すとさっそく佐知姉が声をかけてくる。


「炭酸買ってきた?」

「あっ」


すっかり忘れてた。


佐知姉にはコンビニに行ってくるって言って家を出たのに……。


「だと思った~どこの男がうちの麻美をたぶらかしたんだろうね」


「た、たぶらかしたわけじゃ……」


「あれ?男は否定しないの?」


「……っ!」


ばっと顔をあげると、そこにはニヤニヤした顔の佐知姉がいた。


「麻美かわいい~顔赤くしちゃってさ。いっつもはお姉ちゃんのことからかってくるのにね?」


いつも佐知姉をからかって、私の方が優位なのに完全にしてやられた。


「でも幸せそうならよかったよ」


「まだ……はじまったばっかりだから」


私は小さく答えた。


この恋がどんな風に展開されていくのかを私は知らない。

苦しい恋になるかもしれないし、難しい恋になって散ってしまうかもしれない。


でもきっとのめりこんでしまうような気はしていた。


「麻美、少し先を生きたお姉ちゃんからの忠告ね?」


……なんかどこかで聞いた言葉のような……。


「恋はね、いいことばっかりじゃないよ。傷つく恋も一生残る恋もするかもしれない。でも……後悔だけはしないように生きて」


「後悔?」


両想いになった恋に後悔なんてあるの?


「佐知姉は後悔した恋をしたことがあるの?」


私が問いかけると、さっきまでニヤニヤしていた佐知姉は真剣な顔で言った。


「あるよ。もうずいぶん昔の恋なのにいつまでも引きずって心の中に残ってる」

「そう、なんだ……」


そんなに大切な恋を佐知姉はしていたんだ……。


「だから後悔しないようにね!自分が思ったらすぐに行動するんだよ」

「うん……」


私は佐知姉とそんな話をして別れた。


自分の部屋に戻ってスマホを見てみると、千葉さんからメッセージが来ていた。


【今、家についたよ~!】


千葉さんはコンビニの袋を下げていて、そこにはビールとおつまみが入っていた。


仕事終わりだから飲むんだろうな。

佐知姉もよくお母さんたちと一緒に飲んでいる。


佐知姉いわく、もう飲まなきゃやっていけないらしい。

私が二十歳になってお酒が飲めるようになった時、その時に千葉さんは隣にいるのかなぁ……。


佐知姉の言葉を聞いたら、なんだか不安になっちゃった。

私はその不安をかき消すようにメッセージを送った。


【千葉さん、好き。もう会いたい】


そんな風に送ると、すぐに千葉さんから電話がかかってきた。


ブーブーと手元にあるスマホが振動し、私は慌てて電話に出る。


『そんな可愛いこと言われたら声聞きたくなっちゃうじゃん』


千葉さんの声だ……。


「私も電話したかったから嬉しい……」


素直に口にすると、ちょっと間をおいてから「そっか……」と返ってきた。


もしかして照れてるのかな?


「千葉さん、お酒が好きなんですね。強いんですか?」


『うん、昔バーテンダーしてたから結構飲めるんだ』


「へぇ……バーテンダー!なんかカッコイイ」


『イメージだけだよ』


千葉さんがバーテンダーをしてたなんて知らなかったな。

っていうか、私……千葉さんのこと知らなさすぎる。


「ねぇ千葉さん!今度休みの日にデートしてください。その時にもっと千葉さんのこと知りたいです」


「いいよ」


なんか私の方がグイグイ行ってる感じだけど、恋愛ってこういう感じでいいんだろうか。


今までは全部受け身で付き合った彼とも~~に行きたいと言われれば行って、自分からなにか提案をしたことはなかった。


これで合ってるのかな……。


「ウザかったら、言ってくださいね」


不安になって小さな声で付け足すと、千葉さんは優しい声で言う。


「嬉しいよ。俺も麻美ちゃんのこともっと知りたい」


こうして、私たちは次の週にデートをすることになった。


お互いのことを知るため。

ゆっくりと歩んでいく恋をする。


そしてデートの日。

私は、何度も服を着替えて足りないものを買いに行ったりしてなんとかデートの時の服を決めた。


こんなに時間がかかるなんて思わなかった……。


いつもなにも考えずに来ている服も、これじゃあ気合入れすぎ?とか、ワンピースは可愛すぎる?とか色々考えちゃって、家を出るギリギリまで試行錯誤していた。


これじゃあ遅刻しちゃうよ……。


私は走って駅まで向かった。


待ち合わせの場所にはすでに千葉さんがいた。


「千葉さん!」


声をかけると、千葉さんは優しい笑顔を向けてくれる。


「ごめんなさい、待ちましたかっ?」

「いや、俺が早く来すぎただけ」


千葉さんの服装は大きめのグレーのパーカーにオシャレなキャップ。

そしてシンプルなデニムだった。


クツはスーツに合う革靴とは違ってカッコイイスニーカーを履いている。


いつも会う服装と違うから急に緊張してしまった。


か、カッコイイ……。


もっと大人っぽい恰好をしてくれば良かったかもしれない。


子どもに見られないかな?

千葉さんの妹に見られたりしたら嫌だなぁ……。


「……っ、かわ……」

「かわ?」


革靴かなぁ……?

今日はスカートだからそれに合う革靴を履いてきた。


丸みがあって、黒の可愛らしさがある靴だ。


「どこ行きたい?」


千葉さんにたずねられ、私は答えた。


「……今日は千葉さんのことをよく知りたいんです!だから千葉さんが行きたいと思ったところに連れて行ってほしい」


そう言ったのは、私が行きたいと思うところに行っても千葉さんが楽しめない可能性があるため。

千葉さんを知りたいのももちろんだけど、彼がどこに連れて行ってくれるのかドキドキしたかった。


「じゃあ、水族館行こうか。昼間ならあんまり混んでないし」

「うんっ!」


私は頷いた。


水族館に行くまでの道のりはちょっと不安だった。


正直言うと、水族館ってあんまりいい思い出がないんだよね……。


中学生の郊外遠足の時、私たちは学校で大きな水族館に行くことになった。


その時に仲良くしていたグループの子が突然、私のことを無視してきて、その日私はひとりで水族館を回ったんだ。


『麻美ちゃんに、彼氏取られた』

『え~ヒドイ!ありえなすぎる!』


その頃から、心辺りはないのにとられたということが多かった。


なんでいつもこうなるんだろう。

男子なんて嫌いだ。恋にあこがれもキレイな感情もないのに、なんで私はいつも悪者にされるんだろう。


みんなが笑い声をあげながら、魚を見ている中私は一人でぼーっと魚を見つめていた。


なにも楽しくない。

早く帰りたい。


そんな風に思った記憶しかなくて、それ以来私は水族館に行ったことはない。


楽しめなかったらどうしよう……。


そう思っていると、千葉さんが魚に関するクイズを出してくれた。


「問題です!水族館では巨大な水槽でのんびりと泳ぐ姿が人気で、「海の太陽」とも呼ばれるこの魚の名前はなんでしょう?」


「海の太陽……?」

「そう」


「うーん、なんだろう。クジラ?」


「ブブ―!難しいから四択にしてあげよう。A. マンボウB. イルカC. マグロD. ウツボ」


私は少し考えた後、堪えた。


「分かった、Bのイルカだ!」

「残念。正解はマンボウでした」


マンボウが海の太陽って呼ばれているんだ……。


クイズを解いていると、昔の嫌なことは忘れられた。


「ちょっとは元気でた?」

「千葉さん……」


もしかして気づいてた!?


「俺、人の感情には敏感だから」

「……っ」


私はきゅっと唇をつむぐ。

私が元気ないことを察してクイズ出してくれたんだ。


そういうところ……好きだなぁ。

クイズを解き終わるとあっという間に水族館についた。


水族館の中に入った時、一瞬過去の不安が蘇ってきてしまったけれど隣を見れば千葉さんが笑っていてほっとした。

大丈夫、もうひとりじゃないもん。


最初に向かったのはクラゲのゾーンだった。


「見て~!千葉さん、かわいい~」


プカプカ浮いているクラゲはいつまででも見ていられるくらい可愛くて、苦しかったことは簡単に忘れられた。


不思議だな。

ひとりでいた時はなんにも目に入らなかったのに。


今は色んなものが目に入ってキラキラしていて楽しくて仕方ない。


こんな世界もあるんだなぁ……。


それからイルカショーを見たり、たくさんの魚を見たり、甘いものを食べたりなんかして過ごした。


「千葉さん、水族館ってこんなに楽しいんだね」


私が笑いかけると、千葉さんは大人っぽい笑みを浮かべながら言う。


「そうだろ?俺のお気に入りだから」

「千葉さんも生き物好きなんだね」


「ああ、自由に泳いでいる姿見たら、俺も自由になれるかなって思ったりするじゃん?」


「自由になりたいの?」


「……そうかもな」


千葉さんの思う自由ってなにを差しているんだろう。


知りたいけれど、そこは踏み込めなかった。


「じゃあお腹空いたし、ご飯でも食べようか」

「うんっ!」


私たちは水族館を出てレストランに移動することにした。


歩きながら千葉さんがしみじみという。


「にしても麻美ちゃんって、案外子どもっぽいところもあるんだね」


「……っ!そ、そんなこと……」


子どもっぽいと言われたことに恥ずかしくなってしまい私は顔を真っ赤に染めた。


大人っぽくして千葉さんに近づこうと思ってたのに……!


口をむっと尖らせると、千葉さんはポンっと私の頭を叩いた。


「いいんだよ、それで。子どもっぽいところがあって俺は安心したわけよ。無理にさ……俺に合わせて大人っぽくなろうとしないでね?」


「どうして?」


私がたずねると、千葉さんは小さく笑って言う。


「麻美ちゃんが、疲れちゃうから。ボロボロになりながら恋なんてしたくないじゃん?」

「……たしかに、ね」


千葉さんは恋愛で傷ついた経験でもあるんだろうか?


彼から出て来る恋というものが、ネガティブな感情でいることが多いように見えた。

知りたいな……。


私、全然千葉さんのこと知らないんだもん。


彩乃は恭ちゃんと中学の頃から一緒にいたって言ってた。


近くに住んでいたから、何度も家を行き来したりして知っていることも多いだろう。


こんなに歳が離れているのに、知らないことばかりだと佐知姉には反対されてしまいそうだ。

まぁ……佐知姉のことは説得するけど。


それから千葉さんとはレストランで食事をして、ちょっとお互いのお話なんかをして分かれることになった。


まだまだ夕方の時間で、高校生なんてもっと長く遊んでいるのに、彼は高校生の私とは健全な付き合いでいたのだろう。


もし……私が二十歳を超えたら千葉さんは私のことちゃんと恋人として見てくれるんだろうか。


手を繋いだり、キスをしたり、その先も……。


「それじゃあな」


千葉さんが言う。


ここでバイバイしたくなくて、私は思わず引き留めてしまった。


「……千葉さん」


千葉さんのシャツの袖を指先でつまむ。

彼に迷惑をかけるような彼女にはなりたくないんだけど……今はもう少しだけ。


一緒にいたいの。


「ん?」


「……もうちょっとだけ、しゃべってもいいですか?」


私が伝えると、千葉さんは穏やかな声で言った。


「麻美ちゃん、案外あんまりわがまま言わないんだね」

「わがまま?」


「手繋ぎたいとか、もっと恋人らしいことしたいって言うかと思ってたから」


そんなのしたいよ。

でも千葉さんと付き合う以上、おこちゃまな高校生ではいられない。


「本当はそりゃ……繋ぎたいよ?でも、千葉さん、私のことめっちゃ考えてくれるって伝わってくるから、私がわがまま言って困らせるわけにはいかないなって。ゆっくりだっていい……大人になるまででも待つって覚悟で付き合ってるから。私たちはゆっくり距離を縮めていけたらそれでいいの」


自分にいいきかせるためでもあった。


それでいい。

そうやって距離を縮めていく恋もあるって。


ちゃんと我慢するから……20歳になった時、絶対に千葉さんも私の隣にいてよね。


そんな気持ちをこめて手を振る。


「じゃあ、バイバイ、千葉さん」


駅前の歩道に小走りに向かって青信号になった横断歩道を渡る。

しかし、そのときだった。


「危ないっ!」


足を踏み出した瞬間、右からものすごいスピードで黒い車が突っ込んでくる。


ウソ……。

逃げられない!


私は思わずぎゅうっと目をつぶった。

その時、誰かにぐいっと手首を引き寄せられて、そのまま抱きしめられた。


温かい……

そして大好きな人の香りがした。


「――っ、はぁ、はぁ……!」


車はぎりぎりのところで私たちの横をすり抜け、音を立てて通り過ぎていった。


「ケガは?どこか痛いとこない?」


千葉さん、すごい焦ってる。

こんなに必死で私のこと……助けてくれたんだ。


なんか嬉しいな。

大事にされてるって分かるよ。


触れなくても、一線があったとしても、大丈夫ちゃんとわかるから。


「びっくりした……」


千葉さんは心配そうに私の頬に手を添えた。


ああ、どうしよう。

触れなくても大丈夫って、わがままは言わないって言ったけれど……千葉さんに包まれていると欲張りになってしまう。


ぎゅっと抱きしめてほしい。


手を繋ぎたい。

……好き、なの。


千葉さんが笑うから、私もニコって笑うことにした。


きっと千葉さんは私の気持ちになんか気づいていないだろう。

立ち上がると、私はまた千葉さんにさよならを告げた。


「じゃあ、また」


なんかずっともどかしい。

手をのばしても届く距離にいるのに、なぜか届かないみたいでもどかしい。


自分の好きが相手にちゃんと伝わっているのか、相手はちゃんと私を見ているのか。


恋ってこんなに分からないものなんだね。


「恋愛マスターなんて言われてたけど、全然……私初心者じゃん……」



さらりと吹いた風は秋を知らせる匂いがした──。





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