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第32話:子どもと大人の伝える決意


【麻美side】


 教室のドアを開けた瞬間、朝のざわざわとした空気が飛び込んできた。


いつも通りの風景。その中に、彩乃の姿が見えた。


窓際の自分の席で、ポーチからリップを取り出して鏡をのぞいている。


ああ、どうしよう。

今日言うんだと思うと、変に緊張する。


「おはよ」


私は、声をかけて彼女の隣に腰を下ろした。


「おはよー」


いつものように彩乃はリップを塗りながら、昨日あったできごとを話をしはじめた。


彩乃はおしゃべりだから、なんでも教えてくれる。

昨日、彩乃は恭ちゃんと図書館に行ってきたらしい。


なんでもテストの点数がヤバかった件でデートをする予定だったんだけど、遊んでる場合じゃないと怒られ、勉強をする羽目になったそうだ。


彩乃らしいエピソードだなぁ……。

なんて考えながらも、なかなか言い出すきっかけがつかめない。


「麻美はなにしたの?」

「あっ、えっと……」


今日こそは言おうと思ってたんだけど、いざとなると……。


留まっちゃうんだよね。


でも彩乃も勘づいていながらも、待っていてくれてるんだよね。


これ以上待たせるのは、彩乃に申し訳ない。

ここは勢いだ。


勢いで言わなくちゃ……!


「あ、あのね!彩乃……聞いてほしいことがあるの」


私はそう切り出した。


彩乃の横顔は、無邪気そうに笑ってるけど、目はまっすぐこっちを見てる。


「どうした?」


私は、一度だけ深く息を吸った。


「……あのね、あたし、今千葉さんと付き合ってる」


言った瞬間、なんだか急に緊張してしまってピンと背筋が伸びる。

するとそれを聞いた彩乃は、目を大きくみひらいた後、ゆっくり口角を上げた。


「麻美……!おめででとう~~~!」


そして拍手をしてくれる彩乃。


「やっぱり、そうなんじゃないかって思ってましたよ~いつ言ってくれるのか待ってたの」


「だ、だよね……なんとなくそれは気づいてたんだけど……ごめんね。なかなか言えなくて」


「ううん。麻美なら絶対言ってくれると思うから、大丈夫。恭ちゃんからも報告は聞かないからって絶対に言わないでって言ったんだ!麻美の口から聞きたかったから……」


「彩乃……」


優しいな。

信じて待っていてくれたんだろう。


話したいことがあると言った時、彩乃も期待するようにこっちを見てくれたもんね。


「にしても麻美~~!恋すると分かりやすすぎ」

「えっ、そうかな?」


「そうだよ!ここ最近ずっとそわそわしてたし。めっちゃ誰かと連絡してるような感じだったし?正直バレバレというか……最初は全然相手は気づかなかったけどね?」


そう指摘されて私は恥ずかしくなった。


恋愛マスターなんて彩乃が言って、私が教えることも多かったけれど、正直教えられるほど本気の恋をして来なかったって今気づいたんだもん。


「なんか恥ずかしいな。言うのが遅くなっちゃったのは、ずっと自分に自信がなかったからだと思う。ほぼ……はじめてみたいな恋愛だから」


「知ってるよ」


私が告げると、彩乃はニコッと笑った。


「ずっと見てきたもん!彩乃は誰かをすご~く好きになったり、離れたくなかったりしたことなかったもんね」

「うん……」


「それで、今はどうなんですか?」


彩乃はニヤニヤしながらたずねて来る。


「そ、それは……」


さすがに逃げられ無さそうだ。


「かなり……好き、かも」


ぽっと顔を赤らめながらいうと、彩乃は周りを気にせず「キャー」なんて叫び出した。


「ちょっ、彩乃……!周りに聞かれるから」


すると、彩乃は私の手をそっと握った。


「これからはさぁ、こういう恋バナもたくさんできるね。好きな人のことで悩んだり、のろけたり、たくさんしようね!」

「わ、わたしは別に彩乃みたいにベラベラ話したりしないもん」


恥ずかしくなり、ふいっとそっぽを向くと、彩乃は意地悪な顔で笑った。


「いいですよ~別に。無理やり聞きだすもんね」


あれ……もしかして彩乃に言ったのは、失敗だったかもしれない!?


「今日はもう全部聞くまで帰しませんからぁ」


「絶対言わないようにしよ……」


そんな話をしていると、思わず笑いがこぼれてきて、ふたりして顔を見合わせながら笑った。


「でもやっと言ってくれて、うれしいよ。麻美が誰と付き合ってても、あたしは麻美の味方だから。それはこれからも覚えておいてね」


その言葉に、心の奥がじんわりとあたたかくなる。


ずっと迷ってた。

早く彩乃に言わないとなぁって。


そんな時に千葉さんが佐知姉の元カレだったが発覚して、さらに自分だけが幸せになっていいのかって、自問自答してた。

でも、彩乃のこの一言が、そんなぐるぐるした思いを、ふっと軽くしてくれた。


「……ありがとう。彩乃の親友になれてよかった」


自分の気持ちに正直になれたことも、彩乃を信じられたことも、きっと、私にとって大きな一歩だ。


「よーし、それならさ!今日の放課後、ファミレス行こうよ!」


唐突に彩乃が声を上げたので、私はきょとんとした。


「ファミレス?」

「うん!だってお祝いしなきゃでしょ?麻美がついに彼氏できた記念パーティー!」


「え、いや、そんな大げさな……!」


「あたしの時もやってくれたじゃん!それにお祝いは盛大にやった方が楽しいからね!」


「彩乃……」


彩乃がちょっと前に恭ちゃんのことで悩んでいて、私はその後に千葉さんと付き合い出したことで、彩乃との時間も少なくなってたから、今日くらいはファミレスでひたすら話をするのはいいかもしれない。


それから放課後──。

私たちは学校を出て、駅前のファミレスに向かった。


外は少し日がかたむきかけていて、肌に触れる風が心地よい。


ファミレスのドアをくぐると、香ばしいポテトの匂いと、食器が触れ合う音が迎えてくれた。


まだ夕方で、店内が空いているからか、私たちは窓側の4人席に案内された。


「やった、広い席だね」

「ねっ」


メニューを広げる。

彩乃はなんだかはしゃいでいるようにも見えた。


「麻美はなににする?甘いの?しょっぱいの?ドリンクバーは当然ね?」


彩乃、いそがしいな……。


「え、えっと……じゃあパンケーキとポテト……」


「じゃああたしはオムライスにしよっと!」


「ご飯食べるの!?」


「だってお腹すいちゃったんだもん」


注文を終えたあと、ふたりでドリンクバーに向かってカップを片手に選びながら、好きなものをついできた。


「ねぇ、麻美!あたしいいこと考えちゃった」


にやりと笑う彩乃。

彩乃のいいことってなんだか怪しい気がするんだけど……。


「せっかく4人席に案内されたし……恭ちゃんたちここに呼んじゃう!?」


「え、そんなこと出来るかな?」


千葉さんって今日はお仕事だよね?

すると彩乃は言った。


「……なんか今日、残業しちゃいけないノー残業デーって日みたいなの」


ノー残業デー?

そんなのあるんだ。


「だからこの日は、早く帰れるって言ってたよ。もし千葉さんもいるんならさ、あと3時間くらいここで時間つぶしてたら来てくれるかも」


「たしかに……」


来てくれたら嬉しいけど、仕事で疲れたりしてないかな?

でも平日に会えるってめちゃめちゃうれしいかもしれない。


そんなことを考えていると、表情を彩乃に見られていたようで目を細めながら言われる。


「へぇ~やっぱり会いたいんだ」


なんか、恋をしだしてから主導権を彩乃の方に握られている気がする。


前までは彩乃姉さん、なんて言って色々教えてくださいって感じだったのに!

それはそれでちょっと悔しい。


でもしばらくは、これが続くのかもしれない。

彩乃の方が今はお姉さんだものね。


「じゃあ一応送ってみるね!」


彩乃はメッセージを恭ちゃんに送ってくれた。


「今、麻美もいるから、一応千葉さんも誘ってね、って恭ちゃんに言っておいたよ」

「ありがとう!来てくれるかな?」


「そりゃ~愛おしい彼女のためなら飛んでくるでしょ」

「愛おしいって……」


「……まぁ。その間に付き合った経緯を聞いておきましょうかね?」


「もう!自分が優位だからって!」


それから私たちは時々、軽いものを頼んだりしながらファミレスでしゃべって過ごしていた。


ひととおり、千葉さんと付き合うことになった経緯や今まであったことを話すと時間があっと言う間に経っていた。


あたりは暗くなり、時計は18時を指している。

すると、「今から向かう」と恭平くんから連絡があった。


「やったね!来てくれるって!」


千葉さんも来てくれるのかな……?


今でも会えるのは、休日だけ。

今はその土日が待ち遠しくて仕方ない。


土日とも時間を作ってくれるからわがままは言えないんだけど、千葉さんと電話してると会いたいなって思っちゃうんだよね。

だから今日来てくれたら嬉しいな。


彩乃が今、ドリンクバーを取りにいっている。


私は、窓際の席でストローをくるくる回しながら窓の外を見つめた。


来て、くれるかな……。

こうやって千葉さんを待っている時間も好きな時間になった。


恋って本当に不思議。

今までなんとも思っていなかったことに、心がきゅんきゅんしてしまうのだから。


そして10分くらい経った頃、ファミレスの入口の鈴がちりんちりん、と鳴った。

音のする方に視線を見ると、入口のドアが開き、スーツ姿の男性がふたり入ってきた。


「ごめん、遅くなった」

「やっほー、おふたりさん」


千葉さんの静かな声に、心臓が跳ねる。

その横には、恭ちゃんが少し疲れた表情で立っていた。


だけど彩乃を見た瞬間、柔らかく目元をゆるめる。


私はそれをぼーっと見て、恋している人の顔だと思った。


「おつかれ、彩乃。……麻美ちゃんも呼んでくれてありがとね」


「い、いえ、お疲れさまです……」


呼んでくれたなんて……。


私がただ千葉さんに会いたかっただけだ。


千葉さんは私の隣に腰を下ろした。


「ふ~疲れた」


なんて私の顔を見て笑ってくれる。


「お疲れ様です。これ、メニューあるよ」


恭ちゃんも、彩乃の隣に腰をおろした。


千葉さんも恭ちゃんもスーツ姿だ。


こうして制服姿で大人のふたりと並んでいると、ますます年齢差を感じてしまう。


周りから見たら、兄と妹とか思われてるのかなぁ……。

私はまだまだ周りからの見られ方を気にしてしまう。


けれど、彩乃はそんなの全然気にしていないようだった。

でもきっと彩乃も通ってきた道なんだろうな。


「恭ちゃんに会えるのうれしい~」


「お前、昨日も俺の家に押しかけて来たばっかりだろ」


「え~~だって毎日会いたいじゃん♡」


ふたりともラブラブだなぁ……。

そんなことを思っていると、千葉さんがちょんちょんと私の手の甲をたたいた。


「?」


私が顔を千葉さんに向けると、彼は小さい声で言う。


「今日会えると思ってなかったから嬉しい」


……!


千葉さんは二っと歯を見せる。

千葉さんもそんな風に思ってくれたんだ。


私は少し顔が熱くなるのを感じた。

そして店員さんにメニューを注文したふたりに彩乃がニヤニヤしながら言った。


「ちょうど今ね、麻美から、千葉さんと付き合った経緯を聞き出してたとこなんですよ~!」


「お、おい彩乃。本人の前で聞いてやるなよ」


「ん?だって聞きたいじゃん」


「……っもう、知らない!」


顔を真っ赤にして下を向くと、隣で千葉さんが小さく笑った。


「そんな大した話じゃないよ。ただ……俺が麻美ちゃんのことを好きになったって、大事にしたい存在に変わっていったってだけ」


にこっと笑顔を作りながら言う千葉さん。


「っ、千葉さん……!」


その一言があまりに真っ直ぐで、私は思わず顔を伏せた。


「ひゅう~~愛されてる」

「もう、茶化さないでよ」


恥ずかしい……なにこの空間。

すると彩乃は真剣な顔を千葉さんに向けた。


「麻美のこと、大事にしてあげてくださいね。ほんとに、すっごくいい子なんで」

「……うん、もちろんね!」


千葉さんはそうはっきりと答えた。

そして、「それで」と切り出すと今度は千葉さんは彩乃たちの方に視線を向ける。


「聞くってことは聞かれる覚悟も出来てるってことでいいですかね?」


「ちょっ……それは彩乃が勝手に聞いたことだから俺は答えねぇからな!」


千葉さん……カウンターが上手い。

恭ちゃんよりもちょっと上手な千葉さんは、しっかりとふたりのなれそめについて聞き出していた。


彩乃のことは私は全部知ってるんだけどね?


それからご飯をたべ少し話をすると、ここでお開きにすることになった。


「じゃあ麻美、また学校でね」

「うん!」


ファミレスを出ると、夜の風がほんのり涼しくて、火照った頬に心地よかった。


彩乃と恭ちゃんは、別方向に。

千葉さんは私を家まで送ると言ってくれた。


「ごめんね、疲れてるのに家まで送ってもらっちゃって」


「全然、俺ももうちょっと麻美ちゃんと一緒にいたいし?」


千葉さんは無言のまま、私の歩幅に合わせて隣を歩いてくれる。


さっきの「付き合った経緯」だの「大事にする」だの、真顔でさらっと言ってくれた言葉がうれしかった。


思い出すたびに、胸がじんわり熱くなる。


「今日は、突然呼び出しちゃってごめんね」


「ん?全然……嬉しかったけどね。彩乃ちゃんにも報告してくれたんだろう?」


「うん、報告したらパーティーしようって言ってずっとファミレスにいたの」


「彩乃ちゃんも優しいな」

「うん……本当、いい親友に出会えたよ」


私が遠くを見つめて言うと、ポンっと頭に手が落ちてきた。


「良かったな」


千葉さんはにっと歯を見せて笑う。


「今も嬉しいよ……千葉さんに会えたから」


私が彼を見つめながらいうと、彼はぱっとそっぽを向く。


「そういう、いきなりデレるのやめてもらえません?」

「だって……」


もう親友にも報告することができて、自信がついた。


だから自分の思ったことは全部伝えていこうと思うんだ。


「そういう、いきなりデレるのやめてもらえません?」


そう言って視線をそらした千葉さんの横顔が、少しだけ赤く見えて……。


なんだか、ずるいなって思った。


「だって……」


小さくそう返された声が、なんとも言えない優しさを含んでいて。

私の胸の奥に、またじんわりと温かさが広がる。


今日、ちゃんと彩乃に報告できた。


“自分の口で伝える”って、少し勇気がいることだったけど、

伝えたことで、自分の中の不安がすっと消えていくような気がした。


「……だからね」


私は千葉さんの横顔を見ながら、声を出す。


「これからは、ちゃんと自分の気持ちを伝えていくつもり。黙って我慢してるより、好きな人に“好き”って伝える方が、ずっといいって思ったから」


千葉さんがゆっくりとこちらを見た。


「そう思えるようになったのは、千葉さんのおかげだよ」


言ったあと、ちょっとだけ恥ずかしくなって、自分のつま先を見つめる。


沈黙が私たちを包み込む。

でも、それは気まずさじゃなくて、心が落ち着いていくような、静かな時間だった。


「……あーあ、俺……まじで二十歳まで我慢しろよ」

「千葉さん?なに言ってるの?」


「いや、絶対耐えるし……」


なんか千葉さんがブツブツ言ってるんだけど……。


すると、千葉さんがそっと私の手を取ってくれる。


「行こう。俺もこれからはたくさん好きって伝えさせて」

「うん」


その手は、あたたかくて、指先までやさしくて。

どこか心細かった自分を、ちゃんと見つけて包んでくれるようなぬくもりだった。


この人と一緒にいると、自分に少しずつ自信が持てる。

きっとこれからも、戸惑ったり悩んだりする日もあるだろうけど、

でも今だけは、胸を張って言える。

この人と一緒に歩んでいきたいと──。



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