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第24話:大人と子どもの初デート


【千葉透矢side】


あー、ヤバいな。

これはヤバすぎる。


『千葉さんと真剣に付き合っていきたいです』


まさか彼女から告白されるなんて思っても見なかった。


最初出会った時はそりゃぁかわいいなと思ったわけよ。

でもかわいいに決まってる。


麻美ちゃんはモデル体型で肌も白くて目もパッチリしている、街で歩けば目を引くような女の子だったから。


美人を見たらまず連絡先を聞く!


それほどチャラかった俺はいつものように高校生である麻美ちゃんにも冗談のつもりで連絡先を聞いた。


もちろん断られる前提で。


その日は当然断られたんだけど、たまたまもう一度会う機会があって麻美ちゃんと連絡先を交換した。


最初は三谷と彩乃ちゃんの恋愛相談から、だんだん日常のなんでもない連絡を取り合うようになったりして、そしたらなんか電話するようになったり?今どんなことをしてるのかとか趣味の話しとかするようになっちゃって、これヤバくね?って思ったわけだ。


高校生とこんな線引きもなくだらだらと連絡するのはおかしいよな。

本当の大人は、こんなことはしない。


そう思って俺は、何回か麻美ちゃんの連絡を無視した。


麻美ちゃんと連絡を取らなくなって、仕事に集中していたけれどそしたら、駅前で偶然彼女と会ったんだ。


ひとりでここまで来たなんて言うから、危ないと思って家まで送ろうとしたけど、なんか悩んでたみたいだから相談に乗ってあげたくて相談に乗ったり……。


彼女と話したその日、俺も仕事で悩んでいたことがあったが、話しただけなのにスッキリして家に帰れた。


麻美ちゃんを見ていると、芯をしっかり持っていて、高校生なのにたくさんのことを考えているから対等に話ができる。


仕事をしていると、なんのために仕事をしているのか考える時がある。


出世のため?お金のため?汚いやり方で出世していった同期とか、俺の企画を盗んで出世した同期を見ちまって、俺はこんな汚い世界で生きていかなきゃいけないのか、とネガティブになることもあった。


でも麻美ちゃんを見ていると、心がキレイになっていく気持ちになった。


友達のために自分まで苦しみ悩み、もっとやれることがあったんじゃないかって考える。


こんな子がいるのだから、人間だってまだ捨てたものじゃない。


俺の人生は散々だったからな……。


高校生の頃のあの時から狂い始め、それからどんどんどん底に落ちていくようになった。


自分という存在を大事にせず、ないがしろにして生きてきたから誰にも愛されることはない。


この子はきっと大事にされるんだろうな。


モデルみたいな見た目でかつ性格のいい彼氏が彼女のことを幸せにするだろう。


そう思っていた時に、麻美ちゃんから告白された……。


『千葉さんのこと、好きなっちゃったかも』


そんな告白を受けたんだから、俺だって揺れるよな。


揺れるに決まってる。


この子を幸せにしたいって気持ちも当然あったけれど年の差がどうしても俺たちの邪魔をする。


三谷がうじうじ悩んでいる理由が今更分かったよ。


この子と向き合おうとした時、はじめてその怖さに気づく。


そりゃ、そうだよな。

俺らが勝手して未来ある高校生の考え方を変えてしまうのは怖いもんな。


俺だけが傷つくならいい。

でも麻美ちゃんまで傷つけるのだけはごめんなんだ。


そう思って断るつもりでいたけれど、麻美ちゃんが以外にも本気だった。


告白を受けてくれるまでは帰らないと強い眼差しでこっちを向いていて、その目には覚悟が見てとれた。


なんでここまで強い気持ちを俺にぶつけてくるんだろう。


俺は最初に麻美ちゃんが思った通り、ちゃらんぽらんで適当な人間だ。


誰かに好かれる資格なんてないのに……。


でも彼女に想いを告げられた時、心がぐらっと動いた。


受け入れたらなにか変わるかもしれない。

自分を変えられるかもしれない。


そんな希望を持って、彼女の告白を俺は受け入れることにした。


今は駅前で麻美ちゃんと初デートの待ち合わせをしている。


少し早めに着いたため俺は落ち着かない足取りでベンチの周りをうろついていた。


「千葉さん!」


その時、聞こえた声に顔を上げると、スカートの裾を揺らしながら、麻美ちゃんが走ってきた。


小さな肩を上下させて必死に駆けてくる姿に、思わず笑みがこぼれる。


かわいいな。


「ごめんなさい、待ちましたかっ?」

「いや、俺が早く来すぎただけ」


麻美ちゃんは白のニットに、薄いベージュのふんわりしたスカート。

ニットの袖は少しだけ長めで、華奢な手首をちょこんと隠している。


足元は白いスニーカーで、きっちりきめすぎていないのが、また麻美ちゃんらしい。


かわいい。

その言葉しか、頭に浮かばなかった。


「……っ、かわ……」


危うく口に出しそうになって、慌てて咳払いをしてごまかす。


付き合ってすぐ、こんなことを言うとチャラチャラした人間だと思われて、彼女も不安になるかもしれない。


麻美ちゃんはそんな俺の心境を知るはずもなく、明るい笑顔を向けてきた。


「どこ行きたい?」


たずねると、麻美ちゃんは嬉しそうにでもちょっと恥ずかしそうに唇を噛んで小さな声で言った。


「……今日は千葉さんのことをよく知りたいんです!だから千葉さんが行きたいと思ったところに連れて行ってほしい」


俺の行きたいところか……。

そんなこと今まで言われたことなかったな。


大抵女性と付き合う時はエスコートしてよ、と言われるか、女性が行きたい場所にとことこん付き合うデートばかりだったから。


俺のこと……知りたいって……なんかうれしいな。


俺は鼻をかきながら彼女に告げた。


「じゃあ、水族館行こうか。昼間ならあんまり混んでないし」

「うんっ!」


きらきらした笑顔で、麻美ちゃんは頷く。


それから電車に乗って水族館に向かった。


電車に揺られながら、肩が時々触れてそのたびに、麻美ちゃんが小さくぴくりと動いて、でもすぐに照れたように笑う。


正直、かわいい。

かわいすぎる。


あんまり可愛すぎて、俺はもう大人としての冷静さを維持するのがギリギリだった。


ダメだ。

こうなってはダメだと言い聞かせて来ただろうが。


俺は冷静でいないといけない。


彼女よりもずっと大人なんだから──。


水族館に着くと、大人っぽい麻美ちゃんは楽しそうにはしゃいでいた。


「見て~!千葉さん、かわいい~」


クラゲの前でじっと動かなくなったり。


「わぁあ!!イルカだ~」


イルカショーを子どもみたいな目で眺めたり、その無邪気な仕草を見ていると、やっぱりちゃんと子どもなんだなとほっとした。


デートしてる時は麻美ちゃんがまだ高校生なことを忘れるくらい大人っぽかったからな。


「ねえ、千葉さん、あれっ、映画に出てくるやつだよ!」


ガラスの向こう、クマノミを見つけて興奮する麻美ちゃんに、俺はつい笑ってしまった。


「ああ、あれはカクレクマノミってやつだな」


「そんな名前がついてるんだ!かわいいね。ほら、私の指をおって泳いでくるの」


そんな些細なやりとりをしてるだけなのに、今まで感じたことのない、幸せな時間だった。


この子といたら自分のことも愛せるようになるのかな。

今まで向き合ってこなかったものに向き合うことができるのかな。


水族館を出た帰り道、麻美ちゃんは小さな袋を抱えていた。


お土産コーナーで、俺が「なんか買うか?」って言ったら、迷いに迷って、小さなクマノミのキーホルダーを選んだやつだ。


「それ、学校のバッグにでもつけんの?」


「ううん……おうちの机に飾る!だって、学校に持ってったら無くしちゃうかもしれないし」


得意げな顔をして、ぴょこんと歩く姿に心底思った。


この子、ギャップがあるんだよな。

大人ぽいって思っていたら、急に子どもっぽい笑顔を見せてきたりして……。


ああ、やばい。

俺、たぶん、けっこう本気で麻美ちゃんを好きになってしまうかもしれない。


それから俺たちは休憩のためにレストランに入った。


付き合うことにはなったけれど、俺はまだ麻美ちゃんのことをよく知らない。


どういう子なのか、なにが好きでなにが嫌いでどんなものを抱えているのか。

そういうのを聞くことから始まる恋になるだろう。


「麻美ちゃんは、どんな子なのか教えてよ」

「どんな子?」


まあ……強く生きてることはなんとなく分かるけどな。


「どんな子って言われてもなぁ~」


彼女は上を見て考える素振りを見せた後にポツリと言った。


「人は、あんまり好きじゃないことが多いかも」

「へぇ?」


意外だった。

そんなネガティブな言葉が先に出てくるなんて……。


「なんで人が好きじゃないの?」


「なんかね、よくイジメられてたからさ。私の彼氏取ったでしょ!とかもそうだし、色々ありもしないことふっかけられたりね?そんなことしてるうちに疲れちゃって友達とかは作らなくなったかな。学校生活は彩乃に出会うまで1人で過ごすことの方が多かったの……だから水族館とかもあんまり行ったことなくて……」


「そっか」


あんなにはしゃいでいたのには理由があったんだな。


「それで彩乃ちゃんと出会って変わったってわけか」


「うん、私ね……人のこと悪くは言わないって決めてたの。ずっとそのスタンスでひとりでいた時、彩乃も同じで……私が悪口言われてるのをかばってくれた。それからは、ずーっと彩乃と一緒にいるの」


ドリンクを両手で抱え込みながら楽しそうに話す麻美ちゃん。


にこっと笑う姿がなんだか昔どこかで見たことある気がして、俺はドキドキしていた。


「なんて、千葉さんはきっとみんなの人気者だったから私とは真逆かぁ」


「案外そうでもなかったりして?」


「そうなの?」


「俺もさ、人はそんなに信用してないんだ。心を開いた相手にだって裏切られることがある。俺が全力でこの人だったら大丈夫だって思うには時間がかかるかも」


過去のことを思い出す。


昔から多くの人が周りに集まってくれたけど、そういう人たちはただのウワサで、態度を一変する人たちばかりだった。


そういうものだと知っているから、大人になっても人に心を開くことがなかなか出来ない気がしてる。


なんて、そんなこと麻美ちゃんに言ってもって感じだよな。


明るい話に話題を変えようと思った時、麻美ちゃんは言った。


「じゃあ攻略しがいがあるね」

「攻略?」


「うん、千葉さんにはもっと色んな私を知ってほしいし、私も千葉さんのこと知っていきたいって思ってる。知らないものを知れるのって多い方が楽しいでしょ?」


いいこと言うな……。

この子、人間が出来てるんだよな。


きっとハブられていたのだって、人より一歩大人だったからだろう。


みんながついて来れなかっただけだ。


それから少しゆっくりしたら解散することにした。


日がすっかり傾き、街灯がぽつぽつと灯り始めた駅前。

人の流れの端に立って、麻美と俺はなんとなく無言になったまま立ち尽くしていた。


「……今日は、すっごく楽しかったです」


麻美が少しうつむきながら言った。


声は小さいけど、ちゃんと届いていた。


「俺も。……なんか、時間があっという間だったな」


本当は、もっと一緒にいたい気持ちもあったが、まだ高校生の彼女には門限もあるし、帰さなきゃいけない時間だ。


高校生を夜まで連れまわす大人にはなりたくない。


「それじゃあな」


俺がそう伝えた時。


「……千葉さん!」


麻美ちゃんが俺のシャツの袖を、そっと指先でつまんだ。

なにか言いたそうな、でも迷っているような、そんな顔だった。


「どうした?」


「……もうちょっとだけ、しゃべってもいいですか?」


そう言って、ほんの一歩だけ俺に近づいてくる。

目を潤めて、本当にもう少しだけって顔をしている。


──ドキ。


かわいいな。


「もちろんだよ、ここで少しだけしゃべろうか」

「うん……」


麻美ちゃんは赤い顔を隠すためかうつむいた。


「麻美ちゃんってさ、案外あんまりわがまま言わないんだね」

「わがまま?」


「手繋ぎたいとか、どこか連れてってとか言うかと思ってたから」


すると麻美ちゃんは照れくさそうに言った。


「本当はそりゃ……手は繋ぎたいよ?でも、千葉さん、私のことめっちゃ考えてくれるって伝わってくるから、私がわがまま言って困らせるわけにはいかないなって。ゆっくりだっていい……大人になるまででも待つって覚悟で付き合ってるから。私たちはゆっくり距離を縮めていけたらそれでいいの」


容量のいい彼女。

でもそれはめいいっぱい背伸びしているのだろう。


俺と……いや、大人に追いつくように。

このまま彼女のことを、守りたいと思った。


彼女を大切にしたいと思った。


でも、彼女はこうやって背伸びし続けて大変な恋になってしまうんじゃないだろうか。


そんな不安もある。

彼女を見つめると、麻美ちゃんはにこっと笑った。


「じゃあ……付き合ってくれてありがとう!バイバイ、千葉さん」


背中を向けた麻美ちゃんが笑顔で手を振る。

その顔は普段街で見る高校生よりも大人びていた。


駅前の歩道から、彼女はゆっくりと横断歩道を渡ろうとしていた。


俺は軽く手を挙げて「気をつけてな」と返す。

そのときだった。


「危ないっ!」


俺は声を張り上げるより早く、全身が反射的に動いていた。


右から突っ込んできた黒い車。信号無視だ。


ブレーキの音もなく、ありえないスピードで突っ込んできた車に向かって、俺は麻美ちゃんの手首を一気につかんだ。


彼女の細い体を引き寄せるように、自分の胸に抱きかかえる。


車はぎりぎりで俺たちの横をすり抜け、タイヤの音だけが耳に焼きついた。


「――っ、はぁ、はぁ……!」


車はなにごともなく過ぎ去っていった。


「ケガは?どこか痛いとこない?」


俺の問いかけに、麻美ちゃんは小さく首を縦に振った。

でも目には涙がうっすらとにじんでいて、俺を見上げたまま動けないようだった。


「びっくりした……」


優しく声をかけながら、俺は彼女の頬に手を添える。


麻美ちゃんはその手に自分の小さな手を重ねて、そっと目を伏せた。


不器用に笑ってみせると、麻美ちゃんもふわっと笑った。


「へへっ、なんか照れる」


──ドキン。


なんか……かわいいな。

今すぐにぎゅっと抱きしめて家に連れて帰りたい気持ちをこらえる。


「じゃあ、また」


こうして俺は麻美ちゃんの背中を見送った。


人っていつから恋に落ちるんだろうな。

もうしばらくときめいたことはなかった。


人を信頼できなくなってから、適度に遊んで、恋なんていう感情も忘れるほど心は冷めきっていたのに、いつの間にここまで気持ちが動くようになったのだろう。



「しかも相手が高校生って……マジかよ」





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