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第33話:子どもと大人のご挨拶


やっと寄りを戻したあたしたち。


実はこの間、恭ちゃんがあたしの両親に挨拶をしたいと言ってくれたことにより、それが今日……実現しようとしています。


あたしはドキドキしながら家で恭ちゃんを待っている状態だ。


『彩乃の親にちゃんと挨拶したいと思ってる』


まっすぐに伝えてくれた言葉はすごく誠実なものだった。


あたしのお母さんと恭ちゃんは仲がいいから、改まって挨拶しなくてもって気持ちもあるのに、あたしたちの将来を考えて恭ちゃんは、しっかりと挨拶することを伝えてくれた。


恭ちゃんならきっと大丈夫。

これでお父さんとお母さんにしっかり報告できるんだね。


楽しみだ!

そしてあたしはお父さんとお母さんのふたりが揃っている時に伝えた。


『お母さん、お父さん明日ね!大事な話があるの。お父さんもお母さんも明日は家にいるって言ってたでしょう?だから紹介してもいいかな?』


大好きな人の存在を、両親に知らせる。

それってすごく大切なこと。


そして今。

あたしは、机に大事にしまったネックレスを付けて恭ちゃんを待っている。


ぅう……。

朝から心臓がバクバク止まらない。


時間まではまだ少しあるのに、落ち着かなくてじっと待っていることが出来なかった。


伝えにくるのは恭ちゃんなのに、あたしがドキドキしてどうするんだ、って叱咤する。


お父さんとお母さんには、昨日恭ちゃんが来るってことと、時間だけを伝えておいた。


なんとなく想像してたりするのかな?

それとも全然分からないまま?


でも心無しかお父さんもいつもよりソワソワしている気がする。


ああ……なんか不安になってきちゃった。


恭ちゃんのこと、伝えたら反対されたりしないかな?


お母さんなら平気だと思うんだけど、お父さんがちょっと厳しいんだよね……。


お父さんは出張が多く、家にいない日が多い。


だから帰ってきた時にはめいいっぱい遊んでくれるんだけど、お母さんが恭ちゃんを家に入れて一緒にご飯を食べていたことなんて知らないだろうし……。


お父さんが知ったらどう思うかな?


それに年も6歳も離れてる。


あたしまだ高校生だし色々不安材料はある。

だけど……。


キラリと光るネックレスを鏡で見ると、やっぱり安心出来た。


恭ちゃんとなら大丈夫だ。

そうやっていっつも乗り越えてきたんだから。


しばらく落ち着かないまま待っていると、やがて待ち合わせの時間はやって来て、家のインターフォンが鳴った。


来た。


「あたし出る!」


あたしが走って玄関まで向かうと、ドアを開けて恭ちゃんを出迎える。


「いらっしゃい恭ちゃ……」


すると……。


「す、スーツ……!?」


目の前にはカチっとしたスーツを立派に着こなす恭ちゃんの姿があった。


恭ちゃんの姿にあたしは驚く。


恭ちゃんのスーツ姿は仕事に行く時によく見慣れているけれど、今日はその仕事用とも違うようで、青色のワイシャツの中に紺のジャケットを着てピシっとネクタイを締めていた。


か、かっこいい……!


じゃなくて……今日は休日だし、てっきりあたし服で来ると思ってたんだけど!


「恭ちゃんもしかしてこの後仕事とか……」


「ねぇよ。大事なこと伝えるから、正装で来た」


いつにもまして真剣な表情をする恭ちゃんを見て、あたしまでさらに緊張して来た。


大事なこと……そ、そうだよね。


今日はいつもとは違うんだ。


玄関で話していると、お母さんがやってきていつも通りの笑顔を浮かべる。


「恭平くん、いらっしゃい。」


「おじゃまします」


スーツ姿を見て驚くこともなく、お母さんは久しぶりね~なんて言いながらリビングに案内した。


「そこに座っててちょうだい」


そう言ったお母さんに、恭ちゃんは持って来たお茶菓子を渡す。


お茶菓子の準備までしてたなんて……一体いつの間に用意したんだろう。


「そんな、いいのに~いつも気軽に来てって言ってるでしょう?」


「そうはいかないです。いつもお世話になりっぱなしですので……」


そんなやり取りを見ていて、あたしは笑った。

そういえば恭ちゃんがあたしの家に来るのって久しぶりかも。


昔はよく家にご飯を食べに来てたけど、恭ちゃんが社会人になってからはそういうのもめっきり減ってたもんな……。


それは自分でやっていける財力がついたっていうのもあると思うけれど、あたしは大きくなるにつれてあたしと距離をとっていたから、あたしにも気を遣ってくれていたんだろう。


お茶を入れにキッチンへ向かうお母さん。

すると、遅れてお父さんがやって来た。


「はじめまして、恭平くん。私は彩乃の父親の裕次郎だ」


「はじめまして、三谷恭平と申します」


頭を下げる恭ちゃんは、心無しか緊張しているように見える。


「いつも妻から恭平くんの話を聞いていたよ」


「すみません……勝手に上がり込んで」


「いや、もし俺が見つけていたとしても同じことをしただろう。田舎からひとりで出てきて、生計を立てながら大学にもしっかり通っていたのは立派だ」


「ありがとうございます」


いつもと違う恭ちゃんを横目で見ていると、あたしまで緊張してしまう。


恭ちゃんとお父さんの会話はなんだかビジネスの商談みたいだった。


まだまだ堅いふたりにお母さんがお茶菓子を持ってきてくれて場を和ませる。


「恭平くん、そんなにペコペコしないで……座ってリラックスしましょうか」


お母さんが声をかけてくれたことで、あたしたちはリビングのイスに腰を下ろすことにした。


イスに座ると、変な緊張感からか一瞬だけ沈黙の時間が流れる。


あたしは場を和ませようと関係無い話しをすることにした。


「なんだか、今日はいい天気だね!」


しかし、外は曇り空。

みんなぽかんと口を開けている。


「彩乃?ちゃんと外見てるか?」


恭ちゃんに言われると、お母さんがぷぷっと吹きだした。


題材はおいておいて少しはリラックスできた?かな?


あたしも緊張しているけれど、きっと恭ちゃんはそれ以上緊張しているだろう。


不安気に彼をみた時、恭ちゃんは姿勢を正してからゆっくりと話しはじめた。


「えっと……、今日はお話があって来させて頂きました」


そう言ってまっすぐにあたしの両親を見る。


その真面目な顔がカッコよくて思わずドキンと胸が音を立てた。


この人があたしの彼氏……。

カッコイイな……。


すると、さっきまでニコニコ笑っていたお母さんも真剣な表情になった。

一呼吸置くと、恭ちゃんは言う。


「単刀直入にいいます。今、僕は彩乃さんとお付き合いさせて頂いてます」


始めての告白。

普通の高校生同士の付き合いだったらわざわざわこうして報告する必要もなかっただろう。


でもあたしたちはそうじゃないから。


歳の差があり、周りの見る目に不安がある分しっかりと説明をしなくちゃいけない。


「もちろん真剣なお付き合いです。本当は、ずっと兄的存在として守っていきたいと思っていたんですが、彩乃さんと一緒にいるうちに彼氏として、彩乃さんの大切な存在として守っていきたいと思うようになりました」


考えて来てくれたのかな。

どうやって伝えたら伝わるか、真剣に向き合ってくれたんだろう。


もうそれだけであたしには十分伝わる。

恭ちゃんに愛されてると。


でもそれだけじゃ、ダメなんだよね……。


自分たちだけがよければいい恋にはならない。


案の定、恭ちゃんが告げると、お父さんは少し厳しい表情で言った。


「恭平くんは今、社会人。でもうちの彩乃はまだ高校生だ」


「はい、それも分かっています。誠意あるお付き合いを続けていくために、今回はお父様とお母様へ報告を出来たらと思ってここに来ました」


お父さん……。

あたしのお父さんはとっても優しいお父さんだ。


あたしがテストで悪い点数をとっても叱りつけることはしなかったし、頑張れって背中を押してくれるような人だった。


でも今、こうやって難色を示しているのはあたしが傷つくことがあるんじゃないかって不安に思っているからだろう。


「彩乃は今、高校生という若さと勢いだけでキミを選んでいるかもしれない」


お父さんの言葉にあたしは口を開く。


「そんなんじゃ……っ」


すると、恭ちゃんはあたしの前にそっと手を出した。


なにも言わなくていいということだろう。


「その可能性があることも分かっていますし、覚悟しています。傷つくことがあるとすれば自分だけでいいですし、これから俺が彼女の進路を邪魔することは絶対にしません」


恭ちゃんはまっすぐにお父さんを見つめる。


恭ちゃんのこと、傷つけることはあたしだってしたくないよ。


「なるほど……それだけの覚悟があるということだね!それじゃあ恭平くんは彩乃と結婚することも視野にいれてお付き合いしてくれているのかね?」


「はい、そうです」


恭ちゃんは一度も迷うことなくそう答えた。


こんなこと言ってくれる彼氏が他にいるだろうか。


こんな真剣な気持ちで付き合ってくれる人がいるだろうか。


認めてほしい。


お父さんにも……恭ちゃんは本当にステキな人なんだって知ってほしいの。


「お父さん、あたしもね……全然恭ちゃんには追いつけないって分かってる。でもね、本当に恭ちゃんが大好きなの。この気持ちは何年経っても絶対に変わらないって言い切れるよ」


しっかりと伝えなくちゃ。


あたしも言わなくちゃ。

お父さんにもお母さんにも認めてもらいたい。


応援してもらえるような恋がしたいの。

しかし、お父さんは渋い顔をして黙り込んだ。


やっぱりお父さんは厳しかった。

昨日、ずっと考えていた。


お父さんがもし、許してくれなかったらどうしようって。

そんな不安を察してか、ずっと黙っていたお母さんが口を開いた。


「大事なひとり娘だからね。離れて行こうとしてるのはさみしいし、その場所がちゃんと幸せになれる所なのかお父さんは心配なのよ」


その言葉から今日の様子を見て改めて気がついた。


ああ、自分は大事に育てられていたんだなって。

だからこそ認めてほしい。


だからこそ、一緒に幸せになる人がどんな人なのか見ていてほしいんだ。

あたしも、真剣な目でお父さんのことを見た。


もう一度説得しようと思った時、恭ちゃんがあたしの代わりに口をひらいた。


「彩乃さんとの将来ももちろん、視野に入れて考えています。将来的には結婚を……と思っていますが、それはいつまでも待つつもりです。やりたい事を制限させるようなことはしたくありませんし、俺自身も彩乃を幸せにしてあげられると確信が持てるようになるまでは踏み切った決断はしないつもりです」


まっすぐにお父さんを見る恭ちゃんを見て改めて惚れ直す。


恭ちゃん、すごいな。

きっとお父さんに反対されそうで怖いはずなのに、こんなに堂々としてるんだもん。


それもあたしを不安にさせないためだよね。


こんなにあたしのこと、考えていてくれたなんて、涙が出そうだった。


あたしはなにがあっても恭ちゃんのこと、信じるよ。

恭ちゃんと共に生きていくって誓うから。


真剣にお父さんを見つめると、お父さんは困った顔をしながらガシガシと頭をかいた。


「すまないね。本当は娘を信頼して受け入れてやれる父ならいいと思ったんだが……まだまだ彩乃は子どもだ。恭平くんがしっかりしてるのも、彩乃が適当な気持ちで付き合ってることわけじゃないのも分かる。でも……心配なんだ」


お母さんはお父さんの顔を見て、コクコクとうなずいた。


結婚の話もきっと大学を卒業して、あたしが社会人になってからするのが一般的だろう。


でもあたしたちは歳の差があるから、お父さんとお母さんをを安心させるには今の段階でしっかりと将来のことを示すしかないの。


するとお父さんは静かに、まるで最後の質問をするみたいに言った。


「ひとつだけ聞かせてほしい。恭平くんみたいなタイプはきっと会社でもモテるだろう?キミならしっかりしているし、仕事も出来る。そしてそんなキミを会社で対等な立場に立って支えてくれるパートナーが今後現れるかもしれない」


恭ちゃんを支えられる人。

そんな人が現れることだって当然ある。


あたしなんかよりも、しっかりしていて大人で……恭ちゃんと対等になれる相応しい人がいるかもしれない。


それはずっとつきまとう不安だった。


あたしはどんなに背伸びをしても恭ちゃんと並ぶことが出来ないから、どう頑張ってもおいつけないものがあることは理解してる。


あたしがうつむくと、恭ちゃんはしっかり、はっきりとした声で言った。


「俺の気持ちは今も、この先も変わりません。彩乃さんを大切にしていきたい。本当にただそれだけです」


恭ちゃん……。

あたしはばっと顔をあげた。


恭ちゃんはいつもそう。

あたしが、不安になってると感じたらすぐに行動して言葉にしてくれる。


本当に幸せだった。

こんなこと言ってもらえるなんて。


もう、本当にカッコよすぎるよ……。


嬉しさを我慢出来ず、口元を緩ませるとお父さんはふっ、と笑った。


「良かったな、彩乃。こんなに思ってくれてる人と出会えて。それが恭平くんなら尚更いい」


お父さん……?


「恭平くんがしっかりした人だというのは知っていたけど、彩乃もまだ高校生だ。そういうリスクを負う覚悟だって考えているのか少しだけ、確かめさせてもらったよ。すまなかったね、恭平くん」


「いえ……」


するとお父さんは背筋を正して、恭ちゃんをしっかり見ると頭を深々と下げて言った。


「娘をよろしくお願いします」


お父さん……。

そんなお父さんの姿を見てなんだか涙が出そうになった。


周りに思ってくれる人がいるって、本当に幸せだ。


お父さん、お母さん、恭ちゃん。

ありがとう。


それから、しばらく和やかなムードで話したり、食事をすると、あっという間に時間は過ぎて行った。


「じゃあ、お邪魔しました。」


「いいえ、またいつでも来てね。今度はもっとラフな格好でいらっしゃい。疲れたでしょう?」


「そんな……」


「いつも通りまたご飯食べに来てくれたらそれでいいから」


お母さんは優しい顔をして恭ちゃんに言った。


お母さんはどこまで気づいていたんだろう。


あたしの気持ちは気づいていたかもしれない。


玄関まで見送るふたり。

恭ちゃんはお母さんの言葉に「はい」と返事をするとあたしも恭ちゃんと一緒に玄関を出た。


なんだかほっとしたなあ……。


恭ちゃんの気持ちも聞けて嬉しかったし、お父さんとお母さんも受け入れてくれている安心感がある。


ふたりに報告したのだから、あたしだっていつまでも恭ちゃんに支えてもらっているようじゃダメだよね。


あたしも恭ちゃんと並べるように頑張って努力するから……。


少し散歩でもしようということになり、あたしと恭ちゃんは近くの公園めざしてふたりで歩いた。


ほっとしたのもあってか、あまり口数は多くなくふたりでゆっくり歩いている時間が心地良かった。


「恭ちゃん、緊張した?」

「まぁな」


「お疲れ様でした。めっちゃカッコよかったよ!」


あたしが笑顔でそう言うとちらっと恭ちゃんをみる。


「あの、恭ちゃん……ありがとう」

「ん?」


「あの……ね、すごく嬉しかったよ。そのっ、この先も変わりません、ってやつ……」


あたしが顔を赤らめながら言うと恭ちゃんは優しい顔をして笑う。


「ふっ、」

「なんで笑うのよー!」


「いや、可愛いなと思ってさ」


もう……。

最近の恭ちゃんはデレ過ぎだと思う。


心臓に悪いよ。


「これ、付けてんの見えたからさ」


えっ……?

恭ちゃんはあたしのつけているネックレスを指差して言った。


「緊張して、言おうとしてたことが真っ白になってちょっとてんぱったけど、ネックレス付けてる彩乃を見たら、俺が守らなきゃって、約束しただろって思って、そのまま自分の気持ちを全部言えた」


そうだったんだ……。


「恭ちゃん、あたしね……今日の恭ちゃん見ててもっと勉強しようって思った」

「勉強……?」


「うん、今まであたし……楽しければいいじゃんって思って毎日過ごしてきた。だから勉強は得意じゃなかったし、成績も学校ではあんまりいい方じゃない。でも今日の恭平ちゃんの言葉を聞いて、めいいっぱい努力している人が、恭ちゃんの隣を並べるかもしれない人がいる中であたしを選んでくれてるんだって自覚したの」


恭ちゃんの隣を堂々と歩くためには、自分だって努力をしないといけない。


このままでいいんだって思ってあぐらをかいているだけの恋は嫌だなと思えたから……。


「恭ちゃんの隣は譲らないよ?でも、ちゃんと努力して自分の進みたい道を見つけて堂々と胸張って隣を歩かなきゃダメだよねって思ったんだ」


あたしが笑うと、恭ちゃんも静かに笑った。


「お前、そんなこと思ってたの?」

「そうだよ?悪い!?」


「いや……」


小さくつぶやいた恭ちゃんは天井を見上げる。


「ずっとさ、彩乃がまだ自分の進路を選んでいく立場な分……心配だったんだ。俺がいることで、その進路を止めてしまうんじゃないかって。それこそ、高校卒業したら専業主婦になるんだ~とか言われたら、俺は彩乃と関わってしまったことを間違えだったと思うかもしれない」


美優ちゃんの時も恭ちゃんはそう言ってた。


自分の向かいたい進路を捻じ曲げて恭ちゃんと同じ大学に入ろうとしていたって。


だからずっと恭ちゃんはそれを気にしていた。


「でも……逆のパターンになることもあるんだな」


恭ちゃんは鼻をかきながら、それでも誇らしそうな顔をした。


「やっぱり彩乃は、すげーよ。俺の想像超えてくるから」


「えっ、もしかしてあたし……恭ちゃんに褒められてる!?」


嬉しくなってそうたずねると、恭ちゃんはあたしの頭を小突いた。


「調子に乗るな」


「痛……っ!」


隣にいる恭ちゃんの顔を見てみると、彼は安心した顔をしていた。


「ねぇ、恭ちゃん!ちゃんと恭ちゃんに追いつけるように頑張るから。それまで待っててね。きっとこれから勉強したら恭ちゃんよりも頭よくなっちゃうよ~!?」


「それは、どうだかなー。お前と俺じゃポテンシャルが違うしな」


その言葉に、ヒドイよ恭ちゃんって怒ったら、恭ちゃんはにっこり笑ってあたしのくちびるにキスを落とした。


「ん……っ」

「ウソ。待ってるよ、これで予約な?」


ニヤリと笑って舌を出す恭ちゃんは、大人っぽくてカッコイイ。

今日はいつも以上にカッコよかった。


ああ、すきだな。

本当に大好きだなぁ。


必死に背伸びしたって追いつけないってあたしは思ってた。


恭ちゃんはいつまでもあたしの一歩前を行くんだと。

でも本当はそうじゃない。


だって恭ちゃんは振り返ってあたしのことを待ってくれているから。


あたしは恭ちゃんに向かって追いかけるだけでいい。

頑張るよ。


そして何年か経ったら、恭ちゃんの隣を胸張って歩けるようになるの。


すごくいい女になって、勉強もできてお似合いだって思ってもらえるようにするから!


そんな気持ちを込めて見つめると、恭ちゃんはあたしの頭を撫でて言う。


「あんまり頑張りすぎなくていいからな。隣にはいつも俺がいるってことを忘れんなよ」


「うん……!」


こうやってあたしたちは手を取り合って進んでいく。


周りに受け入れられながら、困難に立ち向かって恋愛というものをしていくんだ。


「あとは俺の両親か……正直難解なのはこっちなんだよな~」

「不安?」


「かなり」

「大丈夫だよ!あたしだって恭ちゃんの好き度を伝えるのには長けてるから」


「めちゃくちゃ不安だ……」

「恭ちゃん!?」


いつか行ってみたいと思ってた。


恭ちゃんの生まれ育った場所。

緑がたくさんあって、少し遠いけれどのびのびと出来る場所みたい。


「あたしのお父さんだって乗り越えられたから心配することないよ」


あたしがそういうと、彼はポリポリと頭をかきながら言った。


「あんまりいい家の出方してねぇから、まず帰ってきただけで家に入れてもらえるかも分かんねぇ」


そういえば、恭ちゃん言ってたよね……。


ひとりで東京に出てきたって。


お母さんから少し聞いた話だと、恭ちゃんは自分で生計を立てていかなくちゃいけなくて、たくさんアルバイトをしていたそうだ。


それでも食べていけなくて、家の前に倒れていたところでお母さんと出会った。


大学生でひとりなんだもん、けっこう過酷な人生をおくってきたのかもしれない。


すると恭ちゃんは遠くをさみしそうに見つめた。


「まぁ……どうなるかは分からねぇけど、逃げてたってなにも変わらねぇしな。姉貴には心配されるばっかりだし」


「大学生でこっちに出てきてから一度も実家には帰ってないの?」

「ああ」


恭ちゃんが実家に戻るとか両親が恭ちゃん家に来たとかいう話、聞いたことがないかも。


お姉さんなら会ったけど……。


ご両親はどんな人なんだろう。


恭ちゃんもこのタイミングで自分の親と向き合うことに不安を感じているのかもしれない。


でも……。

あたしは恭ちゃんの手をぎゅっとにぎった。


それでも。

あたしの気持ちは変わらないよ。


「行こうよ、恭ちゃん」


今日、恭ちゃんがしてくれたように、あたしだって挨拶に行きたい。


恭ちゃんのお父さんとお母さんにどういう人なのか知ってもらいたいんだ。


どんなこと言われても覚悟は出来てるから。


あたしの言葉に恭ちゃんはにこって笑ってくれた。


「はは……、なんかお前、頼もしいな」


「でしょ?隣にあたしがいることも忘れないでもらっていいかな?恭ちゃんはもう、ひとりじゃないんだから」


「うん、そうだな。なんか安心した」


恭ちゃんはあたしの頭を撫でるとほっとした顔をして笑った。



「それじゃあ、予定決めるとしますか」


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