【麻美side】
私は千葉さんの家を飛び出した。
「そっ、か……佐知姉と千葉さん、付き合ってたんだ……っ」
涙を必死に我慢する。
過去のことだ。今はもう関係ない。
そうやって自分に言い聞かせては見るけれど、ちっとも心になじまなかった。
胸の奥がじくじくと痛んで、息を吸うたびに胸が苦しくなる。
だってふたりの雰囲気が、まだ過去の恋愛を引きずっているように見える。
消えていない恋なのではないかと、どうしても思ってしまうんだ。
「……っ」
悲しいな。
せっかく両想いになれたのに。
苦しいな。
だったら最初から隠さないで教えて欲しかったな……。
千葉さんの家を飛び出した時、後ろで千葉さんの呼び止める声が聞こえた。
「麻美ちゃん……!」
でも私は立ち止まることはなかった。
夜の冷たい風が肌を刺し、涙を乾かしていく。
誰もいない、近くの公園までやってきてベンチに座る。
真っ暗な空に、ぽつりと星が浮かんでいた。
佐知姉は過去に一度だけ忘れられない恋をしたと言っていた。
たぶん、それが千葉さんとの恋だったんだろう。
千葉さんと久しぶりに再会してから変な様子もあったし、ふたりの恋がまた再熱してしまう可能性もあるかもしれない。
「私、自信……ないんだ」
佐知姉に勝てる自信がない。
今まで私が付き合ってきた彼氏は、自宅に連れてくるとみんな佐知姉の方をみてぽっと顔を赤らめていた。
その光景を、何度も見た。
見るたびに、心のどこかがひりついた。
佐知姉が美人なのも魅力的なのも知っていたから、男の人ってこんなもんなんだってそれを見て思った。
私が恋愛にあまり興味がなかったのは、真剣に付き合ったって男の人はどうせ余所見すると分かっていたからかもしれない。
今までは「ああ、またか……」くらいに思っていたのに、今回はすごく嫌だった。
胸の奥に黒く渦を巻く嫉妬や不安が、どうしようもなく私を締め付ける。
千葉さんを取られたくない。
余所見してほしくないの……っ。
「……っ、ぅ」
気づけば目から涙が零れていた。
その涙は頬を伝って地面へと落ちていく。
地面のアスファルトに、ぽつぽつと円を描く雫たち。
いつの間にこんなに、千葉さんのことを好きになっていたんだろう。
恋愛に冷めていたと思ったら、泣くくらいのめり込んで、傷ついて……。
不思議だな。
それだけ千葉さんのことを好きになっちゃったんだね。
しばらく涙を拭っていると、どこからか地面を蹴る音が聞こえてきた。
「全く、どこに行ったと思ったら、こんな暗い公園に行ってさ……ひとりで外で歩いちゃダメって言ったろ?」
顔をあげると、そこには息を切らした千葉さんが立っていた。
額には汗が浮かび、シャツの裾がわずかに風で揺れている。
走って私を探してくれたんだろう。
でも……。
「来ないで……今は話したくない」
私は千葉さんを突き放した。
視線を合わせることすらできなかった。
自分の中に渦巻く感情を、うまく抑えられそうになかったから。
今、話したとしても私は千葉さんに嫌なことを言ってしまうだけだ。
そう思っていると、千葉さんは言った。
「ねぇ、麻美ちゃん。俺に今の感情全部ぶつけてほしい。思っていること全部……真っ黒な感情でも、キレイなものじゃなくても俺は全部受け入れる……だから」
そこまで伝えると、千葉さんは言葉をつまらせた。
そんなこと、言いたくないよ。
だって千葉さんのことが大好きなんだもん。
好きな人に汚い言葉なんか使いたくないでしょ?
だから、今は時間が欲しいの。
すると千葉さんは落ち着いた声でたずねた。
「麻美ちゃんはさ、俺がまだ佐知を好きだと思ってる?」
千葉さんの問い掛けに私はコクリと頷く。
これまでのふたりの様子を見れば分かる。
まだふたりに未練があることが……。
離れていた分、出会ったことで一気に気持ちが蘇ってきたんじゃないかと思う。
「そうじゃないんだけど……って言っても今は信じてくれないんだろうな」
千葉さんは静かにつぶやいた。
その声に、どこか悔しさのようなにじみ出た感情が混ざっていた。
信じられないよ……。
だったらすぐに言って欲しかった。
前付き合っていたことがあるって。
でももう昔のことだからあんまり覚えてないよって言ってくれたら私は安心出来たかもしれない。
「ふたりして隠すんだもん……っ、信じられるわけない。見てれば分かるよ。大事な恋だったんだよね?」
うつむくと千葉さんは私と距離を取りながら続ける。
「そうだよ。確かに大事な恋だった。俺にとっても佐知にとっても」
ほら、やっぱりそうじゃん。
違うって言ってくれないじゃん。
それなのに、追いかけてくるなんて残酷すぎるよ。
千葉さんはずるすぎる。
「千葉さんが私にかわいいって言って来たのも、連絡先聞いたり、付き合うことを承諾してくれたのも、佐知姉に似てたからだったりしてね?」
心の中が真っ黒になってしまって言いたくないことも口から出てしまう。
頭では止めたくても、感情が先に声に出てしまう。そんな自分が悔しい。
こんな自分になりたくないのに。
もっと余裕があって、過去のことだからと許せる大人になりたかったのに。
自分の中に抱いてる理想はただの理想で現実にすることは出来ない。
「……本当にそうだと思ってるの?」
千葉さんの声のトーンが少し下がった。
いつもよりも低い声で少し怒っているんだと気づく。
私は慌てて顔をあげると、私の目の前には千葉さんがいた。
すぐそばに立つ彼の瞳が、まっすぐ私を射抜いている。
「俺はそんな理由で麻美ちゃんの告白を受け入れたことは一度もないよ」
真剣な顔で立っている千葉さん。
彼はまっすぐに私を見つめる。
「俺が佐知のことを知っているのは高校時代の佐知の姿だけだ。今俺が向き合っているのは佐知じゃなくて麻美ちゃんだよ」
分かってる。
千葉さんの言ってることは分かってるんだ。
でも……。
千葉さんの心が本当に私にあるのかが分からなくて不安になるんだ。
「佐知姉ね……高校生の頃からすっごいモテたのに、それからずっと恋愛しなくなったの。特定の人と付き合わなくなった。高校の頃の恋愛がすごく佐知姉にとって大事なものなんだってその時に私は知ったんだ……」
私が話し出すと、千葉さんははっとしたように顔をあげた。
ふたりにとって大事な恋だったのなら、千葉さんにとっても大事なもので……それから忘れられない恋だったんじゃないかと思う。
その事実が、私の胸を静かに締めつける。
それなら、私は千葉さんのためにも佐知姉のためにも身を引いてあげる方がいいんじゃないか。
そんなことを考えてしまう。
「そんな話聞いちゃったらさ……私はもう……千葉さんの心に入っていくのなんて無理だよね。ただの高校生の私が……千葉さんの心を奪うなんて無理に決まってるよね……っ」
私は目にいっぱいの涙をためながらそう告げた。
本当は千葉さんにはいいたくなかった。
佐知姉の大事な恋の相手が千葉さんだったこと……。
落ちた涙が地面を揺らす。
知りたくなかったな。
千葉さんに恋をしなかったら知らずに済んだのに。
まんまと恋に落ちてしまったんだもん。
大事な姉の恋まで知ることになってしまった。
「たしかに過去の俺の恋心に麻美ちゃんが入ってくるのは無理かもしれない。でもさぁ……今、俺は過去を生きてるわけじゃない。今向き合っていて、大事にしたいと思っているのは麻美ちゃんで、麻美ちゃんが勝てないわけないんだよ」
「千葉、さん……」
さっきまで引いていた涙が再びあふれだす。
頬を伝う涙は止まる気配もなく、胸の奥がきゅっと締めつけられる。夕暮れの余韻が残る空の色は、まるで不安と安堵が交差する心の中のようだった。
私が佐知姉に勝てるのかな。
佐知姉と私が並んだ時に佐知姉じゃなくて、私を選んでくれるのかな。
「俺さ……麻美ちゃんと付き合う時に絶対に泣かせないって、大事にするって心に決めて付き合ったんだ」
「えっ」
「だけど、もうこんなに泣かせちまってる。カッコ悪いよなぁ……。どうしたら、麻美ちゃんの不安を拭える?俺が出来ることならなんでもする」
そうやって千葉さんは私のことをぎゅっと抱きしめてくれた。
胸に触れる千葉さんの鼓動が、優しくて、静かで、でも確かにそこにあって。
安心がじわじわと体の奥まで染みこんでいくようだった。
「ち、千葉さん……本当に私のこと、大事にしたいって付き合ってくれたの?」
「それは当たり前じゃん」
「勢いでOKしたのかと思ってた……」
「そんなわけないだろう?俺だって年の離れた麻美ちゃんとの恋愛は慎重になるよ。そんな適当な気持ちで答えたりしないって。伝わってなかったのか」
「ごめん」
「いや、それは俺の責任だな。本当はさ、めちゃくちゃかわいいなって思ってるし、大事にしたいって思ってるよ。あんまりそういうの口にしないだけで」
「千葉さん……っ」
ずっと不安だったんだ。
私が勢いで、かなり強引に告白したから、千葉さんはそれに付き合ってるだけなんじゃないかって。
子どもだから振ったら傷つけるんじゃないかって、だから受け入れてくれたんじゃないか。
千葉さんは大人だから、もっと同じ歳のいい人がいるんじゃないかって不安になっていたんだ。
でも今、こうして言葉をもらって、触れてもらって、ようやくその不安がほどけていく気がした。
張りつめていた心の糸が、そっと緩んでいく。
「ねぇ、麻美ちゃん……麻美ちゃんの前で佐知と話してもいいかな」
「えっ、佐知姉と……?」
「麻美ちゃんが不安になることはしないよ。俺と佐知、きっと同じ気持ちでいると思うんだ」
「同じ気持ち……?」
どういう意味だろう?
千葉さんと佐知姉が再び会うと聞いて少し不安になる。
すると千葉さんは言った。
「俺たちってさ、過去にお互いを信じることが出来ずに別れることになったんだ。未練があるのは、その恋にじゃなくてお互いに話しを出来ずに終わってしまったことだと俺は思ってる。だからあの時のことをしっかり話したいんだ」
「佐知姉のことをまだ好きってなっちゃうんじゃないの?」
私が不安気に聞くと、佐知姉は言った。
「そんなわけないだろう。俺が選んだのは麻美ちゃんで佐知じゃないよ」
その言葉が、まっすぐ胸に届いた。冷たい夜風の中にあっても、心の奥にぽっと明かりが灯ったように、あたたかくて、優しかった。
ハッキリと告げてくれた言葉に、私は自分のモヤモヤした気持ちがだんだんと晴れていくのが分かった。
そして私は座っていたベンチから立ち上がる。
「ねぇ、千葉さん……わがまま言ってごめんね。私、今なら佐知姉と千葉さんがしゃべっていても大丈夫って思える気がする」
「麻美ちゃん……優しいね」
千葉さんはそう言って私の頭を撫でてくれた。
真っ暗な公園の中。
千葉さんの家から出てきてしまったため、彼とくっつく時間もほとんどなかった。
「ねぇ千葉さん……」
キス、したい。
そう告げようとした時。
「んっ……」
甘い甘いキスが降ってきた。
「ち、千葉さん……!?」
「ごめん、キスしたくなった」
千葉さんは照れたように鼻をかいた。
ああ、やっぱり好きだ。
大好きだ。
好きだから千葉さんのことを信じたいし、受け入れてあげたいと思う。
恋をするって大人になることなんだね。
気づけて良かった。
冷めたままの私じゃなくて良かったと思うよ──。
それから私は佐知姉に切り出すことにした。
「ねぇ、佐知姉……私、佐知姉と千葉さんが付き合っていたこと、千葉さんから聞いたよ」
そう告げると、佐知姉ははっとした顔をしていた。
「正直言うと、隠されてたことにショックだった。佐知姉の大事な恋の相手は千葉さんなんでしょう?」
私の言葉に佐知姉はうつむきがちでこくんと頷いた。
「ごめんね、ちゃんと言わなくて……ようやく真剣になれる恋が出来たと報告してくれた麻美を傷つけたくなかったの……でも、隠された方が傷つくよね」
私は深呼吸しながらゆっくりと話した。
「なにがあったとか、どういう恋だったとは千葉さんからは聞いてないよ。でもふたりにとって大事な恋なのは分かった。それでね、佐知姉……もう一度千葉さんとしゃべってみない?」
言葉を口にするたび、胸の奥にわずかに残るちくりとした痛みが波紋のように広がった。
でも、それ以上に誰かを信じる強さを手に入れた今なら、この痛みに負けたくないと思えた。
勇気がいる言葉だったけど、もう大丈夫。
千葉さんは今は私と向き合っていると、しっかりと口にしてくれたから。
すると、佐知姉は驚いたかのように目を見開いた。
「なに言ってるの!?遠也とはもう会わない。会う必要もない」
佐知姉……千葉さんのこと遠也って名前で呼んでたんだ……。
そりゃそうだよね。
付き合っていたんだもん。
胸の奥がきゅっと縮こまったように感じた。
自分でも知らないうちに息を止めていたことに気づいて、そっと呼吸を整える。
少し弱音を吐いてしまう自分にかつをいれる。
そうじゃないでしょ。
今するべきことは決まっているんだから。
「千葉さんに聞いたのは、後悔してることがあるって言ってた。それを伝えたいんだって。話すことで解決するんじゃないかって言ってる」
困ったように視線をさまよわせる佐知姉。
その視線の先には、窓の外に揺れる洗濯物や、午後の日差しがこぼれる庭の一角。静かな空間のなかで、ふたりだけが過去の時間に取り残されているようだった。
困らせているよね……。
本当だったら、もう会わない相手だったんだもん。
すると佐知姉は言った。
「麻美はそれでいいの……?私は麻美が一番大事。大事なかわいいかわいい妹なの。だから私が関わることによって嫌な気持ちになってほしくない」
佐知姉……。
佐知姉はいつも私の味方でいてくれた。
年が離れていても、どんな時も私の話を聞いてくれて、アドバイスしてくれて可愛がってくれていた。
だから今回のことも本気で私のことを考えてくれているんだろう。
「私は大丈夫。ふたりが後悔していることがあるなら、話してほしいって思うよ」
口にしてから、ようやく心がほんの少し軽くなった気がした。
誰かのために優しくなれる自分を、自分で認めてあげられた瞬間だった。
そうやって告げると、佐知姉は少し安心した顔をした後、まっすぐに私を見つめた。
「分かった。遠也と話す……でも大丈夫だから、心配しないでね」
そう言って佐知姉は私の頭を撫でてくれた。
その手の温もりが、幼いころから変わらずに私を包んでくれることに、なぜか涙が出そうになる。言葉よりも、その優しさが胸に沁みた。
それから千葉さんにも連絡をして、約束の日がやってきた。
佐知姉が休みの日に合わせて、千葉さんは私の家にやってきて話すことにした。
お母さんは今日は仕事で家にはいない。
今日はゆっくりと話が出来るだろう。
「おじゃまします」
部屋の中は落ち着いたライトグレーのカーテンがかかっている。
佐知姉と千葉さんに以外に誰もいないからか静かな空間が流れていた。
「どうぞ……お茶、いれたから」
佐知姉がどこか遠慮がちに湯呑みを三つ、テーブルに並べる。
その手元を見つめながら、私は目を伏せた。
佐知姉も千葉さんも、言葉を選んでいるように口を開こうとはしなかった。
「な、なんか緊張するね」
私が声をかけると、ふたりは小さく笑った。
「ごめんね、麻美。気を遣わせて」
佐知姉がそう言うと、彼女は先に話し始めた。
「あの時のこと……忘れたことはなかったよ。ずっと謝れなかったことを後悔してたし、信じてあげられなかったことも後悔してた。後から聞いたの、あの相手……本当のお姉さんだったんだって」
佐知姉は窓際を見ながらそんな言葉をつぶやく。
ふたりの間になにがあったのかは分からないし、今更聞くつもりもない。
大事な時を過ごしたふたりの話しはふたりにしかわからない。
私が入っていく必要はないと思った。
ずっと黙ってきいていると、今度は千葉さんが口を開いた。
「高校のとき、俺も……信じて欲しいって気持ちが強くて、なにも否定しなかった。不安になってる佐知をおいて、自分のことを信じてくれよってひどく自分勝手だなって思った」
佐知はうつむいた。
机の上にそっと置いた手が、ほんの少し震えている。
「……あのとき、信じてあげられたら変わっていたかもしれない。でも変わらなかったかもしれない。でも私もすごく自分勝手で子どもだった。本当にごめんね」
ふたりの言葉が、ゆっくりと積み重なっていく。
恋人だって相手の心のうちが見えないことはあるだろう。
それを知ろうとせず、自分の感情を優先してしまうこともあるだろう。
たくさんの積み重ねによって生まれた恋が簡単に崩壊することだってある。
でもしっかりと向き合うことが出来れば、それはして良かったと思える恋になるのかもしれない。
「俺も……ごめん。あの時、引き留めることが出来なくて」
私はなにも言わずにふたりを見守っていた。
どっちも大切なふたりが笑顔になれる日が今日だといい。
そう願って……。
すると、佐知姉はわずかに口元をほころばせていた。
「……早く謝って置けばちゃんと、終ったのにね」
「時間かけ過ぎたよな。でも……もう、ちゃんと過去になった気がする」
「うん、そうだね」
そう言った佐知の表情は、どこか軽くなっていた。
「麻美、変なことに付き合わせてごめんね」
佐知姉が言うと、私はふっと笑った。
三人の間に、ようやく柔らかい空気が流れた。
「遠也、麻美のこと幸せにしなかったら私がぶっとばすから」
「言われなくても?」
ふたりは冗談を言って笑い合っていた。
それから少し話をすると、私と千葉さんは外にデートをしに行くことになった。
「佐知姉は家にいるの?」
「うん。ちょっと部屋の掃除をしたいから……」
佐知姉はつぶやく。
千葉さんと、会った時、浮かない表情をしていた佐知姉だったけれど、今はなんとなくスッキリした顔をしているように見えた。
私たちは家を出ると、千葉さんと駅まで歩くことにした。
「ちょっと緊張しちゃった、千葉さんに気持ちが戻ったらどうしようって」
「心配させたな」
そう言って千葉さんは私の頭をポンポンと撫でた。
「でもお陰でスッキリしたよ。もう謝れたし、心残りもない」
まっすぐに前を見る千葉さん。
そんな千葉さんに私は声をかけた。
「良かった。それじゃあしっかり私に向き合ってもらわないとね?」
「麻美ちゃんもだよ」
「えっ」
私が足を止めると、千葉さんは言った。
「なんか恭ちゃんから聞いたけど、彩乃ちゃんにはまだ言ってないんだって?」
「あっ、それは……」
「あーあ、俺悲しいな。まだ彼氏だって認めてもらってないのかな?それとも俺が年上だから慎重になってるのかなぁ?」
う……バレてる。
でも千葉さんを認めていないわけじゃない。
私、自分に自信がなかったんだよね。
本当に千葉さんの隣に立ってもいい存在なのか。
本当に私は彼に恋をしたといえるのか。
ずっと心配だったから彩乃には言えなかった。
でも……。
「次の日、学校で言おうと思ってる」
もう私は自分の気持ちがハッキリ分かったから。
私ははじめて大切にしたと思える恋ができたし、大事な親友にも報告したい。
これで私……本当に自信を持って付き合ってるって言えると思うんだ。
「伝えたら報告するね」
私が千葉さんに言うと、彼はまっすぐに私を見つめた。
「麻美ちゃん……改めて言うけど、麻美ちゃんのこと大事にする。だから俺の隣にいてください」
紳士的に手を差し出す千葉さん。
私はその手をとって言った。
「私も……千葉さんと一緒に歩んでいきます」
手を繋いで歩くと幸せで、不安なんて今はなにもない。
でもきっと不安になることがあっても千葉さんは私と向き合って解決しようとしてくれるだろう。
無理に大人にならなくてもいい。
心のうちを伝え合って解決していければ、その恋は大事に大事に育っていくだろう。
「大好き」
「俺も麻美ちゃんのこと大好き」
きっかけは親友の恋から。
親友を想う気持ちが恋に変わり、育っていくものだってきっとあるよね──。